第64話 想い(3)
アーマンディとシェリルは互いの想いを隠し、互いの感情を読み取れずここで決別する道を選んだ。
だがそれに納得できないものがいた。ギネだ。
ふたりの話を聞いていたギネは、怒りでぐるんぐるんと水平に回り出す。
「「ギネ⁉︎」」
ふたりが驚いたのも無理はない。今まで大人しく飛んでいたギネが、何の言葉もなしに回り出したのだから。怒れるギネは更に激しく飛ぼうと、今度は真っ直ぐ飛び、次に垂直に上空へと上がる。
突然の事だが、ギネの動きを察したシェリルがアーマンディを抱き抱え、ギネの手綱をぎゅっと握り耐える。
「ギネ!いきなりどうしたんだ!何が気に入らないんだ⁉︎」
シェリルは怒るがギネからの返事は端的だ。
《シェリルとアーマンディが悪い‼︎》
アーマンディは凄まじいスピードと動きに悲鳴すら出せない。離すまいとするシェリルにしがみつく事しかできない。
ギネの動きは更に激しくなる。雲間をぐんぐん抜けて、太陽が照りつける上空に出たと同時に、一気に下降する。その途中で右へギュンと曲がって、次に左へ右へと蛇行する。蛇行に飽きたら、また上昇して円を描く様に今度は縦方向にぐるぐると回り出した。これにはアーマンディだけでなくシェリルも気分が悪くなる。
「ギネ……不満があるなら……言ってくれ」
アーマンディを抱きしめる腕は緩めずに、シェリルは必死で声をかける。するとギネからは憤怒の声が返ってきた。
《アーマンディが好きって言ってたのに、一緒にいたいって言ってたのに‼︎嘘つき‼︎》
「それは……無理なんだ!分かってくれ、ギネ!」
ギネは、嘘つきと連呼しながら四方八方に飛び回る。
無茶苦茶だ!さすがのシェリルもギネの癇癪には我慢ができなくなる。
翼竜と竜騎士は一心同体だ。手綱は操作の為についているのではなく、竜騎士の姿勢を安定させる為についているのだ。つまり命令しなくとも思う様に動いてくれる信頼のおける存在。だが、今のギネには言葉が通じない。
竜騎士はそもそも翼竜と戦い、力を認めさせてこそなれるものだ。今回のような場合、シェリルはやろうと思えばギネを制圧できる。それをしたくないからこそ会話をしようと試みた。
だが会話にならないなら仕方がない。そう判断したと同時にシェリルは魔力を展開させる。それが分からないギネではない。ギネは子供の様に嘆く。
《シェリルのばか!告白して番になれって応援したのに!なのに攻撃しようとするなんてシェリルはひどい!》
舌打ちをしてシェリルは魔法を放とうとする。
分かっている……ギネは悪くない。全ては意気地なしの自分のせいだ!
シェリルの本気を感じ取ったギネは、それでも寂しそうにクークー鳴きながら緩やかに水平方向へと戻り、雲の上でふわりと浮いた。
「ギネ……すまない。許してくれ」
シェリルは魔力を納め、魔法を解除する。
《シェリルのばか、嫌い》
人間であればグスングスンと泣き声が聞こえそうだ……シェリルは嘆息したのちに、その体躯をそっと撫でた。腕の中ではよほど怖かったのだろう、アーマンディが体を震わせている。
きっと、ふたりきりになれるのはこれで最後だろう……急激に理解すると、この腕の中にずっと閉じ込める事ができたらとすら思ってしまう。例えば自分なしに判断する事ができない様に洗脳するなど容易かった。そもそもアーマンディはいつも他者の答えを求めていた。虐げられてきた彼は、自分で判断する事などできなかったのだから。
だけどそれでは彼の為にならないと、いつだって大人の顔で答えが出るのを待っていた。そのことを今更後悔しても仕方ないのだけれど……。
これが最後であれば正直な想いを告白したい。もう二度と会えないのだから……シェリルはグッと瞼を閉じる。どうせ、竜騎士の結婚率は低い。ましてや、アーマンディに一目惚れしてしまった自分はこの先、誰が来ても恋などできないのだから。
「アーマンディ様……最後にお話があります……。聞いて頂けますか?」
シェリルがそっと腕の力を緩めると、真っ赤になったアーマンディの顔が見えた。
「申し訳ありません……。ギネが暴れたので咄嗟に強く抱きしめてしまいました。苦しかったですか?」
アーマンディは真っ赤な顔のままシェリルを見上げる。どうしてシェリル相手だといつも瞳が潤んでしまうのか疑問だった。でも今は恋しいからだと分かっている。そしてシェリルは想像以上に色恋沙汰に無頓着らしい。愛おしい相手に抱きしめられて、赤くならないわけがない。嬉しくないわけがない。でもシェリルにはそれが分からなのだろう……そう考えると今までのシェリルの発言が腑に落ちた。
「く……苦しくはないです……。それよりシェリル様……先ほどのギネの言葉は本当ですか?」
「ギネの?どういう意味ですか?ギネの声が聞こえるとでも?」
「あ……そう言えば、昨日から突然、話ができる様に……。ギネは思ったよりも可愛い声をしてるんですね。話し方も子供みたいですし……でも優しいです。ギネが僕に、お祖母様の家に連れて行ってあげると言っれくれたんです」
「あ……あなたはその意味が分かっているんですか?」
首を傾げるアーマンディは分かっていない様だが、シェリルには分かっている。つまりギネはシェリルの伴侶としてアーマンディを認めていた。だから自分の背に乗せた。だからアーマンディの味方をする。そして心話までしているとは……。
「ギネは……翼竜は嫉妬深い生き物です。主人との間に他人が入るのを嫌います。ですが、主人の伴侶に相応しいと思った相手にだけは心を寄せ、心話をかわすのです」
そう言えばギネは他人を同乗させるのを嫌がるのに、アーマンディだけには違ったとシェリルは思い至る。初めからアクロバット飛行をしたいと言ってきた。そして魔物が出てきた時に、愛しむ様に守っていたではないか!
