第56話 ジェシカ
「アーマンディ様はご無事かしら?ごめんなさい……私が余計な事を言ったばかりに」
ジェシカの反省の言葉を聞き、ノワールは拳を壁に打ちつけた。手加減したのか、幸いにして壁は無事だった。ジェシカは驚いたが、次に安堵のため息をつく。
倒れているシェリルを見つけたノワールとジェシカは、起きる気配のないシェリルを部屋へと運んだ。途中でイリオスを見つけ、シェリルを見せると相反する誓約に魂を攻撃された痕跡が見えると言う。そうなると当面、目を覚さないと言うことだ。
イリオスはシェリルと、聖女であることを秘匿する誓約を結んでいる。誓約をはずすためには契約書が必要だと、イリオスは書類を取りに行き、併せてアーマンディの捜索を配下の者に伝えた。
「あのくそ女!私のかわいい孫を!」
ノワールが更に壁を蹴ろうとしたので、ジェシカは止める。
「アーマンディ様は悪くないわ!そもそも私が、シェリルが聖女であることを隠そうとしたのが問題だったのよ」
「ジェシカ様は悪くない!そもそもシェリルの聖女としての力は弱い。ましてやアジタートを師になんてできなかった。私でも同じ判断をした!」
ジェシカはため息をつく。
確かに生まれたばかりのシェリルの聖属性の力は弱かった。それをジェシカが修行をつけ、導くことでスピカ神のお力をわずかばかり感じられるようになったのだ。それはアジタートには教えられなかったことだ……。そのことがずっとジェシカの心を揺さぶっていた。
ジェシカはシルヴェストル公爵家の分家筋の人間だ。とは言っても末端の末端でシルヴェストルの苗字を名乗るのもおこがましいほどだ。そうなると貴族として与えられていた領地も狭く、都市部からも離れていた。
貴族らしくない両親は領民と共に農作業に励み、ジェシカも領民の子供達と泥だらけになって遊んでいた。
その生活が変わったのは3歳の時、シルヴェストルの苗字でかつ女性であるものは否が応でも聖属性の有無を測る。両親も自分もそんなものはないと思って受けた検査で、ジェシカはかつてないと言われる程の聖属性の魔力が検出された。
それからはあれよあれよと話が進み、大好きな両親と別れ、聖女の館にいた。まだ子供だったジェシカは突然の変化に耐えれず、日々泣いて過ごしていた。
綺麗なドレスは慰めにならず、美味しい食事は味がしない。優しくしてくれる信女や侍女達は、思惑が透けて見えるようで恐怖した。ひとりベッドで泣いて過ごす日々。
そんな心細く悲しい気持ちは、優しく温和な前聖女により癒された。老齢な聖女はグノーム公爵家の分家の出身で、ジェシカに様々なことを教えてくれた。魔法の使い方、礼儀作法、世界情勢、そしてスピカ神の力のこと……。
そうして次代聖女として過ごす中、ジェシカが5歳になった時にふたり目の聖女としてアジタートが生まれた。だが生家であるシルヴェストル公爵家が、拒否したため聖女の館へは来なかった。それは年齢的に年上であり、次代聖女として立つことが決まっていた分家筋のジェシカの風下に立たせたくないという理由だった。また、ジェシカの前の聖女もグノーム公爵家の分家筋であったため、気に入らなかったらしい。
シルヴェストル公爵家よりジェシカを次代聖女から下ろして、アジタートを、と言う話は何度も出たが聖属性の力の強さと、聖女としての人間性を理由にジェシカの前の聖女が突っぱねた。生家は関係ない。聖女はこの国の序列第1位だ。それにグノーム公爵家が彼女の後見人であったため、シルヴェストル公爵家も従わざるをえなかった。
そんな様々な思惑が交錯する中、ジェシカはノワールというヴルカン公爵家においては100年ぶりと言われる女性を、聖女の騎士にすることができた。聖女の騎士を得た聖女の御代は栄えると言う。スピカ公国は歓待の声で大いにわいた。ジェシカも7歳上のノワールを姉の様に慕い、頼りにした。
