第55話 真実(3)
翼竜ギネの小屋はヴルカン一族が住む邸宅の横に建てられた。シェリルがギネと契約を結び、竜騎士となった際に祝いとして父イリオスが贈ったものだ。シェリルを愛してやまないイリオスが贈った小屋は、庶民の一軒家ほどの大きさで、黒を基調とした豪華な作りになっている。
そんなギネの小屋の横で、ルーベンスはギネをブラシで磨いている。ブラシ一つ取っても高級品だ。これほど高待遇のギネだが、主人であるシェリル以外には塩対応だ。ましてや年少者であるルーベンスには態度が悪い。今だってブラシのやり方が適当だと、尻尾で頭を叩かれたくらいだ。
「もう――これ以上叩くなよ!騎士の試験の内容をこれ以上忘れたらどうするんだよ!」
ルーベンスが怒ると、ギネは一瞥してフンと鼻を鳴らし、ふかふかの芝生の上に首を垂れる。どうやらふて寝する様だ。
完全になめられている……とルーベンスは半眼するが、相手は翼竜だ。スピカ公国で一番早く、鋭い爪で巨大な魔獣を一撃で倒す上位種。さらには魔法まで使えるのだ。敵になれば厄介だが、友となれたら心強い味方だ。そんな相手ではルーベンスだって黙るしかない。
それでも悔しいからブツブツ文句を言いながら、尻尾付近にブラシを丁寧にかけていると、地面に寝ていたギネの頭が立ち上がった。
「ギネ?」
ギネが見る方をルーベンスも見ると、黒いドレスの女性が走っている。
アーマンディ様だ……そう思った瞬間、ギネが走り出した。もしやアーマンディ様に攻撃を⁉︎そう思ったルーベンスは慌ててギネの尻尾を掴む。
実は翼竜は嫉妬深い生き物だ。自分の主人が心を寄せている相手に嫉妬し、攻撃するなんて話は良く聞くことだ。特にギネはシェリルへの依存が強い。これはまずいとルーベンスは慌てて尻尾を掴み、足を突っ張ることでアーマンディのもとへと行かせないようにするが、そこはさすが翼竜。竜と名がつくのは伊達ではない。ルーベンスの力などものともせず、アーマンディにドタドタと走って近づいていく。
「アーマンディ様!逃ーげーてー‼︎」
もう声を張り上げるしかない!そう思って精一杯叫んだが、遅かった。ギネはアーマンディの体にその長い首をにゅっと伸ばし、そのまま背に乗せ、ふわりと浮いた。
「嘘でしょう⁉︎」
高いところから落とす作戦か!?と慌てたルーベンスは、必死にギネの尻尾を掴み、よじ登る。アーマンディ様は結界を張れない。このまま上空に行くと酸欠の可能性があるし、凍死の可能性もある。更に空から落とされたらぺっちゃんこだ!
それらを防ぐためにも結界を張ろうと思っても、自分だってしがみつくので精一杯だ。アーマンディ様を殺させるわけには行かないのに!と思っていると、ギネがふわっと低空で止まった。そしてそのまま羽ばたき、高度を保つ。飛ぶことと違って、同じ高度を保つことは辛いことだと聞いている。なのに、ギネは何の問題もない様に羽ばたく。羽音すら静かだ。
「あれ?」
どうした事かギネの気遣いを感じると思いながら、ギネの周囲に結界を張る。これでアーマンディ様は落とされることはないはずだし安全だ、ほっとしていると、声が聞こえた。
「ギネ……そうなんだ。シェリルに悪い事をしてしまったの。それで逃げだしてしまったんだ。僕は最低だよ」
「シェリルは倒れてしまったんだ。だから追いかけて来れないよ。でもそれは僕のせいなんだ。シェリルは誓約がかかっていると言ったのに僕が言うように命令してしまったの。だから誓約の魔法から攻撃を受けて……」
「ううん、シェリルは何一つ悪くないよ。僕が自分の凛気を押さえられなかったの」
「……そうだね。そうなれたら嬉しいけど、きっとシェリルはそう思っていないよ。シェリルは僕に同情しているだけなんだ。いつだって騎士としての役目を果そうとしているだけなんだよ」
「僕が全て悪いんだよ。僕は……自分がこんなに醜いとは知らなかった。どうして僕はいつもこうなんだろう……」
「どこにでも連れて行ってくれるの?ギネは優しいね。でも僕には行くところなんてないんだ。ひとりぼっちなんだよ」
アーマンディ様が誰かと会話してる……しかも相手はギネはらしい。
