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聖女なのに、男です。  作者: 清水柚木
ウンディーネ公爵邸編
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第81話 メイリーン(2)

 張り詰めた空気の中、アーマンディはメイリーンの群青色の瞳をじっと見つめる。

 その瞳はかつて自分が持っていたものだ。

 死を望む気持ちは、アーマンディには良く分かる。一方的な暴力と侮蔑に晒されていた日々。いっそ死んでしまいたいと、何度思ったのだろうか。いっそ殺してくれればと何度願ったのだろう。

 あなたにもきっと良い未来があるよ、などといった無責任な発言をする気はアーマンディにはない。瘴気に侵され魔物となり人々に襲いかかるくらいなら、確かに人のまま死んだ方が幸せかもしれない。


 そんな後ろ向きなアーマンディとは違い、シェリルはいつだって真っ直ぐだ。

「まだ分からないだろう。過去の双子の聖女とスピカ神のお力を頂いたアーマンディ様は大きく違う。ましてや今回はスピカ神のお力を頂いたジェシカ様もいらっしゃる。私はアーマンディ様を信じている。だからお前も信じたらどうだ?」


 アーマンディの暗い心を照らし出す様に、シェリルは清らかで眩しい光を発する。その姿はいつだって前向きで清々(すがすが)しい。

 この人がいて良かった。アーマンディは心からそう思う。その眩しい光は、同時に影も落とすのだけれど。


「そう……そうよ、メイリーン。まだ分からないわ。わたくしにお時間を頂けるかしら?少しでも可能性があれば、信じて欲しいの。あなたにも良い未来があるかもしれないわ」

 思ってもいない言葉だと、白々しい言葉だと、アーマンディは心の中で嘲笑する。聖女ならばこう言うのだろうと、シェリルが望む聖女ならば、こうするはずだと想像して言葉を紡ぐ。


 だが、その言葉を聞いたメイリーンは、先ほどまでとは違った笑みを顔に浮かべる。その表情は獲物を逃さない獣のようだ。捉えた獲物を弄ぶような残酷な笑みに、アーマンディの背中がズキリと痛む。

「あら?姉様がそんな風に言うとは思わなかったわ?だって姉様は自殺未遂をしたでしょう?腕をぱっくりと切って。わたくし、知っているのよ?」

メイリーンが自身の腕を指でなぞる。なぞった左腕の位置は、正確にアーマンディが切った場所だ。


「何のことだ?私はそんな事は知らないが?」

 平静を装いシェリルはメイリーンの視線を受け止めたが、無理があると横にいるアーマンディを見る。問いただされたアーマンディの顔は真っ青だ。瞳は見開かれ、唇は震えている。

 やはり置いてくるべきだったかと、シェリルは内心ため息をつく。アーマンディと違い、メイリーンは駆け引きに慣れている。この避難路にいても教育をしっかり受けていた証だ。


 そんなシェリルの心を見透かす様にメイリーンはにこりと笑う。

「シェリル様の秘密も知っていましてよ?聖女の資格がおありなんでしょう?聖女の騎士でありながら、聖女の資格も持っているなんて素晴らしいわ。どうして公表しないんですか?」

「お前がどうやって公表するんだ?この狭い空間に閉じ込められているくせに」

「あら?手はいくらでもありましてよ?この避難路は4大公爵全ての邸内に繋がっています。つまり、あなた方の政敵に手紙を送るのも容易いですわ」

「……同情の次は脅迫か。小娘の浅知恵だな。殺してもらうために必死なようだ」


 メイリーンは押し黙る。きゅっと結んだ唇と、肩の震えがシェリルの言葉を肯定しているかのようだ。

 アーマンディは息を呑んでふたりを見守る。やはりアーマンディにはシェリルの生かそうと言う言葉より、死にたいと言うメイリーンの気持ちが良く分かる。


「テシオの方が駆け引きは上手かったな。お前は所詮(しょせん)世間知らずだ」


 シェリルの言葉にアーマンディの思考が止まる。自分にも覚えがある。アジタートに閉じ込められていた時、その世界が全てだった。苦しくて死にたくて生きている意味がないと思っていた。ネリーがいるから生きていくしかないと思っていた。ネリーを外に出せたら死んでしまえば良いと。自分は生きている価値も意味もないと。

 だけど今は違う。世の中には様々な人がいて、自分を必要としてくれる人も、愛してくれる人も沢山いると知った。自分の感情がうまく制御できず、後悔する日々ではあるけれど、全ての人が愛してくれるわけではなく、そこには頭ごなしに否定する人もいるけれど、それが全てではないと、今は分かっている。