聖女の騎士を得たとなると後見人はヴルカン公爵家かと思われたが、そこは両親のこともある。ジェシカはシルヴェストル公爵家を後見人とし、15の時に聖女就任の儀を受けた。
大聖堂での聖女就任の儀は、ノワールのエスコートで趣いた。それだけでも世間に注目されていたのにスピカ神のお声を聞き、更にお力を頂くことができた。
スピカ神の力は優しくジェシカを包み、その力を開放したとき、スピカ公国中に広がる光の波が現れた。
ジェシカはスピカ神に人々を救いたいと願い、その願いは様々な魔法を教わる事で叶えられた。かつてない奇跡の御技を使い、人々を導き、救う。充実した日々が続いた。
そんなジェシカの在位は5年しか続かなかった。シルヴェストル公爵家が両親を人質にし、聖女の任をアジタートに引き継げと迫ったのだ。ジェシカは聖女の任を譲るのは構わないが、アジタートに聖女の技を教えたいと嘆願したが、シルヴェストル公爵家の直系の者に下の者が教えるなど生意気だと言われ拒否された。
幸いにしてノワールが、当時ヴルカン公爵家の小公爵であったマーロンと結婚し、中央都市ミネラウパに住み始めることになったため、ジェシカは両親と共にヴルカン公爵家の庇護下に入った。
だが、聖女の技を引き継いでいないアジタートには、護国水晶玉と浄化石の浄化の両立は難しく、折しも公国王がアジタートの父であったことから、ジェシカにアジタートの手伝いをするように命令が下された。ノワールは反対したが、やらなければスピカ公国が暗闇に包まれる……ジェシカは毎日聖女の館に秘密裏に通い、護国水晶玉と浄化石を浄化し続けた。
そして……そんな日々の中で一度だけアーマンディと会うことができた。物言わぬビスクドールような整った顔には感情がなく、ただ瞬きをしていることで辛うじて人間であるということが分るくらいだ。言葉を発することなく、ただ宙を見ている彼女に挨拶をしたが、無反応だった。
アジタートの言うように本当に精神薄弱な子供なのだろうと思い、その頃にはシェリルもいたことから、最悪シェリルが聖女として立てばスピカ国は安泰だと得心した。だが、絵本を読み聞かせ、魔法を見せたとき、その子の目は輝いた。その姿はまるで初めて人に相手にしてもらえたような……そんな奇妙な違和感があった。
ジェシカはその時の違和感をずっと心の中に抱き続けていた。実は彼女は幼い頃からずっと、誰からも声をかけてもらえなかったのではないか。幼い頃から誰にも話しかけてもらえないと、人は言葉を覚えないという。そんなバカな……聖女とあろう者がそんな非道な真似をするはずがない、とは思うが違和感が消えない。その後もアーマンディと会わせてと言ったが会わせてもらえず、探しだそうにも聖女の館ではずっと監視がついていて、探し出す隙がない。
そうこうしているうちにイリオスが公爵となりヴルカン領へ帰ることとなった。さらにアジタートの祖父が退任し、新たな公国王としてグノーム公爵家のフェランが立った。そうなると聖女の館に入ることはできない。名残惜しく思いながらもミネラウパを後にした。そして今に至る。
ジェシカはずっとアーマンディのことが気になっていた。そして……自分の予想が当たっていたことを実感した。
マーロンに極端に怯えるあの瞳は、虐待を受けた者の証ではないだろうか。そしてシェリルのあの導く様な対応。まるで触れれば壊れてしまう繊細なガラス細工を扱っている様だ。
これから贖罪の意味を込めて、彼女に聖女の御技を教えていこうと思っていたのに。
彼女が雛鳥が親を恋焦がれる様に、シェリルに想いを募らせているとは……思っていなかった。
自分は失敗したのだ……、そう理解すると全てが自分のせいだと思えてくる。
どうか戻って来て欲しい…贖罪の機会を頂きたいとスピカ神に祈るが、答えは返って来なかった。
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