第57話 産声
「ルーベンス……大丈夫か?薬は応接間だ、さぁ、すぐに!」
祖父であるロッシュがぐいぐいと腕をひっぱるので、そのまま「痛いよ〜」と泣いたふりをしながら屋上から建物に入る扉を潜る。心配そうにこちらを見ていたアーマンディには、祖母のヴァネッサが寄り添うように話しかけていた。もう安全だろうと安堵の息を漏らすと、ロッシュが微笑みかけてきた。
「良くやったね、ルーベンス。ヴルカン公爵家はアーマンディ様がいなくなって、上や下へと大騒ぎだよ」
「連絡してくれたんだ……ありがとう」
実はルーベンスも実家に連絡をしようとしていた。だが、その気配を感じると、ギネが決まって邪魔をしていたのだ。まるでアーマンディを守るかのように……。
これは本当にアーマンディをシェリルの伴侶と定めたらしい、と分かったので、嬉しさのあまり姉にすぐにでも報告したい。
「だが、シェリルが倒れたと聞いた。どうやらヴルカン公爵家の誓約の影響らしいよ」
「シェリル姉が⁉︎……大丈夫なの?」
「取り合えずは大丈夫だそうだが、こちらには迎えに来られないそうだ。代わりにノワール様が馬を走らせてアーマンディ様を迎えに来ると」
「……お祖母様が……」
あのシェリルがアーマンディを迎えに来れないとは、相当に体調が悪いのだとルーベンスは眉を寄せる。アーマンディがギネに言っていた。全ては自分が悪いのだと、いつだってアーマンディは自分を責める。それが気の毒でならない。
「アーマンディ様は……」
ぽつりと呟くと、相変わらず優しい面持ちのマッシュが頭を撫でてくれた。ヴルカン公爵一族にはないこの包容力が好きだと、姉が言っていたことを思い出す。
「大丈夫だよ。アーマンディ様のことはヴァネッサに任せておくと良い」
そのまま祖父の後をついて行くルーベンスは、一度だけ後ろを振り返った。俺がもうちょっと大人だったら慰める術もあるのに……そんな叶うはずのないことを思いながら。
◇◇◇
「アディ様、いらっしゃい、今日は素敵なドレス姿でいらっしゃったのね」
柔和な微笑みと共に、ヴァネッサはアーマンディの手を引く。一緒に家に入ろうというのだ。だが、アーマンディは動かない。
「アディ様?」
身長の低いヴァネッサが覗き込むようにアーマンディを見上げると、アーマンディは震えながら涙を堪えている。
「アディ様、一緒にケーキを焼きませんか?嫌なことがあった時は、何かを作ると他に没頭できて良いんですよ」
「ヴァネッサ様……僕は……」
今にも涙が溢れそうだ。今の状態で優しくされるのは、小さな針で刺されるようにチクリチクリとアーマンディの心を揺らす。
「シェリルと喧嘩をしたの?」
「いえ、僕が一方的にシェリル様を傷つけてしまったんです。シェリル様は苦しそうでした……全ては僕が悪いのに……」
「あらあら、ではアディ様は太陽が東から昇るのも、アディ様のせいだと仰るの?」
「そんな話ではありません!」
「そんな話よ?アディ様が全て悪いなんてことはありませんよ。シェリルと喧嘩をしたなら、それぞれに言い分があるはずよ」
「喧嘩にもなりませんでした。シェリル様は謝ってくれたのに、僕は僕の悋気からシェリル様を責めてしまったんです。本当は……そんなこと思っていないのに――」
「それは私にも良くある事よ。好きな相手だったら尚のこと、自分の感情が抑制できず責めちゃったりするのよ」
「でも……それでシェリル様は倒れてしまって……」
「シェリルは大丈夫よ。だったらなおのこと、一緒にケーキを作りましょう?ケーキを作ってごめんなさいって言いましょう。ひとりで謝るのが怖いなら、私が一緒に謝ってあげますよ」
「ヴァネッサ様……そんな優しくしないでください。僕にはその資格がないんです。僕は聖女なのに……男です。しかも謝るシェリル様を傷つけるような、最低な人間なんです」
ヴァネッサはアーマンディの頬に手を添える。その手はふっくらとして温かく柔らかい。
「そうね、初めは聖女様としてアーマンディ様を見たわ。とても美しくて素敵な方だと思ったの。正直、私たちとは違う、遠い世界の人だと思ったのよ。でも会話をして、一緒に料理をするアディ様はとても可愛らしくて、真面目で一生懸命で、私は大好きになってしまったわ。聖女とか関係なく、ひとりの人間として大好きになったから料理のレシピを教えたのよ。だから私にとっては、アディ様が男であっても、女であっても、それこそ聖女様でも関係はないわ。だって私が好きなのはアーマンディ様だもの。聖女なんてものはアーマンディ様の職業というだけのものよ。それこそ夫が商人であるのと一緒。そこに男も女も関係ないわ」
「ヴェネッサ……さま」
アーマンディの大粒の涙を、ヴァネッサは手で拭う。その優しさから、アーマンディの表情はぐしゃぐしゃに崩れていく。
なんて美しくてかわいらしいのかしら、ヴァネッサはアーマンディが更に愛おしくなっていく。
「そしてね、シェリルは大丈夫よ。アーマンディ様が私たちのところへ来てくれた事が嬉しいわ。あなたにとってこの家が、避難場所になれば嬉しいと……本当に思っているのよ。だから、他人行儀にヴァネッサ様なんて言わないで欲しいわ。お祖母様と呼んでと、言ったはずよ?」
「……お祖母様……僕は、取り返しのつかないことを……」
「取り返しのつかないことなんて、そんなにないわよ?生きていれば誰だって失敗するわ。そしてあなたもシェリルも生きているんだもの。いくらだって取り返しはつくわ。謝って、それでも許してもらえなかったら、また謝りましょう。何度打ちのめされても私がいくらでも慰めてあげるから、元気を出して、アディ」
「…………おばあ……さま」
ヴァネッサが両手を広げるとアーマンディは、躊躇いがちに目を伏せた。少し強引に手を引いて、ヴァネッサはアーマンディの頭を抱え込む。そうすることでやっとアーマンディは声を上げて泣くことができた。
それは……アーマンディにとって生まれて初めて声をあげて泣いた日だった。まるで生まれたばかりの赤子のように。
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