第65話 想い(4)
「確かに……ギネが認めた相手があなたであれば、私は今後、他の誰かと結婚をすることはできないでしょう」
「では――僕と……
アーマンディの言葉は、シェリルに、手で遮られることによって止められた。
「ですがそれ以前の問題なのです。そもそも私は、あなたに一目惚れをしています。他の人など目に入らないのですから……」
しかも熱烈な告白を受けた!とアーマンディは更に真っ赤になるが、シェリルはもうそれすら目に入っていないようだ。強い拒絶の意思を感じる。
言葉がダメであれば、どうすれば分かってもらえるのだろう……アーマンディは必死に頭を巡らす。
もう自分が女装しているとか、聖女であるとか、そんなものはどうでもいい。このままいけばシェリルは自分から離れていく。それは嫌だ!それだけは阻止したいと考え抜いた挙句、行動で示すことが一番だろうと斜め上の発想を思いつく。
覚悟を決めたアーマンディは生唾をごくりと飲み込んで、シェリルをじっと見る。するとさすがのシェリルもこちらを見た。
「シェリル様……手を繋いでもらえませんか?」
両手を差し出すとシェリルが握ってくれた。触れた手は温かく、心がふわりと浮き上がるようだ。
「アーマンディ様……」
シェリルの赤い瞳が潤んでいる。その瞳に映る自分の瞳だって潤んでいるはずだ。なぜなら互いの気持ちは同じだから。離れたくない。少しでも近くにいたい。息が掛かるほどの距離でずっと触れ合いたいと思っているはずだ!
覚悟を決めたアーマンディは、シェリルの腕をグイッと引っ張る!が、その体はびくともしない。シェリルの強い体幹――そして非力すぎる自分。シェリルは騎士で、自分とは違う……分かっていたけれど、ここまで動かないと自分が情けなくなってくる。しかもシェリルが何をしたいのだろうと、こちらを見る始末だ。
だったらと今度は自分からシェリルに近づく。腰を上げてシェリルの唇を奪おうと試みる!
「――っ、アーマンディ様⁉︎何を!?」
ゴツンと鈍い音がしたのは、頭と額が当たったからだ。アーマンディがシェリルの腕を軸として立ち上がろうとしたので、シェリルがアーマンディの安全を確保しようとしたので、ぶつかってしまったのだ。
「――っつ!」
シェリルは石頭だ、かなり痛いと思いながらアーマンディが見上げると、シェリルはケロッとした顔でこちらを見ている。全然思った通りにいかない……その事実に何だか悲しくなってくる。でもギネが心話でアーマンディだけに《頑張れ!》と伝えてくる。でもこうなると何をしても無駄な気がしてくる。
「アーマンディ様?先ほどから何をしたいのですか?」
段々とシェリルの鈍感さが憎くなってくる。今だって手を繋いでいるのに赤くすらなっていない。自分は心臓が破裂しそうなくらいドキドキしているのに。
「僕が好きだって言ってるのに、信じてくれないから行動で示そうと思ったんです!」
「行動……ですか?私と引っ張り合いをすることで……ですか?」
「ど……鈍感にもほどがあります!シェリル様はあまりにも――ひどい……引っ張り合いだなんて……」
「では、何を?」
じっと見てくるシェリルは本当に分かっていないようだ……呆れたのはアーマンディだけではない。とうとうギネまで深いため息をつき始めた。
「僕がシェリル様を好きだということを……愛しているということを信じてくれますか?」
「……お言葉はありがたいですが、あなたのそれは雛鳥が親を求めるのと同じでしょう。もしくは翼竜の事情を聞いた事で、同情をして下さっているんです。私とは違うことくらい分かっているつもりです」
「……僕は、そこまで馬鹿ではありません。自分の気持ちくらい分かっています。それにそもそも僕がこうして手を繋げる相手は限られています」
アーマンディはぎゅっと手に力を込めて握ってみるが、反応は返ってこない。
「ええ、知っていますよ。私以外にはネリーだけ、ですよね?つまり家族のような存在ですよね?」
「ネリー相手ではこんなにドキドキしませんし、それに……こ、こんなに、も……求めたり、し、しません」
「求める?握手をですか?」
「――――っつ!」
なんてことだ。鈍いにもほどがある……!唇を奪おうと思ったが、経験不足の自分は失敗した。こうなったら直接訴えようと思っても、この始末……。どう言ったら分かってもらえるのかとアーマンディは辛くなる一方だ。
「き、昨日、あなたを責めたのは僕の嫉妬からです。僕の知らない事実をジェシカ様が知っているのが悔しくて、だから本当はシェリル様が聖女であっても何とも思っていません。それは少しは……ずるいと思ってしまいましたが、全てはあなたを独占したいという僕の浅ましい欲求からです」
