第77話 アーマンディの作るお菓子
「生まれながら、瘴気に包まれた子供……ですか?」
ジェシカが首を傾げ、呟いた言葉にアーマンディは頷いた。
聖女の館に戻ったふたりは、翌日、ジェシカにメイリーンのことを相談した。場所は聖女の館にある図書室だ。沢山の書物に囲まれたこの部屋は、ジェシカとアーマンディのお気に入りの場所で、部屋の真ん中にあるテーブルに腰掛けてふたりは良く本を読んでいる。
ウンディーネ公爵家での鋭く尖る、つららのような表情は消え、アーマンディはニコニコしながらジェシカと向き合っている。それは用意されていた衣装のおかげだろう。
最近、アーマンディは自分で洋服を選ぶようになってきた。もちろんこの聖女の館で働く殆どの人間が、アーマンディが男性であることを知らないため、用意されるのは女性向けの衣装ばかりだ。だがそれでもシェリルの色で自身を彩りたいと思っているのか、今日の衣装も黒いワンピースに赤字のラインが入ったものだ。
「そこまでヴルカン公爵家を意識しなくて良いのですよ」と言うシェリルは相変わらず恋愛ごとには疎いと、アーマンディは頬を膨らませる毎日だ。でも似合うと……美しいと言われるのが嬉しい自分は、本当に男らしくなれるのかと思ってしまう。
「確か……過去の聖女の手記で見たような……どこだったかしら?」
ジェシカは記憶を頼りに本を探し始めた。アーマンディはその後ろをそっとついていく。ジェシカは若々しいがかなり老齢だ。背も低い。本を取ってあげようと思いアーマンディはいつも後ろを歩く。そんなアーマンディにジェシカはいつも、「この本は面白いのよ」とか、「これは勉強になるから読んでおいた方が良いわ」と教えてくれたり、小さい頃のシェリルの話や、シェリルの家族のことを話してくれる。
そんなジェシカの今日の話題はシェリルの修行時代の話だった。
「シェリルは本当に負けず嫌いで、今日はもう終わりにしましょうと言っても、できるまでやると言って聞かなかったのよ。ノワールがやっていた炎の柱の魔法ができないと大泣きして、魔法の使いすぎで倒れたこともあったわ。しかもその夜に高熱まで出してしまって、兄のイリオスが『付きっきりで看病する』とって聞かないし、弟のルーベンスは『ねーさんが死ぬ』って大泣きするしで大変だったのよ」
「そんなことがあったんですね」
アーマンディのクスクスと笑う声を聞きながら、シェリルが恥ずかしさから頭を抱えていると、横にどがっと座ったノワールがニヤニヤしながらシェリルを見る。
ノワールはテーブルにある3段重ねのケーキスタンドから取ったフィナンシェを、パクリと食べる。
「おい、シェリル、かわいい嫁だな」
「そうやって揶揄うのはやめてください。ただでさえ頭が痛い事案なのに」
「そうなのか?聖女が男でも良いんじゃないかって、徐々に世論が言い出してるって聞いてるぞ?」
「確かに徐々に広まっていますよ。だが他国の聖女達がそれに対し、異論を投げかけています。特にラス・アゲルティ国は声高です」
「ああ、あそこは男性優位だからな。何度か行ったが胸糞悪い国だった。そう言う意味ではシリウス国も腹立つぞ。女を何百人と囲って後宮なんぞを作っている。時代錯誤も良いところだ」
「何百人は大袈裟です。正確には妻が4人、召使いがそれぞれ16人で80人です」
「召使いだって皇帝の女さ。ギスギスしていて好きじゃなかった。お前たちも今後は海外に行くんだろう?気をつけろよ、アーマンディを嫁に欲しがる男は多いぞ?世界を回った私が保証してやる、あれだけの美貌の持ち主は他国にだっていない!おそらく世界一だ!」
「そんなことを力一杯言われましても……」とは言いつつも、それは事実だろうとシェリルは思う。アーマンディの聖女の就任の儀の際に、自分は一目惚れして周りが見えていなかったが、諸外国や自国の貴族達はアーマンディの美しさに一様に見惚れていたという。もちろん聖女である以上、他国の貴族から求婚されることはないだろう。だが、自国では違う。
「デルフィの話では、弟を夫候補として擁立しようとしているとか……」
「デルフィ?ああ、グノーム公爵家の長女か。あの子は快活だから好きだな。長女でなければレオニダスの嫁に欲しいくらいだ」
「兄上はまだ一目惚れの相手に出会っていませんからね」
「ん〜、シェリルはそう言うのか〜。そうかそうか、お前は相変わらずこっち方面にだけは疎いな」
「ノワール、あなたは声が大きすぎるわ!」
コホンとわざとらしく咳を打ち、ジェシカはふたりの正面に立つ。その後ろではアーマンディが真っ赤になってモジモジと恥ずかしげに立っている。ノワールに美貌を褒められるのはいつもの冗談だと流せても、シェリルの嫁と言われるのは恥ずかしい。
