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聖女なのに、男です。  作者: 清水柚木
ヴルカン公爵領編
52/204

第52話 旧・新 聖女対談

 かつて聖女であったジェシカと、現聖女のアーマンディの顔合わせは、ヴルカン公爵邸内にある迎賓館で行われた。迎賓館はぐるりと高い城壁に囲まれたヴルカン公爵邸内にあり、特別な来賓があった際に使用される格式高き建物だ。

 

 2階建ての豪奢な建築物には、数千人でパーティーを催せる程の広い部屋もあるが、今回は聖女対談ということもあり、黒曜石とルビーを散りばめられた小さめの対談室が用意された。中央に置かれた黒と金をベースにバラと炎のモチーフで刺繍されたソファの横にアーマンディとシェリル、向かい側にはジェシカとシェリルの祖母であるノワールが立っている。

 

 アーマンディの黒いドレスには、スカート部分に金と赤で刺繍が施されている。そしてシェリルは今日は黒色の騎士服だ。黒色はヴルカン公爵家のセカンドカラーなので、案にヴルカン公爵家の後見を受けていることを示している。そして対するジェシカは夕焼けの空のような赤いドレスだ。ジェシカはシルヴェストル公爵家筋のものだ。シルヴェストル公爵家のカラーは緑、セカンドカラーは黄色。このことからジェシカはシルヴェストル公爵家の後見を受けていないことが分かる。そして横に立つノワールはジェシカと同じ色の騎士服だ。聖女と聖女の騎士は公式の場では同色を用いることが多い。つまりジェシカが聖女の役を降りても、ノワールは聖女の騎士として仕えていると暗に主張していることとなる。

 上位のものから挨拶をするのが基本だ。まずはアーマンディがいつものようにニコリと笑い、挨拶をする。

「アーマンディ・ウンディーネよ」

 すっかり苗字を言うことに慣れたアーマンディの次はシェリルが挨拶をし、通常であればノワールの挨拶となるのがルールだ。だが、今回は違った。


「スピカ神に選ばれし聖女アーマンディ様にお会いできて光栄です。ジェシカ・シルヴェストルと申します」

 大地を優しく照らす太陽のような黄金色の髪を、腰まで伸ばした老齢な女性がスッと腰を落とし、アーマンディに挨拶をする。その瞳は新緑の若葉のように鮮やかな黄緑色で、優しい笑顔とともに輝いた。


「ノワール・ヴルカンと申します」

 変わってジェシカの横にいる女性は、老齢ながら背筋がピンと伸び、更に高身長であることから威圧感がある。濃い紫が黒に変わったような髪を横に綺麗にまとめ、前に落としている。その瞳は熟れた柘榴のような赤色で、鋭い視線はアーマンディを怯ませた。

 丁寧ではあるが、ぶっきらぼうな挨拶だ。しかも名前しか名乗らない。わざとなことは確かだ。

「お祖母様、アーマンディ様を威嚇するのはやめてください!」

 シェリルが睨みを利かせると、アーマンディはその後ろにそっと隠れた。だが、シェリルの言葉など気にしないように、ノワールはずいずいっと前に出る。

「何を言う?アーマンディ様はこれから外交にでることもあるだろう。その際にこの程度の威嚇で怯んでいたら他国に舐められるだけだ。ましてやお前の影に隠れるような聖女では、国内の有力者達にも太刀打ちできないだろう!」


 ノワールの言葉にアーマンディは胸を押さえる。だが、シェリルの背から出ようと思っても勇気が出ない。その声の大きさと勢いに、身体が石のように固まってしまう。

 

「アーマンディ様はこれからそれらを学ばれるんです。その前にトラウマになるような言葉を植え付けないでください」

「シェリル……お前……

 ノワールとシェリルの間にジェシカがグイッと入る。 

「ノワールはそこまでにして。人を追い詰めるのはあなたの悪い癖だわ。ねぇ、シェリル?」

「その通りです。お祖母様は昔から子供を千尋の谷に落とすようなことをする。誰しもがそれで成長できるわけではないのに!」

「うん……ルーベンスを千尋の谷に落としていたシェリルがそれを言うなんて……とは思うけれどその通りね」

 ジェシカはシェリルの後ろに隠れているアーマンディと視線を交わす。その瞳はあくまで優しいとアーマンディは思う。

「アーマンディ様、申し訳ありません、ノワールに悪気はないのです」


 微笑むジェシカにアーマンディは見覚えがある気がした。だけど頭に霧がかかったように思い出せない。しかも思い出そうと思っても、ジェシカの後ろではまだノワールが睨んでくる。そうするとやはり怖くて体が竦んでしまう。


「お祖母様、ジェシカ様は私がお守りするので、どこかに行ってください」

「どこか?私は死ぬまでジェシカ様の騎士だ。ひよっこになんぞ任せられない!」

「私は現在、聖女の騎士の資格があります。あなたに命令できる立場ですよ!」

「何が聖女の騎士だ。公式の場でもあるまいし、そんな役職がなんの役に立つんだ。ここではお前は私の孫だ!誰がお前のおしめを替えてやったと思ってるんだ!」

「私の乳母はミルバです!お祖母様でないことは確かですね!そもそもお祖母様は父様のおしめだって替えてないでしょう⁉︎」

「おうおう、()()……()()か?腑抜けたなぁ、シェリル。騎士らしく父上と言えと言っただろう!今だに刺繍なんて、めめっちいことをしてるんじゃないだろうな?ああ、その顔はしてるな。全く情けない!お前は聖女の騎士だろう!刺繍なんぞは暖かい家庭を築く主婦がするもんだ!戦いには不要だ‼︎」