 自分は知った。そしてメイリーンは知らない。

 アーマンディは再びメイリーンを観察するように見る。

 メイリーンは計算が全て狂ったかのような瞳で、苦しそうに声を上げた。

「――っ!では!ではどうしろと仰るんですか?このままだと両親はわたくしを殺し、そして自分達も死ぬつもりです!そんなことを両親にさせろと?無理です!わたくしは、ずっと姉様が殺してくれるのを待っていました。ネリーちゃんを助けた時も、姉様に会えないままだと、殺してもらえないと思って、助けたんです!打算の塊だわ、なのに……ネリーちゃんはずっとありがとうって言ってくれたわ。繋いだ手が温かいって……私はこんなにも汚れているのに……」

「汚れている?そんなことは……」

 シェリルは言葉の途中で息を呑む。長袖を捲ったメイリーンの腕は真っ黒だ。腕からは煙のように黒い瘴気がふわりと舞い、腰につけた浄化石がそれを吸い取った。


「この避難路にいるから、これで済んでいるんです。ここを出たら魔物の様に全身が瘴気で覆われるわ。そうなると浄化石も意味がないわ。それを知っているから、父様は死を覚悟でここに降りてきて、母様と、わたくしと一緒に死ぬおつもりなの。そんなの嫌!でも、姉様とシェリル様のお二人なら、わたくしを確実に殺せるはずよ!だってシェリル様は強い火属性の力をお持ちだもの!そのお力なら、ここでわたくしを燃やし尽くせるはずだもの!」


 堰を切ったように叫ぶメイリーンの姿こそが、本当の姿なのだろう、シェリルとアーマンディは視線を交わす。例えば、メイリーンの言うように、ふたりであればできるだろう。もちろん容易いことではないが、やれる自信もある。更にジェシカも呼べば、完璧に遂行できる。その確信もふたりにはある。

 だが、それが正解かは分からない。人を殺すのだ。確実にアーマンディの心の傷になるとシェリルは躊躇してしまう。


 アーマンディもシェリルと同じ気持ちだ。

 更に考えることもある。

 両親をそこまで不幸にしたいとも思わない。ましてや母のアントノーマの厭世的な瞳を思うと心が痛む。それにメイリーンを世間知らずなまま、殺したくない。 かつての自分と同じ瞳をした妹を、今の自分は救ってあげたいと心の底から思い始めた。

 アーマンディは決意と共に息を吐く。ここで必要なのは演技力だ。ジェシカに習った、そしてシェリルに褒められた演技力。


「確かにわたくしは一度、死を試みました。だからメイリーンの気持ちも分かるわ。死んだ方が楽だもの」

「では!」

「ですが、それでわたくしと、わたくしの騎士の心に傷が残ることは考えて欲しいわ。あなたにとっては守りたいものは、両親の心だけなんでしょうけど」

「そんなつもりは……いえ、そう思われても仕方ないですね。ですが両親のやり方では、私が死なない可能もあるんです。姉様なら確実だから……」

「ええ、わたくしとシェリルならば、可能でしょう。でもそれはいつでもできることだわ。今じゃなくともできるはずよ」

「………………」

「第一に生き残る方法を模索しなさい。死ぬのはその次よ。これはこの国の第一位である聖女としての決定よ。口答えは許さないわ」

「……姉様が自分の命を最優先にすると仰るなら、約束は守るわ」

 アーマンディが()()として命令しても、メイリーンはあくまで()()と言う。その姿はシェリルとアーマンディにとって好ましいものだ。


「……アーマンディ様の命は私が守る。危険だと判断したら、私の炎でお前を焼き尽くす。それで良いか?」

「はい、それであれば問題ありません」

 渋々ながら頷くメイリーンは複雑だ。

 希望に縋りたいと思いつつ、希望が泡になった場合、誰も恨まないですむように心を平静に保とう。最後まで公爵令嬢らしく、散りたい。あの子は良い子だった、と記憶に残ってもらいたい。無様な姿は見せたくない。

 そんなメイリーンの気持ちを(おもんばか)る事なく、アーマンディはシェリルと視線を交わす。

「まずは……ジェシカ様に相談かしら?」

「そうですね、その以前の問題としてメイリーンは痩せすぎです。このままでは体力が持たないでしょう。そしてできれば、ウンディーネ公爵家には内密で話が聞きたいですね」

 一呼吸おいたのちに、シェリルがメイリーンに視線を移すと、納得がいかないように床を見たままの姿だ。


「メイリーン、取り急ぎアーマンディ様の作ったお菓子と水を持ってくる。体内が瘴気に侵されるのを防いでくれるだろう」

 メイリーンの表情が一気に明るくなる。

「姉様の作ったお菓子⁉︎それが食べられるなんて幸せだわ」

 心から嬉しそうな表情を見せるメイリーンを見て、アーマンディは何を作ろうかと微笑んだ。

修正が多くて12時に上げられませんでした。

ちょっと気に入らない部分があるので、修正するかもしれません。


毎日12頃、アップしますので、よろしくお願いします。

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