第54話 真実(2)
ノワールと共に演習場へ向かっていると、シェリルの元にジェシカから緊急の念話が届いた。同じ敷地内にいながら緊急の念話だ。受信したと同時にシェリルは駆け出した。
「おい!シェリル、どこに行く!」
祖母が声をかけてきたのでシェリルは振り返り、端的に言葉を発する。
「アーマンディ様に緊急事態です。お祖母様はジェシカ様のところへ!」
互いが主人がある同士だ。これだけでふたりは別々の方向へと走り出した。自分よりもなによりも優先すべき人が、ふたりにはいるのだから。
◇◇◇◇
緑広がる樹木が生い茂る、森のような庭をアーマンディは走る。どこをどうやってここに来たのか分からない。ただ逃げ出したいだけだ。
だけどここはヴルカン公爵家だ。そして自分はこの広い敷地を全て知っているわけではない。どこに行けばひとりになれるかなんて分からない。分からない以上は走るしかない。
何かに追われる様に走る。誰も追いかけてなんて来ないのに。誰も自分になんて興味がないのに。自分にあるのは聖女としての力。それだけで皆が優しくしてくれる。なのに……
「アーマンディ様‼︎」
聞こえた声に振り返ると、いつもの心配顔のシェリルがいる。走って近づいてくるシェリルは、いつもように自然と手をとろうとするが、アーマンディは思い切りその手を弾く。
いつも自分を敬って心配してくれる彼女は……自分と違って正統な資格がある。世間に聖女であると堂々と好評できる。
「シェリル……様……。聖女だったんですね?」
「どうして……それを?」
困惑気味な表情すら、人を惹きつけるほど美しい……アーマンディは一瞬、シェリルに見惚れてしまう。その表情に自分の心は痛むと同時に、歓喜の声をあげてしまう。意味が分からない!これではアジタートと一緒だ。そんな自分は嫌なのに。
「申し訳ありません。言うつもりだったのです。ですが……私には誓約がかかっていて」
シェリルの辛そうな声がアーマンディの思考を更に縛る。この表情を更に見たいと思ってしまうのは……罪だと、ダメなことだと分かっている。分かっているけど、もうひとりの残酷な自分が湧いてくる。
「……誓約?僕とは聖女と騎士とで契約を結んでいるのに、そうやって嘘ばかりつくのはそのせいだとでも言うの?どうせそれだって嘘なんでしょう?滑稽だったよね?僕が男でありながら聖女であることに悩む姿が!シェリルは正統に聖女として立てるんだもの。だったらそうしてくれれば良かったじゃない!そうすれば僕は苦しまずにすんだのに!」
こんな事を言っては駄目だと思っているのに、口から出てしまったら取り返しがつかない事なんて分かってるのに、言ってしまう。心の底では分かってる。シェリルは悪くない。聖女として立つのを止めたのは、ジェシカだ。そして決めたのは家族だ。シェリルではない。分かっているはずなのに、残虐な顔をした自分が彼女をもっと責めろと声をあげる。
「……申し訳ありません。ですが誓約のことは本当です。私は父により誓約の魔法が施されています。だから、言いたくても言えないのです!」
シェリルの美しい顔が歪む。哀しみに満ち溢れたその表情は美しく、倒錯的でアーマンディの残酷な心を満たしていく。
いつも慈愛を込めた視線を送る血のように赤い瞳が潤み、同じ色を織りなす唇が微かに震えている。いつだって自信に満ち溢れていた真っ直ぐな姿が今回ばかりは儚く、今にも倒れてしまいそうだ。彼女のその姿を自分がさせているのかと思うと背中がゾワリと逆立ち、口元には笑みが浮かびそうになる。
そしてもっとみたいと思ってしまう。片方ではこれ以上責めるは間違っていると叫ぶ自分だっているのに……。
「それともシェリルは……ただ聖女になりたくなかっただけなの?そうだね、こんな面倒な役目……誰だって嫌だよね?だから僕を生かしておいたんだね?僕が聖女をだったら、シェリルは聖女にならずにすむものね」
「違います!そんなことはありません!ただ――っ……」
シェリルは苦しそうに胸を押さえる。
「もう誓約がかかった振りは良いよ。優しい演技で近づいて、傷心の僕を慰めるのは随分と気持ち良かっただろうね。ヴルカン一族みんなで僕を揶揄っていたんだね?僕は随分と良いピエロだったよね?良い人のフリをして僕に近づいて……楽しかった?」
