第61話 ため息(2)
悪夢にうなされて、シェリルは目を覚ました。
ひどい悪夢だ。アーマンディの自殺の場面を繰り返し見るゆめ……、背中にびっしょりとした寝汗を自覚し、ここが自分の部屋だと気づいたシェリルは不安に駆られる。最後の記憶は泣きそうな顔をしながら、自分を責めるアーマンディだ。
「シェリル‼︎」
「……ジェシカ……さま?」
ベッド脇になぜか疲労困憊の様相のジェシカがいる。意味が分からずシェリルは瞳を瞬き、そしてすぐに思い至り、ガバッと起き上がった。
「アーマンディ様は⁉︎」
「シェリル――いきなり立ち上がるなんて無茶よ!あなたは魂に攻撃を受けたのよ‼︎」
「そんな事は関係ないです!私はアーマンディ様の騎士です!」
「でも‼︎」
縋りつくジェシカを引き剥がし、よろけるように歩きながら部屋の扉を開けると、そこにはイリオスが立ち塞がるように立っていた。
「シェリル、アーマンディ様はロッシュの家だ。ギネとルーベンスも共にいるし、母上にも行って頂いた。安全は確保されている」
「ギネが?なぜ……」
シェリルはギネに念話を送る。返ってきた返事はアーマンディに謝るなら迎えに行くという言葉だった。
そんなのは当然だとシェリルはギネに念話を送る。するとすぐに迎え行くと返事がきた。
「父様、ギネが戻ってきます!私は行かねば‼︎」
「分かった。だが、まずはシャワーを浴びてその腑抜けた顔を何とかしろ」
「分かりました……それと私の誓約を――
「それはもう外した。すまなかったな」
イリオスが頭を撫でてくるのをシェリルは素直に受けとめた。そもそも好きで誓約を受けていたわけではない。家長のイリオスが決めた事だから従っていたのだ。
「シェリル――無茶よ!イリオスもなぜ止めないの⁉︎」
ジェシカがふたりの間に入ってきたが、イリオスは無言でシェリルを部屋へと戻し、ジェシカを廊下へと誘い出した。
部屋に残ったシェリルはあとは父に任せようと両頬を強く打ち付ける。
ここが正念場だ。失ってしまったアーマンディの信頼を取り戻さなければいけない。
一方、廊下に残ったジェシカはイリオスを責めていた。
「どうしてシェリルを止めないの?シェリルは満身創痍の状態よ。魂に攻撃を受けたせいか私が回復魔法をかけても治らなかったわ。イリオスだってシェリルの状態は分かっているでしょう?」
「ええ、分かっています。あれの誓約は私がかけたものですからね。ですがそれでも何を置いても行かなければいけない事が、人にはあるでしょう?」
「それは、聖女の騎士だから?そんな……あんな状態でも職務を真っ当しなければいけないものなの?だって死んでしまったら元も子もないわ!」
ジェシカの言葉を聞いたイリオスは眉を寄せ、堰を切ったように声を上げる。
「それは――あなたにだけは言われたくない!あなただけは言ってはいけない‼︎」
イリオスの強い言葉にジェシカは体をびくりと震わせる。怯えさせた原因は自分だと思い、一旦落ち着こうとイリオスは天井を見上げ深く深呼吸をする。
「母はいつだってあなたを優先してきました。例え私や弟達が高熱で苦しんでいたとしても、あなたが少しでも出かけると言うと、私達を置いてあなたの元へ駆けつけました。子供の頃、それがどんなに哀しかったか、あなたには分からないでしょう……」
「……あ……ごめん……なさい」
ジェシカには思い当たる事しかない。ノワールはいつだって自分の横にいた。少しでも体調が悪いと必ず付き添ってくれた。いつだって自分を優先してくれた。そこに妻として、母としての姿は見えなかった。
「良いのです。父が良く言っていました。母はジェシカ様の騎士なのだから我慢しなさいと。だからジェシカ様だけはシェリルを止めてはいけません。きっと母だって同じ行動をしたのでしょうから」
「……ごめんなさい」
ふたりの間に沈黙は落ちる。もう少しすれば夜が明ける。ギネなら一瞬でシェリルをアーマンディの元へと運ぶだろう。
「……前から聞きたかったのだけど、もしかしてイリオスはシェリルの聖女としての力を隠す事は反対だったの?」
イリオスの片眉はぴくりと動き、更にため息をつく。
「当たり前でしょう?あの時は私もアリアンナも家長である父に従っただけです。本来であれば聖女の誕生は祝うべき事だ。ましてやあの時代、アジタートの横暴は目に余るものがあった。発表していればアジタートの勢力を抑える事ができました。千載一遇のチャンスだったのですよ」
「でも――そうしたらシェリルをアジタートに、聖女の館に預けなければいけなかったわ!」
「預ける必要はありません。シェリルはヴルカン公爵家直系の子供です。いくらでも言い訳をつけて預けずにいられた。それこそここで聖女として、あなたが教育すると言えば簡単だった。なのにあなたが止めたから母も同意し、父も同意してしまった。私は一連の流れを苦々しく思いながら見ていましたよ!」
そしてその結果、一番の被害者としてアーマンディがいる、イリオスは言葉に出さずに歯噛みする。本当はそれを言ってジェシカや両親を詰りたい。シェリルが聖女として立っていれば、彼は苦しまずに済んだ。
そして……正当なウンディーネ公爵令息として育っていれば、シェリルと問題なく婚約し、結婚する事だってできたかもしれない。今のままではシェリルの思いがアーマンディに通じても公表する事もできない。結婚だってできない。全てはあの時、反対しなかったのが悪かったのだと、イリオスとアリアンナは反省するばかりだ。だからアーマンディを何よりも優先しようとふたりで決めたのだ。
「ごめんなさい、あの時あなた達の意見は確かに聞かなかったわ……」
ハラハラと涙をこぼすジェシカをイリオスは慰めようともしない。ただ冷淡に見つめるだけだ。
「シェリルの封印を解いてください」
その一言を残し、イリオスはシェリルの部屋から離れる。そもそもシェリルにかけた誓約は父に言われて施工したものだ。なぜ、かわいい娘に誓約をかけねばならないのかと、イリオスは苦悩した。
後ろで魔法が使われた気配がした。きっとジェシカが封印を解いたのだろうとイリオスは笑みを漏らす。
「母がいない時しか言えないとは……」
そう、イリオスはノワールがいない今だからこそ、ジェシカに本心を言えたのだ。そうでなければ言う事などできない。歳を取ったとは言えど、相変わらず母は強い。それこそジェシカに危害を加えようとするものには容赦がない。例えそれが自分の子供であっても。正論であったとしても。
シェリルには幸せになって欲しい、そのためにも自分ができる最大限の努力をしようと、決意を込めてイリオスは一歩、また一歩と踏み出した。




