第79話 ネリーの秘密
「アーマンディ様!シェリル様!」
扉から入ってきたネリーは元気よく声を上げ、走ってふたりの元へやってきた。そしてメイド服の裾を少しつまみ、軽く右足を引いてお辞儀をする。
「お呼びと聞き、参上しました」
顔を上げると見える瞳の色はピンク色だ。これは出自がはっきりと分かるまでの処置としてシェリルが魔法をかけ、赤い瞳をピンク色に変えた。ネリーの瞳のことを知っているのはアーマンディとシェリル、そしてミルバだけだ。ネリーの親を探すのは難攻している。なにしろ親に捨てられたあと、ネリーはひとりで都市を彷徨っていたらしい。アジタートからは情報が得れず、当然その兄からも何の情報も出なかった。彼らにとってネリーはアーマンディを操りやすくする道具だとしか思っていなかったのだろう。
「すごいね。かわいいよ、ネリー」
アーマンディが両手を広げ抱っこしようとすると、ネリーはそのかわいい頬をぷくっと膨らませた。
「アーマンディ様!それじゃだめです!ちゃんとご主人様らしくしてください!」
ネリーの剣幕に面食らうアーマンディだが、シェリルは心得たように姿勢を正す。
「では、ネリーお茶を用意しろ。その後私達と一緒にお茶をするように、話がある」
「はい!」
ネリーはお茶を淹れるために、両手を前に揃え、そそっと歩き出した。その後ろをミルバが歩き、補助をする。
その姿を見たシェリルがアーマンディに近づき、耳打ちする。
「もう立派な淑女ですね。そろそろひとり部屋を用意したほうが良いのでは?」
「え……でもそうすると、ネリーが寂しがると思いますし……」
「寂しいのはネリーですか?アーマンディ様ですか?アーマンディ様が寂しいのであれば、私が添い寝して差し上げますよ?」
「――――――っつ!」
なんてことを言うのだろう⁉︎とアーマンディは真っ赤になるが、シェリルは気にしていないように意地悪く笑う。
こうやっていつも揶揄ってくるから、タチが悪い……とアーマンディは思いながらも少しだけ期待してしまう。
首をブンブンと振って雑念を払っているとティポットを運んできたネリーと目があった。
「アーマンディ様?真っ赤ですよ」
ネリーはアーマンディをじっと見つめながら首を傾げる。
「シェリル様が僕を虐めるから真っ赤になるんだよ」
アーマンディがギッとシェリルを睨むが、シェリルは知らん顔だ。
「ネリーは僕と一緒のお部屋で良い?それともひとり部屋が良い?」
「アーマンディ様と一緒のお部屋が良いです!今日も絵本読んでくださいね!」
「そう、じゃあ今日も一緒に寝ようね。あとで今日は何を習ったか教えてね」
ネリーは子供らしくニコリと笑い、頷いた。
少し残念な気がしながら、それでも安心したようにアーマンディは笑う。どちらにしろいつまでもネリーと一緒には寝ることはできない。だったら今だけはネリーと一緒にいたい。
コホンとミルバが咳打ちすると、ネリーが慌ててティポットをテーブルに置く。そしてミルバからティカップを受け取りアーマンディ、シェリルの順に置いていく。ミルバはネリーにとって良い教師だ。いつも優しく、でも時に厳しく教えるので、ネリーもすっかり懐いている。
「お話とは何ですか?」
ネリーがソファに座るとその横にミルバがそっと座る。これからのために部屋にいて欲しいと、シェリルから指示があったからだ。
「ああ、ネリーが避難路に入った時のことで話がある」
シェリルが切り出すと、ドキッとしたようにネリーの肩が上に上がる。まだ子供で、更に素直なネリーに隠し事は難しい。
「そこで誰かに会わなかったか?」
シェリルが目を細めじっと見つめると、ネリーの瞳が左右にキョロキョロと動きだす。それだけで大人の3人には分かってしまう。
「ネリー、正直に言ってくれないかな?あの時、シェリル様を呼んで来てくれて僕はとても感謝しているんだよ。だからネリーを助けてくれた人がいるならお礼を言いたんだ」
「……でも……約束……」
ネリーは下を向いて、モジモジと指を動かす。子供であったとしても、秘密は守ろうと必死だ。
「ネリー、あなたの主人は誰?あなたは誰のために私の元で色々学んでいるの?」
ミルバが優しく、でも諭すように声をかけると、ネリーはバッと顔を上げた。決意に染まった瞳は可愛らしいが大人の顔だ。
「女の子に助けてもらいました。私が、梯子から降りれなくて落ちちゃって、方向が分からなくなったら、こっちだって言って手を引いてもらいました。そして、急ぎだって言ったら抱っこして走ってくれて……。でも私と会ったことがお父様にばれたら怒られるって言ってたから、だから内緒にしてって……」
「我が家の梯子を登る時も手伝ってくれたのか?私の部屋は5階だ。あの距離を登れるとは思えなかったんだ」
「はい、途中まで飛んであげるって言って梯子を握らせてくれました。でも誰にも会いたくないから、声をかけるから、そしたら登って部屋の扉をドンドン叩いてって……内緒にしていごめんなさい」
「いや、いいんだ。教えてくれてありがとう」
ふんわりとシェリルは微笑み、頭を下げる。
つまりその女の子の助力がなければ、アーマンディを救うことは叶わなかった。となればメイリーンはアーマンディのひいては自分の恩人だ。
「ミルバ、私は今から避難路に行く、ここでアーマンディ様を守るように!」
スッと立ち上がるとミルバが心得たように頭を下げる。
「し……シェリル様!僕も行きます、連れていってください」
「いえ、あなたはここで待っていてください」
「そんな、嫌です!置いていかないと約束したじゃないですか!どこまでも一緒に行くと行ったはずです!」
どうしたことかアーマンディが意固地だと、シェリルは目を見張る。だが、瘴気に蝕まれた人間のところに行くのだ。危険がないとは言えない以上、アーマンディには部屋にいて欲しいとシェリルは考える。
「シェリル様……いえ、ここはあえてシェリルと言いましょう。私はアーマンディ様ひとりを守れないような人間に戦い方を教えたつもりはないのだけど?」
楚々とした姿を消し、師としての威厳を持ってミルバはシェリルに視線を送る。そう言われてしまえば、シェリルはため息をつくことしかできない。
「アーマンディ様……確か守護の魔法は覚えましたね?」
「はい、大丈夫です。ジェシカ様が一番に教えてくださいました」
シェリルは頷き、アーマンディに手を差し伸べる。手を握ったアーマンディをグイッ引き上げ、腰を抱き寄せそのまま、縦に抱っこする。突然の対応に目を白黒させているアーマンディを無視し、シェリルはミルバに向き合った。
「行ってくる。戻ってくるまで不在であることを気づかれないようにしろ!」
「委細承知いたしました」
ミルバが頭を下げると、習ってネリーも頭を下げる。
ふたりを見届けたシェリルは、混乱し真っ赤になっているアーマンディを抱いたまま、クローゼットへ向かった。メイリーンの元に行くために。
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