「そう……なんですね。ではギネが言った事は本当なんですね?」
「ギネの?なんて……言っていましたでしょうか?実はギネを抑えるのに必死で……覚えていません」
今までしっかりしていて頼りになると思っていた人は、意外に天然な可愛い人だったのだと分かり、アーマンディはクスクスと笑いが溢れる。
ああ、きっとこの人は他人の心の機微に鈍感なのだろう。今までも気が付かないまま終わった恋があったのだろうに。
「何がおかしいんですか?」
ムッとした顔をするシェリルを見て、やっと自分たちを取り巻いていた空気が変わった事にアーマンディは気付いた。
自分達は互いが互いに相手を思いやって、勘違いをしていたのだろう。それはかけ違えたボタンの様にずれていったのだ。気付かなければそのまま出かけて行って後悔をするところだった。
アーマンディは高鳴る胸を抑え、一歩踏み出す決意をする。お互いが想い合っていると分かった今、やるべきことは決まっている。
「ギネとの会話にそんな意味があるとは知りませんでした。それではシェリル様は僕としか結婚できなくなりましたね」
シェリルの気持ちを知ったアーマンディは、気持ちに余裕をもって告白をする。
だが告白を聞いたシェリルは渋面だ。シェリルは翼竜の伴侶の選別について、口に出してしまったことを後悔していた。ギネがアーマンディを選んでいたと分かり嬉しくて紡いでしまった言葉は、きっと優しいアーマンディを縛るのではないかと不安になっていた。そんな時にアーマンディから言われた告白に懺悔の気持ちが膨らむばかりだ。つまり自分の答えは決まっている!
「それはこちらの事情です!アーマンディ様が気を回す必要はありません!」
一刀両断に切り捨てるシェリルを見て、アーマンディは絶句する。
まさかここまで鈍感だとは……。だったら!
「ギネは……シェリル様が僕を好きだと、伴侶にする事を応援すると言ってました……だから――
「ギネがそんなことを⁉︎確かにそうです、ですがそれは一方的な私の想いです。あなたの足枷になる気はありません!」
更に言葉も遮られてしまった。こうなるとアーマンディもどうしていいか分からなくなる。色々な面で有能な彼女が、まさかここまでだとは……。
「私は……昔から男性には好かれない事が多く……男っぽいですし、見た目も威圧感を与えるのでしょう……どちらかといえば嫌煙される事が多かったです。ダンスに誘われる事もなく、常に壁の花で、いつも父や兄と踊っていました」
それはきっとシェリルが魅力的過ぎて誘えないのだろうし、ダンスは父兄の牽制があって誘いにくかったのでは?とアーマンディは推測する。きっとドレス姿のシェリルは美しいだろう……。
「あ――では僕と踊ってください。シェリル様は今後は僕としか、踊らないで頂きたいです。この先永年に!」
アーマンディとしては精一杯の直接的な告白だ。真っ赤な顔を隠すことすらしないで食い気味に伝える。
「いえ……同情は良いのです」
しかしシェリルの守りは鉄壁で、全く通じない。
「――っ、うう……」
次はどう言ったら良いのか、やはり真っ直ぐに言葉を伝えないと分からないのでは?アーマンディは覚悟を決める。
「僕は……僕がシェリル様を好きなんです!愛しているんです!」
「ありがとうございます。そのお言葉だけで十分ですよ。ギネには私から言っておきますから……」
まさかここまで通じないとは……これにはさすがのアーマンディも呆れ返ってしまう。さっきまで、シェリルと2度と会えないかもしれないと頭の中が真っ白になった。今はシェリルへの想いが通じず頭が真っ白になっている。
後悔の念しかないシェリルは自分の短慮を責めながら、アーマンディの優しさに甘えない様に拒絶する決意を強く持つ。




