第83話 作戦会議(2)
ジェシカがメイリーンを救うために一番初めにしたことは、テシオにメイリーンの子供の頃の話を聞くことだった。
テシオは祖父や両親から聞いていたことを、問題解決の糸口になればとジェシカに話した。
メイリーンとテシオは手を繋いで生まれてきた。だから母であるアントノーマは無事に出産ができたのだ。
メイリーンが瘴気に包まれたのはふたりが手を離した瞬間だった。アーマンディのことがあったので、幸いなことにカイゼルも祖父も分娩室にいた。メイリーンから吹き出した瘴気を祖父が祓い、再びテシオと手を繋がせることで瘴気は治ったそうだ。
「だから俺は左利き、メイリーンは右利きなんだよ」と言ったテシオの表情は誇らしげだった。
テシオと手を繋ぐ事によりメイリーンは5歳まで外で遊ぶことができた。だが5歳の誕生日に状況は一転する。メイリーンの瘴気が一気に吹き出し、テシオでも抑えることができなくなったのだ。以降、メイリーンは常に浄化石を身につけ、再びテシオと手を繋ぐ生活が始まった。
「メイリーンと手を繋ぐ生活を嫌だと思ったことはないよ。だって一緒に産まれてきたんだから」そう言うテシオの顔は片割れを失う恐怖に震えていた。
テシオがウンディーネ公爵令息として外に出なければいけない時には、メイリーンは地下の避難路にいた。あの避難路はウンディーネ公爵になる際に極秘情報として伝えられることだった。そしてウンディーネ公爵家の直系の女子がかかる病のことも。
祖父はその掟を破り、まだ公爵になる前のカイゼルやアントノーマに伝えた。そこにはカエンもいた。祖父は祖母を愛していたので、ずっと後悔していたそうだ。もっと早くに伝えれば良かったのにすまないと言って泣いた祖父を、カエンだけが詰った。テシオとメイリーンはカエンから話を聞き、その時にはカエンは生涯独身を貫く決心をしていた。
そしてメイリーンが10歳になった時、テシオでは瘴気を抑えられなくなる。手を繋いでいるテシオまでもが瘴気に侵されそうになったので、メイリーンは避難路で暮らすことになった。初めはテシオが一緒にいたが、テシオは魔塔へ行ってしまった。それからずっとひとりで避難路にいるという。
「カエン兄さんはずっとアーマンディねーさんを取り戻そうって必死になってたよ。今はねーさんの言う通り、スピカ神のお力を頂けるほどの聖女であるねーさんの力を利用しようと思ってる。それは間違いないと思う。けどそれだけじゃないって俺は知ってるよ。だって俺達はねーさんだって瘴気に包まれていると思ってたんだ。そんなねーさんをアジタートがまともに扱っているとは思えない。だから家族のもとで一緒に暮らして受け止めようってずっと言ってたからさ」
テシオの言葉にアーマンディの心は痛んだ。嫉妬という感情のせいで、人の心をうまく読み取ることができなかった。それは事実だ。だが、まだやり直しは効くはずだと、メイリーンを救うことで家族と本当の意味で心を通わすことができたらと思い始めた。
テシオの話と過去の文献を紐解くことにより、ジェシカはメイリーンを救う方法はあると結論付けた。
方法はこうだ。メイリーンに聖属性さえあれば瘴気を封印、もしくは根絶できる。外的要因で浄化するとメイリーンは魔物のように霧散してしまう。だけど自身の力であれば問題ないことは、過去のウンディーネ公爵家の直系の聖女がいることから立証できた。彼女達は15歳になった際に自身の中の瘴気を消すことに成功していた。そしてその文献はウンディーネ公爵家にあり、魔法陣も残されていた。
つまり、テシオの聖属性の力をメイリーンへ、メイリーンの4属性の力をテシオにと交換できるなら問題は解決すると考えた。そもそも魔力の移譲は難しいことではない。しかも幸いなことにメイリーンとテシオは双子だ。そのため、体内の魔法コードも同じだ。だからこそ可能だとジェシカは言う。
「問題はメイリーンの瘴気だったけど、アーマンディ様の食事を摂ることでかなり落ち着いてきているわ。このまま行けば、成功率は高いわね」
ノワールに呼ばれてジェシカの部屋に集まった3人は笑顔を見せた。特にテシオは嬉しくて仕方ない。このことを両親と兄に話すことができないのが残念だ。
「魔力の移譲なんて聞いたことねーよ。こんな方法で助かるならもっと早くに知りたかったよ」
「ウンディーネ公爵家が他家を頼らなかったのが問題だったわね。ヴルカン公爵家の契約書の力があれば簡単にできるわ」
ヴルカン公爵家の契約書の力は規格外だ。魂を縛る契約書であるからこそ、魔力の移譲も容易だ。問題があるとすれば誰がその魔法を施工するかだが、今回に関してはシェリルの祖父マーロンが行う。ノワールが念話を送ったらすぐさま行くと返事が来た。相変わらず祖父は祖母に一途だと思ったのはシェリルだ。ヴルカン一族の一目惚れの効果は恐ろしい。だが、一目惚れこそが契約書の魔法の発動条件だ。つまりシェリルにもその力は備わっているのだが、まだ不慣れなため今回の作戦では使用しないことになった。代わりに……。
