第67話 決意(2)
ヴルカン公爵本邸の廊下を歩くジェシカとノワールの衣装は、冬の夕焼けのような赤色をしている。
「2度目の顔合わせ……ですか」
ノワールはちらりと横を歩くジェシカを見る。
ノワールは最近、ジェシカをエスコートしない。もう辞めて欲しいと、だいぶ前に言われた。
「私はアーマンディ様にも、シェリルにも負い目があるわ。できるだけのことをしたいと思っているの。それを分かってくれる?」
「ジェシカ様はそう思ってるんですね。私はそうは考えていません。アーマンディ様はアジタートに虐待されていたと言う。もしシェリルを聖女として預けていたら、シェリルが虐待されていたかも知れない。そう考えるとゾッとするし、アーマンディ様がシェリルの身代わりになったとも思えてくる。精神がひ弱で、シェリルをたぶらかそうとする悪女ですが……まぁ、目を瞑りますよ。世の中には色々な愛の形があるんでしょうから。ただ、私が孫の顔が見られないだけですからね」
納得していない顔をするノワールだが、それでも一応の理解は示したらしい。ジェシカはその表情を見て、ほっと胸を撫でおろした。
ジェシカとノワールはアーマンディが虐待されていたことをアリアンナから聞いた。アリアンナは、アーマンディが男性であることだけを隠してうまく話をした。
そしてシェリルとアーマンディがヴルカン公爵邸に戻った翌日、再び面談となった。
「しかし……今日は変な感じですね」
ノワールは廊下をさらりと注視する。
「そう?」
ノワールの言葉の意味が分からずジェシカは首を傾げる。
前回の迎賓館での面談と違い、今日の面談はヴルカン公爵邸で行われる運びとなった。場所は3階の応接間。確かに3階にも応接間はあるが、それはごくごく親しい友人達を呼ぶ為のものだ。
スピカ公国の邸宅は縁起を担いで5階建てのものが多い。最上階の5階はその邸宅の所有者の部屋、4階は宝物庫、執事や侍女頭など家政を取り仕切る上位の者の部屋、3階の真ん中には祈りの間があり左右には執務室や書庫など業務を取り仕切る部屋が多い。そして2階には来客用の応接間や会議室などがあり、1階は調理場や護衛の騎士や侍従や侍女の詰所などがある。
つまりもし前回のやり直しをするなら2階で行われるのが正しいはずだ。だが今回は3階。プライベートな階だ。強いて言うならギネのために部屋を移ったシェリルの部屋がある階。
ノワールは眉をひそめる。
今回用意された部屋は、シェリルが友人を招く際に使う部屋だ。つまりシェリルの部屋から一番近い応接間。応接間というのには大袈裟な部屋。もちろんヴルカン公爵邸の一室であるからには、調度品も一級品ではあるが、華美ではなく落ち着きのある部屋といった方が正しい部屋だ。
ノワール達には2階の部屋が用意されている。そしてその部屋から3階の応接間に向かう階段と廊下にはさりげなく人が配置されている。まるで関係のない人間を近づけないように……。
何かある――そんな空気を感じながら2階から3階へ向かうと、階段の前ではミルバが深くお辞儀をして待っていた。
「ミルバ……お前が出迎えとは、シェリルは何を警戒しているんだ?」
ノワールが睨みつけてもミルバの様子は変わらない。
「私からは何も言うことができません。どうぞこちらへ」
そのまま、ついっと扇動するミルバの背中を、刺殺さんとばかりに鋭い殺気を送っても、動揺すら見せない。
さすがシェリルの懐刀だな……ノワールは嘆息し、大人気ない自分の行動を顧みるように後ろ頭を掻く。
ミルバはシェリルの乳母だが、同時に戦いの師でもある。
ヴルカン公爵家の戦い方は、魔力を主とする豪快で強さを見せつけるような戦闘方法だ。圧倒的な力で相手の出鼻をくじき、戦意を喪失させる。
だが、ミルバは違う。ミルバは護衛のプロであると同時に、暗殺のプロだ。温和な姿とは裏腹に誰にも気付かれずに一撃で仕留める。
アリアンナがミルバを乳母にすると、どこかから連れ来た時には、彼女がその道の人間だとは気付かなかった。それだけ彼女の腕は卓越していた。そして実はシェリルもその技を受け継いでいる。
だからこそシェリルはここぞと言う時にはミルバを用いるのだと、ノワールは知っている。つまり前回とは違い、ただの顔合わせではないと言うことだろう。
アヒレスの家でアーマンディはノワールを見て激しく動揺していた。パニック状態と言っても良い。とにかく異常だった。
だが、その前の迎賓館で会った際には怯えた様子ではあったが、異常な状態ではなかった。
もしや……また、パニック状態になる可能性があると言うことか?ノワールは心の中で独りごちる。
だったら、自分を外してジェシカとアーマンディだけで顔合わせをすれば良いはずだ。なのにあえて私も呼ぶ理由は何だろう。そこまでする何かが分からない。
ノワールの疑問は解決しないまま、アーマンディとの面談の部屋の前に来た。するとミルバが振り返り、いつもと変わらない柔らかい笑みを口元に浮かべる。だが、その瞳は表情とは裏腹に殺気をはらみ鋭く光る。
そのただ事ではない様子にジェシカとノワールは表情を変えることなく、姿勢を正した。
「これから先のことは他言無用で……お約束を頂けない場合はお通しできません」
「ほう……シェリルの乳母の分際で、私に偉そうな口を聞く……」
ノワールも殺気を放つが、ミルバの表情は変わらない。
「これは我が主人の意でございます。そして私は現在の所あなた様と序列はひとつしか変わらないのですのよ?ノワールさん」
挑発する様に語彙を強めるミルバを、ノワールは上から睨みつけるが、まるで意に介していないかのようにミルバはさらりと口元に微笑みを漏らす。
聖女の筆頭侍女であるミルバは序列が7位。そして現公爵の実母のノワールの現在の序列は6位。だがスピカ公国で第1位である聖女の意を示すのであれば、立場が変わる。ましてやジェシカに至っては二桁の階位だ。本来であれば同等の会話などできないのが、スピカ公国での公式な決まりごとだ。
ミルバとノワールの睨み合いに終止符を打ったのは、二桁の階位でありながら今だに人々から尊敬の眼差しを向けられる、かつて聖女であったジェシカだった。
「畏まりました。全てご指示通りに致します」
ジェシカは深く、深く頭を下げ、膝を折り、両手でドレスを軽く摘む。上位のものに従う正式な作法だ。その姿に一瞬、眉を細めたノワールだったが、すぐに右手を胸にあて軽く頭を下げた。
「承った……」
ふたりの言葉を聞き、ミルバは扉を開けた。そしてその先には真紅の衣装を身に纏ったシェリルとアーマンディが見えた。
その姿にノワールとジェシカは息を呑む。
だが、言葉には出さずに、部屋へと入り、扉はミルバによって固く閉ざされた。
ミルバは護衛のように扉の前に立ち、ふうっと息を吐く。
「思ったより――アリね」
その言葉は誰にも聞こえることはなかった。