「そ――それは関係ないと思います‼︎」

 声を張り上げたのはアーマンディだ。真っ赤になりながらシェリルとノワールの間に立つ。

「はぁ⁉︎」

 上から睨むを効かせるのはノワールだ。ノワールはこの4人の中で一番身長が高い。勇気を出して前に出たアーマンディに低い声で威嚇する。

 そしてシェリルはアーマンディに驚いて声が出ない。祖母の意見はいつものことだ。強い祖母はシェリルの弱い部分を痛烈に突いてくる。それに答えられず、ぐうの音も出ない。いつものことだ。だから今回も黙るしかないと思っていた。なのに助けるべきアーマンディが、助けようとしている。


「しゅ……趣味は人ぞれぞれです。そこに職業……とか……主婦とか男とか……女とか……関係ないと思います!シェリルの刺繍は綺麗です。それはモチーフは……ちょっと理解できないですけど……でも…とても綺麗で……う……ぅっ」


 勇気を出して一歩前に出たアーマンディだが、自分の言葉を伝えるのは、今だに苦手だ。ましてや初対面でいかにも強そうな相手だ。段々と声も小さくなるし、視線も合わせられず彷徨ってしまう。その上、困ったことにまた目が潤んできた。これではダメだと思っているのに、自分をいつまで経っても変えられない。


「アーマンディ様……ありがとうございます」

 そしてやはりアーマンディを助けるのはシェリルだ。アーマンディをそっと背に隠し、ノワールを睨む。

「アーマンディ様の仰る通りです。趣味は人それぞれ。役職も男女も関係ありません。文句があるなら騎士らしく闘いで勝負をつけましょう」

「ひよこのくせに生意気な。いいだろう……外に出ろ、演習場へ行くぞ。ここはヴルカン公爵邸内だ。安全だろう?」

「……そうですね。この場を離れることをお許しいただけますか?アーマンディ様、ジェシカ様」

「私は良いわよ。アーマンディ様はどうかしら?」

「あ……わたくしは……」

 アーマンディはシェリルをじっと見る。できれば離れたくない。いつだって近くにいたい。

「ひよっこから離れられらないとは、今代の聖女様は卵か?どれだけアジタートに甘やかされたのか分かるな。あのクソ女から色々学んだ方が宜しいのではないですか?アーマンディ様!」

「…………あ」

「お祖母様!これ以上の暴言は許しませんよ‼︎」

「暴言?真実だろう?私はこれ以上、ジェシカ様がアジタートに振り回されるのを黙って見ている気はないぞ?あのクソ女のお陰でジェシカ様の一生は台無しだ。アーマンディ様はクソ女の姪だ。本来なら会いたくもなかった。だがジェシカ様が会いたいと仰るから、病で寝込んでいる夫を置いて来たんだ」

「お祖父様が?寝込んでいるんですか?

「ノワールとの夫婦喧嘩で組み伏せられて、ギックリ腰になっただけだわ。病なんて大袈裟よ。とりあえず、ノワールは黙っていて、これは命令よ‼︎」


 ジェシカが強く言うとノワールは途端に黙った。だが不服なようでその表情は渋面でさらにそっぽ向いた。シェリルはため息をつき、改めてアーマンディに向かい合う。


「アーマンディ様がお望みなら、私はこの場におりますよ」

 わざとらしくコホン、コホンと咳をするノワールに一瞥し、シェリルはアーマンディの手を取る。

「お祖母様を追い出して3人になることも可能です。あなたが先ほどのジェシカ様のように命令すれば、すぐにでも叶えられます。何度も言っていますが、あなたにはそれだけの地位と力があるのですよ」


 アーマンディは聖女の地位の事は何度も聞いた。スピカ公国第1位の地位。願えばなんでも叶うと。だけどなんでも叶うと言う誘惑は怖い。それこそアジタートの様にはなりたくない。


「今の最善は……なんでしょうか?」

 だからアーマンディはシェリルに聞く。例えシェリルの答えがいつも一緒でも。

「どう思いますか?」

 そう、シェリルはいつも答えない。柔らかい母の様な、姉の様な表情で、考えがまとまるのを待ってくれる。

「……わたくしはジェシカ様に聖女の術を乞いたいと思っております。一刻も早く……」

「ええ、存じております」

 アーマンディはジェシカを見る。

「ジェシカ様……教えて頂けますか?」

「命令であればすぐにでも」

 ジェシカもシェリルと同じで自分に選択させようとしていると、アーマンディは思った。つまり……利用しようなんて思っていない、導いてくれる人と感じた。

「わたくしは命令したくありません。ましてや教えを乞う身です」

 再びシェリルに視線を移したアーマンディは、柔らかく笑う。

「ジェシカ様に認めて頂きたいので、ふたりきりにしてください。ノワールも言っているわ。ここは安全でしょう?」

 シェリルは頷き、手を離した。

「では私は祖母を連れて外へ出ましょう。ところでアーマンディ様、今夜、少しお時間を頂いても?」

「え?それは問題ないですが?」

 離れてしまった手を寂しく思いながら見ていると、シェリルがかつてない表情に変わった。

「私の刺繍のモチーフのどこが変か、じっくり教えてください」

「あ…………」

 怒ってる………そう思うと夜が来るのが怖い……でも初めて見るシェリルの表情にワクワクするもした。

毎日12時に投稿します。

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