第71話 ウンディーネ公爵別邸(1)
アーマンディは鏡台の前でドレスを翻し、くるりと回る。
今日のドレスの色は、秋の紅葉樹のような艶やかな赤色で、ウエストから切替しのあるベルラインのドレスは、スカート部分に金糸の刺繍が裾に広がるようなデザインになっている。オフショルダーの肩の部分にも同じ柄の刺繍があり、華奢なアーマンディの二の腕を彩っている。
相変わらずのドレス姿にアーマンディは内心うんざりするが、後ろで微笑む愛おしい人から綺麗だと言われると、これでも良いかとも思ってしまう。
「このドレスですと、髪を上にあげましょう。そうですね……横にヘッドドレスをつけましょうか」
シェリルはアーマンディを鏡台の前に座らせる。
相変わらずアーマンディは人に背後を取られることを極端に嫌う。その為、髪を結うのはシェリルの仕事だ。
器用で良かった……シェリルはそう思いながら、アーマンディの豊かな髪を持ち上げる。
そもそも公爵令嬢であるシェリルが髪を結うことはない。ましてや他人の髪などあり得ない。だが、アーマンディが他人から触られるのをまだ嫌うので、ミルバに習って覚えている途中だ。そして最近はそれが楽しくなってきた。
「ありがとうございます。その、ヘッドドレスは……黒いものが良いです」
鏡台の鏡越しにチラッっとシェリルを見るアーマンディは嬉しそうだ。できればシェリルの色で自分の全てを飾りたいと思っている。
「そうですね……いえ、今回はウンディーネ公爵邸に家宝のティアラとネックレスを返しに行くという名目での訪問です。あまりヴルカン公爵色ばかりを強調するのも良くないでしょう。ヘッドドレスはプラチナを用いましょう。ウンディーネ公爵家のカラーは青と灰色ですから」
アーマンディは軽く頬を膨らませる。
愛しい恋人は、政治の世界では有能だが、色恋沙汰では呆れるほど無能だ。シェリルの色に全てを染めたいというアーマンディの気持ちが分からない。でも男性である自分がこんな風に思うのは女々しいかも知れない……そう思うのでアーマンディは嫌だと言えない。
「実家を訪問するだけなのに、理由が必要なんですね」
「ええ、あなたは聖女就任の祝い夜会で、ウンディーネの苗字を名乗らず、父親に挨拶もしなかった。そして自らヴルカン公爵邸へ、後見を頼みました。これは我が家にとっては好都合でしたが、ウンディーネ公爵家にとってはアーマンディ様……つまり聖女から断絶されたことになります。その為、ウンディーネ公爵家からあなたを誘うことはできません。そしてあなたが赴くにしても何かしらの理由がないと、今度は我が家を見限って、ウンディーネ公爵家に後見を頼むのではと、穿った見方をする者も出てきかねません。ですから私と共に聖女就任の際に使用した、家宝の宝石を返却に行くという名目をたてました」
「そうなんですね。僕がヴルカン公爵領に行った際にも、表向きの理由があったのですか?」
「あの時は純粋に休養です。我が家の後見を受けるあなたが、我が領で休養するのは問題ありませんから」
「では……また遊びに行っても良いですか?」
「もちろんですよ。とは言えど、ウンディーネ公爵邸に行った後には、他家にも行かなければいけません。当面は先になってしまいますね」
アーマンディはキョトンとした目をする。
まさかウンディーネ公爵邸に行くだけで、他の公爵家に行く話が出るとは思わなかった。
「アジタートは極端に実家に片寄っていました。アーマンディ様には元来の聖女のように公平であることを旨に、行動をして頂きたいと思っております。ですからウンディーネ公爵家の後は、グノーム公爵家へ、そして最後にシルヴェストル公爵家にいく事になります」
「僕が……行くんですね。来てもらうことはできないんですか?」
「聖女の館は基本決められた者しか入れません。それに各公爵家にとって聖女であるアーマンディ様を自宅へ招くことは一家の誉れです」
「そう……なんですね……。だったら他の公爵邸に行くにも理由が必要ですよね?」
シェリルはアーマンディの髪を上にゆるやかにまとめ終えた。次はアクセサリー選びへと行動を移す。
「グノームにはデルフィの小公爵祝いに、シルヴェストル公爵家とは交渉中です」
シェリルは白金にダイヤが煌めくネックレスを、アーマンディの首に掛ける。頭の側面には羽に露を散らしたような髪飾りが添えられた。
「重いですか?」
シェリルは鏡越しにアーマンディをじっと見る
「あ……少し重いですが、大丈夫です」
「では良いでしょう。先ほどの続きですが、あなたは今後、中央都市にある各公爵邸に訪問します。それから各公爵領へ。そして幸いなことにジェシカ様が健在ですので、外国への訪問もお願いします」
「外国……ですか?そうしたら護国水晶玉の浄化は?」
「現聖女が留守の間に、前聖女が代わりを務めるのは良くある事です。まぁ、今回は前々聖女ですけどね」
「新しい聖女が立ったら、前聖女は聖女の館を出ると聞いていますが……」
「お互いが合意すれば残ることもあります。ですが海外訪問時は協力してもらうことが多いそうです」
「海外訪問の際は……シェリル様も一緒ですか?」
「もちろんです。どこまでも一緒ですよ」
当たり前のように微笑むシェリルの服の色はアーマンディと同じ色だ。今日の騎士服は礼装なので、飾緒の色は金糸を混ぜた黒で、肩章には真紅のマントが靡く予定だ。
いつかこの衣装が逆転することがあるのかと、アーマンディはうっとりした視線を送る。
「良かったです。では、行きましょうか?そろそろ……時間ですね」
「ええ、ではお手をどうぞ……アーマンディ様」
いつか、シェリルをエスコートする日が来たら……そう思いながら、アーマンディはシェリルの手を取った。




