第53話 真実(1)
「お前……随分と変わったな?」
迎賓館を出たと同時に、ノワールは皮肉気味にシェリルに声をかけた。こんな孫を見るのは初めてだ。それだけ聖女であるアーマンディを気に入っているのが分かったのは、嬉しいと思っているが違和感がある。
「お祖母様――アーマンディ様に意地悪をするのはやめてください。あの方は大声も威圧的な態度も苦手なんです」
更にアーマンディを庇う孫に違和感を持つ。少し前のシェリルであれば、あんな気弱な聖女などごめんだと、憤っているはずだ。なのにこの態度。
どこかで同じことを感じたぞ?とノワールは首をひねる。
そして、昔、息子であるイリオスがアリアンナに出会った時と似ているんだと思い至る。
イリオスはアリアンナに出会うまでは、気の強い女は嫌だと言っていた。母上の様な踏まれても立ち上がる野に咲く様な花ではなく、手折ったら枯れてしまう様な、ほっそりとした女性を妻にしたい等と抜かしていた。随分と失礼だと思っていたら、連れて来たのは気が強すぎるアリアンナだった。魔力は弱くとも政治力に優れ、サバサバしているアリアンナをノワールは気に入っているから問題はないが……。
「シェリル……女同士では子供はできないぞ?」
「お――お祖母様!何を⁉︎」
真っ赤になり、更に声が上ずるシェリルを久しぶりに見た……と思っている場合ではないとノワールは首を振る。
冗談ではない!シェリルは久しぶりに産まれた本家筋の女子だ。そもそも最後に直系の女児が生まれたのかどの位前かノワールは思い出せない。ヴルカン公爵家の分家であった自分が生まれたのが100年振りだと記憶はしているが。
シェリルはそんな希少な存在だ。ともなればより良い夫を探さねばと思っていたのに、まさかの女性に一目惚れとは!確かに目も眩む様な美女ではあったが‼︎
これはいかんと決意を新たにノワールは拳を握り締める。かわいい孫のためになら、いくらでも悪役になろうと心に決めた。
◇◇◇
一方、アーマンディとジェシカはソファにかけ、ゆったりと紅茶を飲んでいた。ティカップを置いたジェシカは、懐かしいものを見るように目を細める。その表情もそして姿も、全てアーマンディはどこか懐かしく感じる。
「あの……ジェシカ様、もしかしてどこかでお会いしたことがございますか?」
カップをソーサーに置きながらアーマンディが聞くと、ジェシカはふふッと微笑んだ。
「アーマンディ様は幼かったから覚えていらっしゃらないと思いますが、確かに一度お会いする機会を授かりました。絵本を差し上げて、読んで差し上げましたら、喜んで下さいましたわ」
「あ……4大公爵家の成り立ちの絵本……」
「ええ、そうですわ。そして魔法もお教えいたしました。ですからアーマンディ様に魔法を教えて欲しいとシェリルから言われた際に、不思議な縁を感じましたの。アーマンディ様は幼かったから、あの時のことを覚えているとは思えませんでしたもの」
そう言えば魔法の中でひとつだけ異質なものがあるとアーマンディは思いつく。
「水を精製する魔法でしょうか?」
「ええ、ええ、そうです。アーマンディ様は3歳でいらしたから忘れてしまったかも知れない思っていたのですが、覚えていて下さったんですね」
「はい、一番使いやすいです」
「そうでしょう。ところでアジタート様から魔法を習っていない伺っておりますが、なにひとつ習っていらっしゃらないのですか?」
「あ……回復魔法と、浄化の魔法は習いました。けれどそれも使いにくくて、今はシェリルが教えてくれた魔法を使っております」
「シェリルが……魔法を?」
「……はい」
ジェシカは一瞬、不思議そうな顔をしたが、すぐに笑顔となった。
「まぁ、ではアーマンディ様はシェリルの秘密をご存じなのね?」
「……え?」
秘密とは何のことだろうとアーマンディは心の中で首を傾げる。分かることはジェシカが知っているシェリルの秘密を自分は知らないであろうということ。自分はシェリルに何でも打ち明けているのに、シェリルのことは知らない。趣味だって好きな料理だってこの間、祖父母に会えて教えてもらったばかりだ。その時は自分が知らないシェリルのことを教えてもらって嬉しいと思っていた。なぜならそれはシェリルの祖父母だから、自分が知らないシェリルを知っていて当然だと思っていた。だけどジェシカは違う。シェリルとは他人だ。なのに……。
「ええ、シェリルとわたくしの間に秘密はないわ」
言ったと同時に心がずきりと傷んだ理由は分かっている。嘘だからだ。シェリルは自分のことはあまり話さない。いつだって優しい目で見つめるだけだ。それはまるで母のように、姉のように。自分とは抱く感情が違うことなど分かっている。分かっていても、ジェシカの前では言いたくない。認めたくない。