翼竜は主人とだけ心話を結ぶと聞いている。ルーベンスが知る限り、それはシェリルだけのはずだ。なのにどうやらギネはアーマンディ様と心話をしてる。しかも会話の感じだと、あのシェリル史上主義のギネがアーマンディ様を優先している。
ギネはやろうと思えばルーベンスを引き剥がすことなど容易いはずだ。だけど残した。それが結界を張らせるためだとすれば……。
ルーベンスは頭を素早く巡らす。シェリルが持っている称号、竜騎士はこの国で聖女の騎士を除くと、騎士としての最高名誉の称号だ。騎士を目指すものであれば誰でも憧れるもの。現に父や兄、多過ぎる親族達だって一度は挑戦し、夢破れた称号だ。そもそも野性の翼竜は気性が荒い。それを御して認めさせる必要があるからだ。今だって竜騎士の資格を持つのはスピカ公国には10人もいない。
そしてそんな竜騎士が一番苦労するのは、自分が使えるべき主人を持つことではなく、伴侶をもつことだ。嫉妬深い翼竜は自分と主人の間に誰かが入ることを極端に嫌う。竜騎士のほとんどが結婚せずに終わるのはこのことがあるからだ。
だが、翼竜が認めた伴侶をもつことができた騎士のひとりが言っていた。曰く、翼竜は主人よりも伴侶を大事にすると。心話はもちろんの事、伴侶だけを背に乗せ飛ぶこともある。そして夫婦喧嘩をしたら伴侶の味方をすることもあるという。
この事から察するにギネはアーマンディを主人の伴侶として認めたと言いことになる。しかも……。
「ロッシュ・アヒレス様の所に?駄目だよ……だってシェリルのお祖父様とお祖母様の家だもの。きっと歓迎なんてされないよ」
さらにギネはアーマンディを誘導しようとしている。ギネなりにふたりを仲裁しようとしているのでは?とルーベンスは推測できた。そうなると自分のやることは決まっている。
「……アーマンディ様」
「――――――‼︎」
ルーベンスが後ろから声をかけると、アーマンディは悲鳴を飲み込むように振り返った。群青色の瞳が怯えている。この人はどんな状況でも悲鳴をあげることはしないのだろうと気づくと、ルーベンスは悲しくなる。きっと、悲鳴をあげたが最後、酷い罰を受けていたのだろうと推測できたからだ。
「ルーベンス様……いつから……」
更に声も震えている。でも毅然とした姿は綺麗だと思った。
何が起きたか詳しくは分からない。だけどギネとの話から推測するにアーマンディ様とシェリル姉は喧嘩をしたのだろう。そしてまだ子供の自分には慰める術はない。それにきっとアーマンディ様は自分を頼ったりしないだろうとも、ルーベンスは残念ながら分かってる。
「アーマンディ様……お腹痛いです」
「え⁉︎急になにを……?そもそもどうしてルーベンス様が?あ……回復魔法を……」
「ギネにブラシをかけてたら、突然、ギネが飛んで……ついて来ちゃいました。お腹は回復魔法じゃ治らなくて……」
「そうなんですね?生まれつきかしら?」
「そ……そうです!生まれつきです!お祖父様の家で売ってる薬でしか治らなくて!」
「そんな……ことが?」
さすがに騙されるわけがないよなぁ……とルーベンスだって思う。だけどやるしかない‼︎ルーベンスは腹を括る。
「い……痛いよ――‼︎お腹痛いよ‼︎ズキズキするよ――!」
我ながら棒読みだとは思ったが、人の良いアーマンディ様は「大丈夫?」と言いながら背中をさすってくれる。
「ギネ!ルーベンス様が大変なの‼︎ロッシュ様の家に急いで‼︎お願い!」
ルーベンスがギネをチラッと見ると、その目は完全に馬鹿にしている。なんだかとても恥ずかしい、ルーベンスは思わず真っ赤になる。
そう思うがこうなったら演技を続けるしかない。自分はまだ13歳!子供ぶったって良いはずだ!と自分で自分を洗脳しながら、「痛い痛い」と声を張り上げる。するとアーマンディがさらにギネにお願いをする。
ルーベンスが祖父のロッシュに今から行くと、念話を送ると、それを感じたギネは鼻をふんと鳴らしてスピード上げた。
ルーベンスを認めていないギネから心話がくるはずはないけど、良くやったと褒められた気がした。
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