第78話 過去の聖女の手記
「申し訳ありません……私は本当に疎いようで……」
シェリルとアーマンディは、アーマンディの自室へと移った。そこで開口一番に切り出したシェリルの言葉に、吹き出しそうになりながらアーマンディは笑みを漏らす。
「良いんです。僕が勝手にしていたことですから。それよりもジェシカ様が見つけて下さった手記について、お話ししましょう?」
「ええ、そうですね」
ふたりは横並びにソファへと座る。アーマンディがほっそりとした指でページを捲ると、そこには女性らしい文字で書かれた文章が見えた。
「ウンディーネ公爵家の双子の女性が、聖属性があり聖女となったそうです。聖属性の力は同じくらいだったため、長女が聖女として、次女は副聖女として聖女の館に入ったと書いてあります。この手記は妹のものだそうです」
「姉の聖女がウンディーネ小公爵に嫁いだとありますね」
「ええ、そして長男、次男と産まれ、3回目の妊娠で不調を訴えています。胎内から蝕まれるような感覚……アントノーマ様と一緒ですね。ですが自身が聖女であったため浄化を行うことにより無事出産。生まれた女の子は瘴気に包まれていた……と書いてあります」
「『姉に聞いてもはぐらかされるが、これはウンディーネ公爵家直系特有の呪いではないだろか。彼の家は極端に女児が産まれず、妻が妊娠時に亡くなることが多い』と書いてますね。これについては私の方でも事実確認をとりましょう。ヴルカン公爵家でも直系の女児が産まれるのは稀です。私が3人目だと聞いています。ウンディーネ公爵家の直系の女児は、もれなく聖女になっていまして、確か5人……あ、あなたを入れてですから女性は4人ですね」
「ウンディーネ公爵直系の血筋からの聖女は、僕を含めて5人だけですか?でもこの手記の女性もウンディーネ公爵家の出身ですよね?」
「この手記の女性は分家からでしょう。分家からは何人も出ていますから。テシオの話から推測するに、瘴気に包まれるのは直系だけではないでしょうか?つまり本家を離れた男子から女児が産まれても、問題ないと言うことです」
「そんなことがあるのでしょうか?」
「それは分かりませんが、この手記には『ウンディーネ様の呪い』だと書かれていますね。5人きょうだいの中で唯一の女性。そして自ら寂しい地へと移り住んだ方。その夫については一切謎ですが、男児をひとり産んでいます」
「そう……なんですね。他の公爵方の奥様は判明しているのですか?」
「ええ、名前も出自もはっきりしています。私の祖先のヴルカン様は魔塔の長の子供であるスハイル様と言う女性と、劇的に恋に落ちて結婚しました。我が家が伴侶の出自に拘らないはこの為です。シルヴェストル様とグノーム様は各地域の有力者の子供と結婚しましたから」
劇的とはどんな内容だろうとアーマンディは好奇心を持ったが、今はそれどころではないと心に仕舞う。
「『呪い』というものがあるか、それは分からないとジェシカ様は仰っていました。ジェシカ様もこの手記を読んだ時には創作物か、もしくは錯乱した聖女が書いたものとしか思っていなかったようです。なぜなら双子の聖女がいたと言う記録も、副聖女が立ったという記録も、聖女の館にはなかったそうです。ですが、この手記が書かれた年代に確かにウンディーネ公爵家出身で、ウンディーネ小公爵に嫁いだ聖女がいたそうなので、最終的には侍女が戯れに書いた物語だろうと納得したようです。僕も読んだんですが、この手記には『呪い』の後は日々のたわいない日常生活が書かれています。ほら、ここです。『今日は女児が立ち上がり、白いワンピースを真っ黒に染めた。泥だらけの洋服を洗うのが大変で……』と、シェリル?」
眉を顰めるシェリルの異変に気付き、アーマンディは言葉を止める。
「これは……隠語ですね。公爵一族は特徴である色をとても大事にします。白は聖職者の証。ウンディーネ公爵の直系の子供が着るなど、あり得ないです。これは白い肌が真っ黒になる程、瘴気に染まったということではないでしょうか。そして聖女が洗濯をすることはあり得ません。この手記を誰が書いたかは分かりませんが、書き手は聖女、もしくは副聖女として書いているはずです。そうなると、ここの意味は瘴気に覆われた体を浄化するのが大変という意味でしょう。しかも呪いの文章と、ここの文章では文字が少し違います。書き手が変わったようですね」