「そんなに大きな声で話して!廊下に人がいたらどうするの!しかもアーマンディ様を呼び捨てにして‼︎」
「周囲に人がいないことなど確認してますよ。それにアーマンディは私の孫の嫁ですよ。呼び捨てにして何が悪いんですか?アーマンディもそれで良いんだよな?」
「あ……はい!呼び捨てにされた方が僕は嬉しいです。か……家族ですから!」
「そう言う事ですよ?ジェシカ様?」
勝ったと言うように笑うノワールは、額に手を当て、ため息をつくジェシカを見ながら、目の前の皿からフィナンシェをまた摘む。
「ところでアーマンディ、これはお前が作ったのか?」
「そうです。他のお菓子はマーシーが……あのやっぱり美味しくないですか?」
「いや?うまいぞ、私的にはもう少し甘さ控えめでも良いが、世間ではこの味を好むだろう」
「では次はお祖母様のために甘さ控えめなのを作ります」
「お……お祖母様⁉︎」
シェリルは驚いて声を上げる。いつの間にそんなに仲良くなっていたか分からない。
「ああ、これからはお祖母様と呼べと言ったんだ。アーマンディ、甘さ控えめなのを作ってくれるのはありがたいが、お前が作った物は私達だけに配るように。他人渡してはいかんぞ」
「どうしてですか?美味しいのに?」
「一緒に食ってて分からないとはシェリルも鈍いな。これには僅かながら魔法の気配がする。おそらく浄化と回復……他にも何かありそうだな。どちらにしろ世間一般に出回って良い品じゃない」
一口食べたジェシカも首を傾げる。
「私にも分からないわ。ノワール、それは本当のこと?」
「嘘を言っても仕方ないでしょう。私しか分からないとなると、魔力の保有量で変わるのでしょう。そもそも私とジェシカ様では魔力の保有量が違います。シェリルはもっと多い。だから分からないのですよ。コップに匙一杯の水を追加するのと、大鍋に入れるのは違いますからね」
シェリルも一口食べるがやはり分からない。
「私も、これがアーマンディ様作だと言うことも分かりませんでした。となると魔力の差でしょうか?」
ノワールは盛大にため息をつく。
「魔力とかうんぬんに関係なく、私には分かったぞ。アーマンディが作ったものは優しい味がする。どうしてお前はそんなに鈍感なんだ」
「心外ですね。お祖母様だけにはそんな風に言われたくありません」
「また、そうやって子供みたいにムキになるところをなんとかしたらどうだ。そもそもフィナンシェはお前の好物だろう?だからアーマンディが作っているんだぞ?孫の嫁ながらなんと健気なんだと、私は涙が出そうなのに、当の本人のお前が分からなくては意味がないだろう?」
「いや……だから嫁と言うなら私ですよ。それよりも、誰が、私がフィナンシェが好きだと言ったんですか?好物でもなんでもないですよ」
「「え⁉︎」」ノワールとジェシカの声がはもる。
「え……そうだったんですか?」アーマンディは目を見開く。
「いやいや、そんな訳がないだろう?こうやって沢山のスイーツがある時に、お前はいつだってフィナンシェから食べていたじゃないか?」
シェリルは首を傾げる。
「そうなんですか?まぁ、だとしたら食べやすいし、腹持ちが良いからですね」
くらりと眩暈がするアーマンディを、ジェシカが支える。そんなふたりの姿を見ていると自分が頑張らねばと、ノワールはシェリルの眉間に指を指す。シェリルは不機嫌顔だ。
「そもそもお前は、最近アーマンディが黒と赤の服しか着ていないのに気づいていないんじゃないか?」
「気づいていますよ。そこまでヴルカンの家のことを気遣わなくて良いと、言っています」
返事を聞いたノワールは次の言葉が見つからない。鈍感だと思っていた孫がまさかここまでだとは思わなかった。
ノワールはわざとらしく更に大きなため息をし、アーマンディをじっと見た。
「孫が鈍感で悪いな。せっかくシェリルの色で着飾っているのに、ヴルカンに気を使ってると思うとは……我が孫ながら情けない。お詫びとして今度、シェリルの剣と対になる短剣をプレゼントしよう」
「お祖母様……そんな訳ないじゃないですか……
「え?本当にお揃いの剣をいただけるんですか?」
シェリルとアーマンディの声が被ったところでふたりの目が合った。
「アーマンディ様……まさか、本当に私の髪色と目色に合わせていたのですか?」
アーマンディは真っ赤な顔のまま、こくりと頭を動かし返事をする。
「誰も気付いて下さなくて……お祖母様に気付いて頂けて嬉しいです。あの……でもこんな僕は女々しくて嫌じゃないですか?」
「嫌なわけないだろう?少なくとも私は、孫への愛が感じられて嬉しいくらいだ」
仲良く笑うふたりを、シェリルは信じられないといった風情で見ていた。




