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聖女なのに、男です。  作者: 清水柚木
ウンディーネ公爵邸編
73/204

第73話 ウンディーネ公爵別邸(3)

 ゆるりと馬車が止まり、御者の手によって扉が開かれる。

 さっとシェリルが先に出て、右手を掲げると、その手を支えとしてドレスの裾を摘んだアーマンディが、ふわりとした足取りで降りてくる。

 

 アーマンディの正面には、ウンディーネ公爵邸の縁のものが貴人の出迎えのためにずらりと並でいる。

 グレーがかった正面入り口は大きく、邸宅は横に広がり、客人を迎え入れるように湾曲している。正面門からここにくるまでの庭も見事だった。美しい彫刻に、水を惜しみなく湛えた噴水。整えられた庭木に、蒼い花々。緑豊かな芝生の絨毯。

力強く咲き誇るヴルカン公爵邸とは違い、ウンディーネ公爵邸は優雅でありながら儚さを残す造りに見える。

 

「アーマンディよ」

 苗字は言わないようにと、シェリルに指導を受けたアーマンディは、練習した他所(よそ)行きの笑顔を顔に張り付かせ、正面の男性を見る。

 自分と似た銀色の髪の男性は夏の空のような(あざ)やかな青い目をしている。鋭い目つきの男性は、自分の親というには若々しく見える。後ろに撫でつけた髪で年相応に見せているような父は、以前と変わず観察するようにアーマンディをじっと見ている。


「光の波を召喚し、スピカ神より愛を頂く聖女アーマンディ様にお越し頂きましたこと、我が家の誇りとなりましょう。ウンディーネ公爵カイゼルと申します」

 深い海の様な蒼色の公爵衣に身を包んだカイゼルが腰を落とす。低く渋い声がアーマンディの耳に残る。


「艶やかに輝く光を(まと)う美しい方にお会いでき、喜びの涙が溢れましたこと……ご容赦くださいまし……。あ……アントノーマ……公爵夫人……アントノーマでご…ざいます……」

 声を震わせ、さらに溢れる感情を隠せずカイゼルの横に立つ女性は、カイゼルと同じ色のドレスを摘み、深く腰を落とした。

 金糸の様な見事な髪は、シルヴェストル公爵家の証。大木を(かざ)る青々しい鮮やかな緑の瞳には、朝露のような美しい涙が光っている。


 母にハンカチを差し出したのちに、横の精悍な顔立ちの青年がスッと足を引き、騎士として最高礼でアーマンディへと挨拶を行う。

「母が失礼いたしました。かく言う私も、あまりにもの輝きと懐かしさに、心が震えてご挨拶すらままならい状態であります。ご容赦頂けますよう、お願い申し上げます。ウンディーネ小公爵カエンと申します」

 背中に伸びたサラリとした銀の髪は、太陽と下で煌めいている。

 宵闇の空の様な深い蒼色の瞳は、アーマンディを試しているようだ。キリッとした顔に、整った体躯。深い海の様な群青色の騎士服が似合って見えるのは、その美貌のせいだろう。


 自分とは違って男らしく、たくましい……アーマンディは自分をエスコートしているシェリルとカエンを見比べる。

 アーマンディとシェリルの身長は同じくらいだ。そしてカエンはシェリルより頭一つ分高い。並んで立つときっとバランスが良いだろう。そう思うとシェリルがカエンについて話した言葉を思い出す。

 自分とは違って、彼はシェリルに正々堂々と愛を語ることができる。同じ親から産まれた男兄弟でありながら女としてではなく、男として世間に公表されている兄には権利がある。

 最近のアーマンディは感情の抑制が難しい。シェリルに関しては特に。炎の絶えることのない炉のように、嫉妬の気持ちがメラメラと燃え盛ってしまう。

 抑えなければと、心を沈めなければと、ジッと耐えていると、シェリルがカエンに目配せしているのが見えた。


「久しぶりですね、シェリル嬢。お元気そうで何よりです」

 カエンの言葉に、アーマンディの炎が勢いを増す。自分の愛おしい人に懐かしい視線を送る兄。そしてその言葉をシェリルが引き出したのだ。つまり、このふたりは自分が知らない所で連絡を取り合っている!


「わたくしの騎士に馴れ馴れしい態度を取るとは何事でしょう?今日は借りていたものを返しに来たのであって、馴れ合いに来たのではありませんわ。しかもわたくしに向かって懐かしいとは……なんのことでしょう?わたくしには判りませんわ」

だからついついこんなことを言ってしまう……きっと後でシェリルに怒られるだろう。だけど我慢できない。自分以外をシェリルが見詰めるなど到底許せるものではない!


 だが、シェリルは上出来だと言わんばかりにフッと笑う。

 シェリルの表情を合図にカイゼルが地面に片膝をつけると、並ぶ関係者たちも一様に跪く。

「愚息が申し訳ございません。謝罪の機会をいただきたく!」

わけが分からず立ちすくむアーマンディにシェリルから耳打ちがある。

「謝罪の機会を与ると言ってください。そうすれば家に入る名目が立ちます」


 シェリルはアーマンディの感情に気付かない。

 アーマンディはもう帰りたくて仕方がないのに。だが愛おしい彼女は嫉妬というものを知らない。だからアーマンディの気持ちは分からないのだ。

 妹であるメイリーンは気の毒だと思うが、今はそんなことよりも唯一の人を失いたくない焦りが心を縛る。でもその事をシェリルに言う訳にはいかない。なぜならそんな感情は聖女に相応しくない。シェリルに見放されたくない。


「し……謝罪の機会を与えましょう」

 声が震えないように努力しながら、アーマンディは前を向く。


 そこで一同が立ち上がり、アーマンディを邸宅へ案内する流れとなった。

「シェリル……今のは?」

 カイゼルたちには聞こえないようにアーマンディが囁くと、シェリルは笑顔で応える。

「あなたはウンディーネ公爵家を嫌悪していることになっていますから、家宝の宝石を返しにきただけで家にまで入るのはおかしいと思っていたのです。でもあなたが怒ることによって、彼らは正面切って謝罪の機会を得た。あなたが怒らなければ、私が怒るつもりだったのですが、良かったです。あっという間にことが終わりました」

「カエン様と打ち合わせを?」

「そうです、良くお分かりになりましたね。さすがアーマンディ様です」

「……お役に立てて良かったです」

 あなたがカエンに目配せするのが見えましたから……とアーマンディは言う事ができない。

 愛おしい人は自分とは違って、心が綺麗だ。まるで雨が降ったばかりの透き通る水溜りのように。人に踏みにじられ、泥だらけになり誰からも忌避される泥水の自分とは違うと思うと、アーマンディの心はジクジクと痛む。

 痛む心を自覚しながら前を向く。涙を流さない様に堪えながら。


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