「違う?僕には同じ文字に見えますが……」
アーマンディはじっと文字を見つめるが、その違いが分からない。
「文字のハネの部分、止めの部分がわずかながら違います。文字というのはどうしても癖が出る。これは同じ教育者に習ったとしても、分かるものです」
「では書き手が妹から姉に変わったんでしょうか?そして隠語だとすれば、この、『娘が好むのは、清らかな光が満ち溢れる小道』とは、もしかして地下の避難路のことでしょうか?」
「あそこは聖属性の力が満ちていますからね。体の瘴気が浄化されなくても、抑えられるのかもしれません」
「ではメイリーン様もそこにいるんでしょうか?ウンディーネ公爵邸には、メイリーン様の気配がなかったんですよね?」
「瘴気に蝕まれている人間がいれば分かります……が、邸内にその気配はなかったですね。だが、もし避難路いるなら合点が行くことがあります。アーマンディ様、ネリーはどこですか?」
アーマンディは目をキョトンさせる。なぜここでネリーが出てくるのか分からない。
「ネリーは、今はミルバさんと一緒だと思います。最近は侍女の教育を受けているので」
「ミルバですね。念話で呼び出します」
シェリルがミルバに念話を送るとすぐに行くと返事が来た。アーマンディは手記を捲る。
「シェリル様、手記に『15歳の誕生日間近に、ヴルカン一族から真紅の薔薇の花束を贈られた』って書いてますよ」
「真紅の薔薇……それはあり得ません。真紅の薔薇はヴルカン一族の象徴。ウンディーネ一族に贈るなら、蒼いクレマチスです。つまりそれも比喩――隠語です」
「『娘はそれを見ることはできず、花は枯れた』と書かれています。……亡くなったという事でしょうか?」
「亡くなった……とは違うのでしょうね。殺して遺体まで燃やしたという意味かもしれません。浄化石ができる以前は、魔物を瘴気ごと燃やしていたそうです。炎を全ての汚れをはらい浄化するもの。現在でもたまに行われているそうですから」
「そんな――なぜ⁉︎」
それでは自分の子供を殺して燃やしたことになる。手記を読む限り、娘のことを愛していることは間違いないはずなのにと、アーマンディは悲しくなる。
「15歳……そういえば聖女も15歳で立つと決まっていますね。我が国の成人は18歳からなのにおかしな話です」
「18歳から成人なんですか?5の数字の倍数で縁起を担ぐのに、そこは18歳なんですね」
「そういえば、そうですね。確かに女性であるウンディーネ様を除き、私達の先祖が各地域へ旅立ったのも15歳でした。ですが18歳で成人と言うのは、初代公国王のヴルカン様が決めたことです。何か意図があってのことかもしれませんね」
「僕が今年18歳と言うことは、3つ下のメイリーン様は今年で15歳ですね。メイリーン様の誕生日をシェリル様は知っていますか?」
「テシオと双子ですから、1カ月後です」
シェリルは思い付いたようにアーマンディの手を握り、真っ直ぐに視線を送る。交わされる瞳と瞳。何かあるのだとアーマンディはごくりと喉を鳴らす。
「アーマンディ様……もうすぐ、ミルバがネリーとともに来ます。これからネリーが避難路を通った時の話をしますが、ここで一緒に話しますか?それとも席を外しますか?あれ以来、あの話には触れませんでしたし、あなたの部屋にはナイフを置かないようにしていました。あなたが料理をしている時も……不安でずっと見ていました。ですが今日、祖母が私と対の短剣を渡すと言ったとき、あなたは嬉しそうでした。私は……混乱しています、臆病にもなっています。どうか本心を教えてください」
「あ…………」
アーマンディはシェリルから聞いた。初めて会った時からずっと好きだったと。愛していたと。
愛している人の自死の姿を見るのは、どんなに辛かっただろう。自分だったら耐えられない。
「あの時は―申し訳ありませんでした……。でももうあんな事はしません。二度と!」
アーマンディも、シェリルの手を、力を込めてぎゅっと握る。
「僕の短慮から避難路に送ってしまったネリーを、ネリーは責めませんが、僕はずっと気になってました。だから話を聞きたいです。一緒にいさせてください」
「……分かりました。では一緒に」
シェリルが表情を和らげたところで、扉がノックされた。
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