「………………ちが……っ…」
シェリルは眉を寄せかなり苦しそうだ。
「ああ、ごめん、違うね。僕を祭り上げることで、スピカ公国の政権を握りたかったんだよね?だったらあのまま地下牢に閉じ込めておけば良かったのに!そうすれば……こんなに傷つかずにすんだのに‼︎」
「違います!確かに最初はそのつもりでした。ですが、あなたに出会ってからはそんな考えは消えました。私は純粋にあなたのことを――!」
「シェリルのいうことなんて信じない!」
「アーマンディ様……」
どうしてこんなことになっているのか……シェリルはアーマンディの急な呵責にどう対応して良いか分からない。
自分に聖女の資格があることは、父に誓約を外してもらい今晩にでも話すつもりだった。そもそも聖女の資格があると言っても、聖属性が強い方ではない。聖女の役についたとしても、護国水晶玉を浄化するので手一杯で浄化石まで手が回らない。
当初の予定では、魔力が弱いという噂のアーマンディと共にふたりで聖女の仕事を回していくつもりだった。だが、実際のアーマンディはスピカ神の力を頂くほどに魔力が強かった。だからこそ、手伝ったのだ。スピカ神の力を媒体として、ジェシカから念の為にと教わった魔法を起動させたのだ。
そして自分の唯一の人だから、一緒にいたかった。だから聖女の騎士になったのだ。辛い思いをしている彼を助けたかった。哀しい過去をもち、今だって呪縛から離れられない彼を幸せにしてあげたかった。ただ、それだけで良かった。例え自分の思いを秘することになったとしても。
なのに……今、彼を一番苦しめているのが自分だとは……。
シェリルは誓約により、自身が聖女であることは話せない。だからこそ言えない。自分の聖女としての力は弱く、アーマンディには到底及ばないことも。そしてアーマンディの負担になると思っているから言えない。愛していることも。
「シェリル……これは命令だよ。ちゃんと答えて、シェリルは聖女の資格を持っているんだね?」
そんなシェリルにアーマンディは残酷な言葉を発する。
シェリルには2重に誓約の魔法がかかっている。ひとつは自身が聖女であること言えない魔法。そしてもうひとつは聖女と騎士としての誓約の魔法。主人の命令には逆らえない魔法。相反する魔法がシェリルを縛り、襲いかかる!
「――――っ‼︎」
シェリルの周囲に二つの魔法陣が浮かび上がる。一方は命令違反を許さないと言わんばかりに攻撃をくわえ、もう一方は真実を話すことを罪とし、攻撃をくわえる。
「シェリル‼︎」
歯を食いしばり、激しい痛みから体を丸めるシェリルを見て、アーマンディは初めて自分の心を取り戻した。苦しめるつもりなんてないのに!!
慌ててシェリルに駆け寄り、その背を触ろうとすると拒絶するような激しい痛みに襲われた。アーマンディは痛みから顔を歪めるが、今感じた痛みがシェリルを襲っているのだと理解できた。身体中に雷が走るような痛みだ。このままではシェリルが死んでしまう。自分の大切な人が、自分の傲慢さで死んでしまう!
「シェリル……ごめんなさい!命令はなしで‼︎お願いだから死なないで‼︎ごめんなさい」
アーマンディの言葉と共に、魔法陣はスッと消えた。
アーマンディは倒れ込むシェリルを抱きしめ、慌てて回復魔法をかける。シェリルに意識はない。それほど凄まじい攻撃だったのだろう。
「シェリル様……ごめんなさい」
泣きながら謝ってもシェリルは答えない。辛うじて息をしているくらいだ。
さらに回復魔法をかけようと緑の絨毯の上にシェリルを横たえさせると、アーマンディの涙が頬に伝わりシェリルの顔に落ちた。同時に遠くから聞こえる声が耳に入った。声の主はジェシカとノワールだ。
あのふたりに任せれば全ては大丈夫だろう。
「シェリル様、僕は……あなたが好きみたい。愛してしまった。知らなかった、僕の愛はこんなに醜いなんて……」
アーマンディは立ち上がり、再び逃げた。
こんな醜い自分ではシェリルを愛してるなんて言えない。一緒にいる事などできない。傷つけるだけだ……そう思いながら。
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