「ジェシカ様は母のような姉のような存在です。師でもあります。でも私もあの方に全てを話しているわけではありません。アーマンディ様が私を独占したいと仰るなら、贖罪の意味を込めて、聖女と騎士の関係を続けさせて頂ければと思います」
「そ――そうではなくて!だから、なんでそんな風に取るんですか⁉︎僕はあなただから好きなんです!」
「ですから、それは雛鳥が――
「それは違うと言ってるじゃないですか!僕はあなたに触れたいと思っています!ちゃんと男扱いして欲しいっていつも思ってるのに、シェリル様は興味なさげだし!しかも熱烈に告白したり――気を持たせておいて、なのに違う違うって……そればっかりで!今だって僕はあなたにキスしたいと思ってるのに‼︎」
「――――は?」
さすがのシェリルも今回ばかりは理解できた。
シェリルの顔は真っ赤になるが、やけくそ気味なアーマンディは気付かず言葉を更に重ねる。
「シェリル様は鈍感すぎます!僕をすぐ胸に抱くし、好きな人にそんな風にされたら赤くなるに決まってるじゃないですか!その度に僕がどんなにドキドキしたか分からないでしょう⁉︎心臓が破裂しそうなくらい、ドキドキしていたんですよ!それなのにシェリル様は飄々として何ともない顔をしていたじゃないですか!そうだ!前に僕が食べていたソフトクリームも食べましたよね?間接キスだって僕は真っ赤になったのに、シェリル様は潔癖症だって言ったし!確かに……僕だってシェリル様が好きだって気付いたのは昨日でした。そう考えると僕だって鈍感ですよ!でも僕はもうシェリル様がいない世界は考えられないのに!昨日からずっとシェリル様のことしか考えていないのに‼︎」
「…………あ……すみま……せん」
興奮気味で捲し立てるアーマンディの勢いにシェリルはこれしか言えないと口に出す。だが、勢いが止まらないアーマンディは更にシェリルの過去の話を持ち出し、あーだこーだと言い出した。
シェリルはその言葉を聞きながら、自分の間違いに気が付く。
今まで苦労してきたアーマンディが人を愛するのは、随分と先になるだろうと思っていた。更にその相手が自分になる確率は低い。そんな奇跡があるわけないと。
そして今回、優しさから、自分に告白してきたのだと思っていた。ギネがあんなことを言ったばかりに、優しい彼は、こんな自分のために犠牲になろうとしてくれていたのだと……。
だが、違うらしい。目の前の彼はかなり暴走気味だが、自分を愛していると懇切丁寧に語っている。その言葉の中には今まで自分がいかに鈍感だったかと落ち込むような言葉も多いけれど……。
ギネが心話で言ってくる。《もう認めてあげて?アーマンディはシェリルの番になりたいんだよ》
ギネすら分かっているのに、思い込みでアーマンディの言葉を聞こうとしなかった。しかも、さっきなぜ引っ張られるのか分からなかったが、まさか口付けを交わそうとしていたとは……あれではどうやっても頭突きにしかならないではないか!
「ふ……ふふっ――」
「な――何がおかしいんですか!」
突然笑い出したシェリルに、アーマンディは怒りの目を向ける。
表情が驚くほど豊かになった。かつての彼とは別人のようだ、シェリルはそれが一番嬉しい。
「なんだか、アーマンディ様は昨日と今日で別人のようですね」
「……そうですね。昨日……お祖母様に慰められて、初めて声を上げて泣きました。それに恐怖から縋りついて泣いてしまったのですが、お祖母様は優しく抱きしめてくれました。それで生まれ変わったような気がしたんです。そして今、シェリル様に告白されて、勇気を持って前を向ける人間になりたいと思いました。僕シェリルとふたりならそれができると……」
「そうですね……私もそう思います。私とともに歩んで頂けますか?」
「あ――!はい、ぜひ!」
やっと想いが通じたと涙目になったアーマンディはシェリルから手を離し、指でそっと涙を拭う。なんだか無駄に長い説明をした気がする。余計なこともいっぱい言ってしまったけれど、それでも想い合えた奇跡に幸せな涙を流す。
「それと……アーマンディ様、少し良いですか?」
「はい、何ですか?」
アーマンディがシェリルに顔を向けたと同時に、後頭部にその手が添えられた。そしてのそのまま一気にグイッと引き寄せられる。
近付くシェリルの顔、そして初めて触れた柔らかい唇。
「……キスとはこうするものですよ?」
「――――っう」
アーマンディが真っ赤な顔で、涙目になって抗議すると、思いっきり笑われた。
いつか、し返してやる!と決意するアーマンディをよそに、ギネがふたりを祝福するように、くるりと大きく空を舞った。