「そうやって笑っているが、失敗したらメイリーン共々私に焼き尽くされるんだぞ?分かっているのか?」
「ああ、別に良いよ。一緒に産まれてきたんだ。一緒に死ぬさ」
清々しい表情を浮かべるテシオに皆の同情は集まる。そうならない為にも最善を尽くすしかない。
テシオの決意を受けて、シェリルはジェシカに目を向ける。
「ジェシカ様、メイリーンを移送する方法が見つかりましたか?」
「ええ、場所はまだ確定していないけれど、この方法であれば大丈夫だと思うわ」
「今回の作戦で一番の難問ですからね。避難路では聖属性の力が強すぎて祖父が入ることは不可能でしょうし、そもそもあそこは魔法の行使が難しい。とは言えどメイリーンはあそこから出ると一気に瘴気が吹き出してしまうという」
「ええ、だからアーマンディ様の作った食事で瘴気を少しずつ減らしていったのだけど、それでも十分じゃないわ。だから私とアーマンディ様で擬似避難路を作るわ。魔法陣は7重。私とアーマンディ様が手を繋いで避難路の入り口でメイリーンを待ち、メイリーンは私とアーマンディ様の間に挟まれて移動するのよ」
「それは……メイリーンに極端に接近しますよね?つまり瘴気に侵される可能性がある。私は反対です。私がアーマンディ様に変わり、術を行使しましょう」
「だめよ。シェリルでは聖属性の力が足りないわ。そしてテシオは魔力を温存させなければいけないから無理よ。他に人がいないのよ!」
シェリルとジェシカは睨みあう。この作戦にはノワールも反対のようだ。そんな険悪な雰囲気を吹き払うようにテシオが割って入る。
「その前にさ、俺とメイリーンは手を繋いで避難路から出ることが必要なんだろ?ねーさんとジェシカ様の手を繋いでる間に入るのって厳しくね?」
「それは、確かにそうなんだけど、手を繋がないと魔法陣を展開しにくくて。」
「じゃあさ、この魔法陣って要はねーさんとジェシカ様の手を繋ぐ間に聖域を作るってことだろう?じゃあメイリーンとねーさん達の間に膜を張ってそこに魔法陣を刻むことができるんじゃない?そしたら瘴気とも距離が取れるし、俺とメイリーンも手を繋いでも大丈夫。避難路も岩造りだけどその床から聖属性の魔法は来てるんだよね。つまり石畳を作れば良いんじゃないの?」
「それは一理あるけれど、それには土属性か水属性が必要よ。今回はその属性を持つ一族がいなのよ?」
「さすがジェシカ様!魔法を妨げない結界を作れるのは、その二つだもんね。だからさ、ウンディーネ一族に助けてもらおうぜ。そもそも今回の作戦はウンディーネ公爵家の問題だ。しかも決行するには広い場所が必要なんだろう。ヴルカン公爵邸には広い庭がないんだろ?ウンディーネにはあるぜ!」
シェリルはため息をつく。
「ああ、確かに庭はない。それにもし作戦が失敗したらお前達を焼く必要がある。浄化石だけでは不可能だと推測できているからな。だが消化は困難を極めるだろう。それら全ての条件をクリアーするのがウンディーネ公爵邸か。あそこは広い庭がある上に、邸宅を取り囲む壁も高い。更にカイゼルとカエンがいる。水属性には事欠かない」
「そう言うこと〜。家族には内緒が条件だから、俺もメイリーンも言ってないよ。でも父上も母上も死出の旅支度を始めちゃってるし、にーさんは自暴自棄になってるしで、雰囲気がやばいらしいんだ。だから……いや、ねーさんが嫌だってのは知ってるけど……」
「……あ……」
ずっと黙っていたアーマンディは自分に視線が向けられている自覚をする。あの時は嫉妬に左右されていた。今は違う。だけどカエンとシェリルが並び立つ姿を見た時に、冷静でいられる自信はない。
「ねーさん、不安は恋人に言ってやんないと分かんないぜ?特にシェリルねーさんは鈍感だ」
「そうだな。アーマンディにはいつも悪いと思ってる。孫が鈍感ですまない。だから不安は全て言った方だ良い。今が決断の時だぞ?」
「シェリルは本当に昔から、鈍感で……。作戦の前に蟠りがあるのは良くないわ。アーマンディ様だって、それほど家族のことは恨んでいないでしょう?」
「――いや、みんなで人のことを掴まえて鈍感、鈍感って何ですか?アーマンディ様は皆の言っている意味が分かるんですね。不安や不満があるなら直接私に言えば良いでしょう?」
ああ、本当に自分の恋人が一人だけ分かっていないのかと思うとアーマンディはくすくすと笑ってしまう。こうやって穏やかに笑えるのは皆がいるからだ。昔とは違って、今は受け入れてくれる仲間がこんなにいる。
「テシオ、ウンディーネ……いえ、父様と母様、そして兄様に協力して欲しいって話してくれる?状況に応じて、僕の事は言っても良いからね」
「OK!任せて」
テシオはにっこり笑う。やはり家族に話したかったのだと、アーマンディは改めて思った。
次にアーマンディはシェリルに向き合う。目をパチパチしているシェリルは本当に鈍感だと改めて思う。
「シェリル……ふたりで話したいの……」
じっと下から見つめると、シェリルはフッと微笑んだ。
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