第66話 決意(1)
シェリルの祖父母アヒレスの邸宅にふたりが引き返したのは、太陽が一番空高く登る時間だった。
シェリルがギネからアーマンディを降ろしていると、祖父であるロッシュがにこやかに屋上で出迎える。
「おめでとう……そう言っても良いよね?」
全てを分かっているかの様に微笑み手を叩くロッシュに、シェリルもアーマンディも真っ赤になることで返事とした。
「お祖父様、どうして知っているんですか⁉︎」
「雰囲気だよ……商売人の目を侮ってはいけない」
自身の目を指しながら微笑む祖父を見て、そう言う問題なのだろかとシェリルは赤くなった顔を片腕で隠す。アーマンディは相変わらず女性の様に両手で顔を覆うが、ベランダにヴァネッサの姿が見えたと同時に駆け出した。
「お祖母様!シェリルと両思いになれました!」
アーマンディがヴァネッサに抱きついて報告すると、「良かったわ、私も嬉しいわ」と言ってヴァネッサも抱擁し、頭を優しく撫でている。
その様子を見てシェリルはどうした事かとロッシュを見る。
「シェリルと喧嘩したお陰ですっかり仲良しになったんだよ。昨晩は一緒のベッドで寝ていたよ。まるで本当の親子みたいにね」
「一緒のベッドに⁉︎アーマンディ様が?」
「そうだよ。君たちが帰るまでアーマンディ様が隠居したら、アディとして養子に来て欲しいとずっと言っていたよ。私もアディが大好きだ。一つの手として考えて欲しいな」
あのアーマンディがネリー以外と一緒に寝るとは予想外だったが、祖父までもが養子にしたいと言うとは思わなかったと、シェリルは驚きを隠せない。
「それで?皆には秘密にするのかな?」
「それは……私はどちらでも良いのですが、アーマンディ様が自分のタイミングで言いたいと。ですがお祖父様とお祖母様にだけは一番に伝えたいと仰るので、戻って来ました」
「ああ、シェリルの為に大人になろうとしているのだね。良い事だ」
ロッシュがフフッと笑うのでシェリルも微笑で返す。それだけ自分の選んだ人を気に入ってくれていると思えば、やはり悪い気はしない。
「ところでノワールお祖母様は?アーマンディ様が、こちらにいると仰ってましたが気配がしませんね。ルーベンスも」
「あのふたりなら、シェリルがアディと出掛けたと聞いて馬に乗って帰ったよ。アディがノワールさんにそれはそれは怯えてね。錯乱状態にまでなってしまった。だからノワールさんは、シェリルが来たなら自分がいない方が良いだろうって大人しく帰ったよ」
「錯乱状態?アーマンディ様が?」
「そうだよ、私が見た時は床に這いつくばるように土下座して、全身を震わせながら、ただひたすら『申し訳ありません』と謝っていたよ。ノワールさんの話だと吐いた物を自然に飲み込んだらしい。虐待を受けていたんじゃないかと言っていたよ。そしてルーベンスもそれに同意した」
探るような視線を向けるロッシュに、シェリルは目を瞑る事で同意した。祖父母には隠す事などなにもない。誓約などしなくとも、このふたりは誰にも言わないと知っているからだ。
「アディは想像よりもずっと辛い過去を背負っておいでだね。私たちを癒す存在である聖女が癒される場所がないのは気の毒だ。我が家がアディの宿木のような存在になれればと思っているよ」
「ありがとうございます。私以外にも気が許せる相手がいれば心強いです」
「いや……私達ではシェリルほどには無理だよ。アディだって、シェリルがいればあんなにノワールさんを相手に錯乱する事はなかったはずだ。ヴァネッサが言うには慰めている間、ずっとシェリルの名を呼んでいたらしい」
「そう……なんですか?」
「ああ、だからね、シェリルも辛くなったら我が家へおいで。ここは君の宿木でもあるのだから」
「……ありがとう……ございます」
ロッシュの言葉を受け、シェリルの目頭は熱くなる。潤んだ瞳で前を向くとアーマンディがニコニコしながらこちらを見て笑っている。