「そうですか、話が早く済みそうで良かったわ。聞いていると思いますがシェリルにも私が魔法を教えましたの。ああ、アーマンディ様が聖女の儀でスピカ神のお力を頂いた時のための魔法も、上手く施工できたようで良かったですわ。シェリルの聖属性の魔法は封印されているから心配していましたのよ」
聖属性?聖女就任の儀?など馴染みのある単語と共に、封印という単語がアーマンディの耳に残る。
聖属性は修行によって、後天的に使えるようになるという話は聞いた。だからシェリルも使えるのだと思っていた。そして神官や信女が使える回復魔法では傷は消えても痛みまでは消せない、シェリルの回復魔法は一瞬で傷も治るし、痛みも消える。だけどそれは公爵家は魔力が強いからそこまでできるのだろうと思い込もうとしていた。だが、ジェシカの口ぶりだとシェリルは聖属性の魔法が封印されているらしい。つまりシェリルは聖属性を封印されていても、傷を一瞬で治せるほどの能力があるということだ。
そして聖女就任の儀の時、荒れ狂うスピカ神のお力を解放できたのはシェリルのお陰だ。シェリルが手の甲に口付けした際に、自分たちの足元に広がった複雑な魔法陣。確かあれは魔法を使う上で最高と言われる10重の魔法陣だった。それを作ったのは自分ではなくシェリルだった。
つまり……アーマンディはごくりと唾を飲んだ。
これからの発言は推測だ。できれば外れて欲しいと思っている憶測。
「ええ、シェリルが聖女の資格を持っていると聞いた時には驚きましたわ」
探る様な瞳でジェシカをみつめる。彼女の一挙手一投足すら見逃すまいするように。真実を探るために。
「申し訳ありません、シェリルが生まれた際に、私が秘密にしてとヴルカン公爵家に言ったのです。アジタート様の苛烈さは知っておりましたし、彼女では聖女としての技術を教えられないと知っておりましたから……」
「……そうですか……だからシェリルの力を封印したのですか?アジタート様に気付かれないために?」
「ええ、そうです。とは言っても一部の力だけで……アーマンディ様?」
込み上げてくる感情が制御できず、アーマンディは口元を手で押さえる。嘘を付きジェシカから話を聞き出そうとしている罪悪感。そういえば、シェリルが言っていた。『父が帰ってきたら聞いて欲しい話がある』それはこの話だったのではないだろうか。それなのにちょっとした虚栄心から聞いてしまった。
でも……まさかその秘密がシェリルにも聖女の資格があった事だなんて!そんなことは想像もしていなかった。もしジェシカが止めず、シェリルに聖女の資格があると初めから公表していたならば、自分とは違う、誰もから歓迎される聖女となったのではないだろうか。
確かにアジタートは苛烈ではあるだろう。だが、シェリルは4大公爵の中で一番力のあるヴルカン公爵家の直系であり、女性だ。だったらアジタートでも虐待することはできなかったのではないだろうか。そうなれば自分が家族から離されることもなかった。そして執拗に虐待されることもなかった。
しかも普通に公爵令息として育っていれば、聖女であるシェリルと会えたかもしれない。そして……。
「――――っう!」
こんな涙は流せないと眉を寄せるが、涙が自然と溢れてしまう。こんな感情を感じたことはない。誰かに対してこんなに憤ることもなかった。虐待されていても悪いのは自分だと思っていた。でも今回は違う。悪いのは……。
「アーマンディ様⁉︎どうなさったの?体調がお悪いの?」
距離を詰めて心配そうに見つめるジェシカが回復魔法を起動させようとする。その姿に苛立ちを感じてしまう。全ての元凶はあなただ!
感情のままにアーマンディはジェシカの手を弾いてしまう。驚きのあまり目を見開く彼女と目が合った。そんな自分の目はきっと憎しみに満ち溢れているだろう。
「アーマンディ様……もしや……ご存知なかったのですか?」
聡いけれど人を疑うことを知らなかった彼女は悪くない。自分が聞き出したのだ……そう言いたいけれど言いたくない。自分の知らないシェリルを語って欲しくない。自分と同じ他人の癖に!
ああ、なんて醜いんだろう――こんな感情を自分が持っているなんて知らなかった。矛盾ばかりだ。
アーマンディは自分で自分を嫌悪する。シェリルを憎む気持ち、ジェシカに嫉妬する気持ち、そしてシェリルの全てを知りたいという独占欲。ありえたかも知れない未来への切望。更に自分がこんなに惨めに生きる原因が分かり、恨んではいけないのに怨嗟の気持ちが消えない。過去に戻ることなどできないのに!起こってしまったことは消せないのに!
もうダメだ、ここにはいられない――そう思った瞬間、アーマンディは外へ飛び出した。ジェシカの静止の声に耳をふさいで。
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