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聖女なのに、男です。  作者: 清水柚木
ウンディーネ公爵邸編
75/204

第75話 ウンディーネ公爵別邸(5)

 しんと静かになった室内にシェリルの鋭い声が響く。

「メイリーンは聖属性を持っていないと、テシオに聞いた。なのにどうして生まれることができたのだ?」

 シェリルの質問にはカイゼルが答える。

「テシオは聖属性の力を持っています。妻の胎内にいる間は、テシオが持つ聖属性の力で、メイリーンの瘴気は抑えられていた為、問題なく産まれる事ができました。男でありながら聖属性を持つと言えばおかしく感じるでしょうが、ウンディーネ公爵家では比較的あることです。私の父もわずかながら持っています」

「……そうか。確かに他家に漏らして良い情報ではないな」


 動揺しない様に声を発したシェリルとは違い、アーマンディは表情に出さないように必死だ。

 ウンディーネ公爵家では、男性が聖属性を持つことも普通に受け入れられている。つまりアジタートが自分を拐わなければ、いや、この人達が未然に防げていたら、自分は正当な公爵令息に育ちシェリルに結婚を申し込むことができた。愛を正面から語ることができた。

 こんな風に思うのは間違っている……過去を変えることなどできないのに……。でも辛い。同じ公爵令息でありながら、兄や弟は、正面から正々堂々とシェリルに結婚を申し込めるのに自分はできない。その事実が辛いと思いながら、アーマンディは兄を見る。

 兄であるカエンは当然だが男性の服を着て、公爵令息に相応しい剣技を身につけ、教育を受けたのだろう。シェリルが素敵だと言った兄は、確かに自分と違って遥かに男らしく、シェリルと並んでも違和感などない。自分は守られているだけの存在で、今だっていつかシェリルが他の男性を選ぶのではと不安でいっぱいなのに……。

 アーマンディに訪れた恋という名の幸福(こうふく)は、どうしても心に影を落としてしまう。シェリルにどんなに愛を語られても、口付けを落とされても、不安はつきまとう。シェリルが他の男性を見ているだけで、嫉妬の炎は心を焦がし、男性の名を口にしようものなら、心臓から血が出るようにジクジク痛み、心が悲鳴をあげ泣き叫ぶ。

 こんな自分は異常だとアーマンディは思う。シェリルにふさわしくないと思う。でも離れられない。彼女のいない日々には戻れない。


「テシオが聖属性を持っていたから、メイリーンは生まれる事ができたと言うのね。ではその後は、メイリーンは浄化石に瘴気を吸収させていたのかしら?あのサイズの浄化石が半年に一度も浄化されるなんておかしいものね」

 

 冷静に話を進めるアーマンディにシェリルは違和感を感じる。

 もっと感傷的になると思っていた。なんだかんだ言っても自分の家族だ。ましてやウンディーネ公爵家では、男が聖属性を持っていることを受け入れている。自分が男であると言い出してもおかしくないと思っていたのに、男性であることは秘密のまま、まるで他人事のように対応している。


「はい、その通りです。ですがそれも限界です。瘴気の量は年々増えています。アーマンディ様が浄化して下さった浄化石も、もう半分黒くなりました」

「わたくしが差し上げた水は効果がなかったの?」

「効果はありましたが……もう無くなってしまいました」

「そう……ではもっとお水を作りましょう……そして病気ではなく身体から瘴気を発するとなると、対策方法から練り直さないといけないわ。今日のところはお暇しましょう」

「アーマンディ!妹を見捨てるのか⁉︎」

 沈黙を貫いていたカエンが叫び、立ち上がる。両親と違って敬語はない。敬称すらもない。その事が更にアーマンディを苛立たせる。

「見捨てる……とは人聞きが悪いですわ。今のわたくしには対処方法がないので、一旦帰宅するだけです。幸い、聖女の館には前々聖女ジェシカ様がいます。彼女はスピカ神より多彩な知識をいただいているわ。彼女に相談してまた、参ります」

「妹は――メイリーンはもう長くない、限界が近いと父も言った!なのに、お前は妹に会うこともしないで帰るというのか⁉︎」

 カエンはアーマンディを睨みつける。その表情には妹を思う愛が溢れている。同時にアーマンディへの憎悪も。

「……シェリル」

 声を掛けて、手をすっと差し出せば、シェリルが心得たように手を取ってくれる。そのまま立ち上がると、アーマンディのやりたい事を、全て承知しているようにエスコートする。

 それだけで自分の家族はウンディーネ公爵ではなく、ヴルカン公爵だと思ってしまう。そして自分の両親は全く血が繋がっていない、ロッシュとヴァネッサだと……ふたり以外に自分は望まないし、受け入れてくれないのだろう。なぜならこの家族の心はメイリーンに向かっている。自分ではないと……改めて知った事実は、アーマンディの心を溶けない氷のように凍りつかせる。

「わたくしは……ずっとアジタートに虐待されていました。満足な食事も与えれられず、鞭で打たれる毎日……。その生活から助けてくれたのはヴルカン公爵家です。シェリルを初めとするヴルカン一族のみが家族で、他にはおりません。妹など、おりませんわ」

 アーマンディが一瞥すると、カエンの怒りの表情は一瞬で崩れ、カイゼルとアントノーマは目を見開く。

 3人の罪悪感に満ちた表情にも、アーマンディの心は揺れない。彼らから感じるのは自分への贖罪の気持ちと、メイリーンの治療への期待だけ。あまりに幼い頃に別れたアーマンディは、親子とも兄弟とも思えないのだろう。それは哀しいけれど仕方のないことだ。

「見送りは結構よ?妹さんを大事にしてあげてください」

 シェリルに視線を向けると、労るような赤い瞳を返された。その瞳にアーマンディは心が揺さぶられる。この中で、本当に自分を心配しているのはシェリルだけだ。そして……。


「し……シェリル嬢……先ほどの、アーマンディ様の話は本当ですか?」

「ああ、カエンが信じられないのは判るが、本当のことだ。私が聖女の館に入館した際に、アーマンディ様は暗くて寒い地下室に閉じ込められ、食事も囚人以下だった。それだって与えられない日もあったようだ。更に重労働と加虐が課せられ……今、無事でいらっしゃる事こそが、スピカ神の奇跡だと言っても良いくらいだ。あなた方はメイリーンを助けてくれと言うが、私から見たらアーマンディ様を助けなかったあなた達は勝手だと思わざるを得ないな」

 崩れおちるように床に膝をつくカエンに冷めた視線を送り、自分の言葉を更に代弁してくれるシェリルに心から感謝しながらアーマンディはチラリと視線を変える。   

 ここで自分を本当に思ってくれる人はシェリルと彼女だけだと思いながら。

「あなたから頂いたドレスは素晴らしかったわ。そのお礼としてあなたの娘を救う努力をしましょう」

 アーマンディの言葉を合図とし、シェリルは扉に合図を送る。すると扉を守る騎士により扉がゆるりと開かれていく。

 次に会うのが最後だろう……アーマンディはそう決意し、扉を一歩踏みだした。

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