「あんな笑顔を初めて見ました」
「そう、それは良かった。ところで、アディは直感的に人の感情を見抜く節があるね。今回はノワールさんの敵意を見抜いたのだろう。それは人を見抜くと言う意味では強みではあるが、今のままでは感情が表情に出て良くない。残念な事にアディは今後、外の世界に出て行く事になる。それだけは勉強させた方が良いと思うよ」
「……お祖父様が教えてくださいますか?」
祖父母が聖女の館に来てアーマンディを教育してくれれば、そこは安らぎの館になるのではないだろうかと思い、シェリルは遠回しにロッシュを誘う。
「いや……誰も彼もがアディの部下になってはいけない。私たちはここにいるよ」
だが、ロッシュはシェリルの想いを分かった上で断った。それでは意味がないと知っているからだ。
ロッシュとヴァネッサが共に聖女の館へ入ってしまえば、ふたりにとっては良いだろう。だが頼れる人が近くにいると言う事は甘える環境ができてしまう事だ。そして同時にふたりは失うのだ。帰る場所を、逃げる場所を。
「そうですね、分かりました」
ロッシュが頷いたところでヴァネッサとアーマンディが手を繋いで近づいて来た。
「アディから聞いたわ。ここには報告に来ただけで、もう行っちゃうんでしょう?寂しいわ」
「ええ、やらなければいけない事が沢山ありますから」
「また、来ますね」
ふたりはギネに乗り、再び空へと飛んだ。
◇◇◇
「アーマンディ様、良かったのですか?本当は食事をして行きたかったのでしょう?」
シェリルが尋ねると、アーマンディは僅かながら眉を動かし、後ろにいるシェリルに目を向ける。
自分はシェリルと体が密着した状態というだけでドキドキしてしまうのに、シェリルは普通の顔だ。こういうところがずるいとアーマンディは思ってしまう。
「それは……そうですけど、やらなければいけない事も沢山ありますし……」
「確かにそうですね。ジェシカ様より術を教わり、ネリーの目を治し、メイリーンも助けなればいけません」
「それもそうですが……その、シェリル様のご家族の方々に、僕たちが付き合っている事を早く言いたいですし……ただ、僕が聖女で女性と思われているので正式に婚約ができないのは申し訳ないのですが……」
「もう何度目ですか?大丈夫だと言ったはずですが?」
「いえ、その……」
アーマンディは言い淀む。
なぜなら正式に婚約ができない限り、シェリルには他の貴族との縁談が舞い込むからだ。自分はそれを止める事はできない。
それに聖女の騎士の契約書にはどちらかが婚姻した場合には契約を見直すと書かれていた。
婚約できない以上、そこに縛りはない。アーマンディは不安で仕方がない。
だが、シェリルにはアーマンディの不安が分からない。
この話は何度もしたのに、よほど罪悪感があるらしいと、同じ言葉を繰り返す行為に疲れてくる。そこでシェリルは無理矢理、話を変える事にした。
「ところでノワールお祖母様は苦手ですか?」
「あ……聞いてしまったんですね。確かに目が覚めてノワール様を見た時に、僕はパニックを起こしてしまいました。あの方が僕を嫌っているのが分かって怖かったんです。また……暴力を振るわれる気がして……」
「ノワールお祖母様は確かに威圧がきついですが、あれでも聖女の騎士であった方です。道理をわきまえない方ではないですよ?一方的に暴力を振るったりしません」
「そうなんですね……起きたらノワール様と目があって、それで、怖かったんです。ですがシェリル様が一緒なら大丈夫だと思います。これからは一緒にいてくれますよね?」
「もちろんです」
ふんわりと微笑むシェリルを見て、アーマンディは決意する。
「それで……その時に貸して頂きたい物があるんです」
内容を聞いたシェリルは優しく頷いた。




