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聖女なのに、男です。  作者: 清水柚木
ヴルカン公爵領編
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第51話 暗く清らかな場所

 ヒュウっと風に乗って降りて行くのは、俺にとっては至難の技だ。俺は魔力が強い方ではない。残念ながら。

 だがここに入れる人間は限られている。父上や母上も難しい。そしてウンディーネ公爵家で歴代5本の指に入る魔力の強さだと言われている兄上だって、ここには入れない。この聖属性に満ち溢れた空間に入れるものは、聖属性を持つもの、もしくは聖属性に慣れたもの、そして……それを必要とするものだけだ。


 床が見えたところでテシオは風の魔法を発動させた。魔力が少ない彼が5階から飛び降りる事は難しい。なんとか無難に床に足をつけるが、そのまま勢い余ってお尻から転げた。腰につけた水筒を慌てて確認し、溢れていないことを分かると、すっと立ち上がった。


「メイリーン!」

 テシオは叫ぶが返事は返ってこない。返ってくるのは自分の反響音だけだ。

「あそこか……という事は本当にまずいな」

 舌打ちひとつして、テシオは走る。


 ウンディーネ公爵家の地下から聖女の館の下までは距離がある。テシオが全力で走っても時間がかかる。魔力が弱い彼は筋力を増強する補助の魔法を使うことすら難しい。

 それだけじゃない。そもそも全ての魔法がテシオは苦手だ。体力もなく、運動神経も良い方ではない。だけど走らないといけなことだってあるから全力で走る。聖女の館へと続く地下道を。走りながら、考えるのはついこの間のこと。

 父が、母が、そしてメイリーンまでもが諦めてしまった。もう無理なことを理解し、これまで良く頑張ったとメイリーンを褒める父に我慢ができず掴みかかった。剣の達人の言われる父が簡単に組み伏せられ、殴ったところで目が覚めた。こんなことをしても意味がないということに。

 父の贖罪の表情。顔を覆い、泣き崩れる母。そして諦めたように笑う妹。全てに嫌気がさし衝動のまま家を出て、テシオは一か八かで聖女であるアーマンディに助けを乞おうとした。

 アーマンディがウンディーネ公爵家を嫌っていることは、アジタートから聞いていた。疑う気持ちもあったのだが、聖女就任を祝う夜会の際に、(カエン)を一瞥しただけで、苗字も名乗らず、ヴルカン公爵家の後見を喜んで受けたと聞いた時点で、アジタートの言っていたことは真実だったと家族全員で納得した。それほどまでにウンディーネの血筋を嫌っているのだろうと。

 だがそれでもアーマンディが召喚したスピカ神の光の波は優しく、温かかったことからアジタートに情報をねじ曲げられているんじゃないかとの希望を抱き、テシオはひとりでアーマンディに会うことを決意した。


 アーマンディが住む聖女の館は古代の魔法に守られ、幾重に防護術が敷かれているために、普通に入ることは難しい。各公爵家から聖女の館に続く地下道を通行することはできても、聖女の部屋に入ることはできない。実はテシオは一度登ろうとしたが何かに阻まれてしまって入ることは叶わなかった。

 テシオは知らないが、聖女の部屋はアーマンディが認めたものしか入れない。テシオはアーマンディと会ったことがないから、そもそも無理があったのだ。

 そこでテシオは転移の魔法で入ろうと試みた。魔力は少ないが、頭の良いテシオは新たな魔法の生成、過去の記述を基に魔法を復元する事が得意だ。そして過去の魔法を復元して行く中で発見した転移の術。繊細な魔法操作と多くの魔力を消費する術。これであれば聖女の館に入れるのではないかと試した結果、見事に失敗し、なぜかヴルカン公爵領に辿り着いたテシオは、魔力切れで死の淵を彷徨うことになった。

 あの時、ルーベンスが拾ってくれなかったら死んでいたろう……そう思うと感謝しかない。そしてたまたま来ていた姉に会うことができた。そして……。


「メイリーン‼︎」

 目に捉えた人物に対して声を上げると、驚くこともなくメイリーンは振りむいた。

 まだ、聖女の館の下ではないことに安堵する。メイリーンは地下道に膝を折って座っていた。

「テシオ……」

 ニコリと笑うメイリーンの顔色は真っ白だ。唇も青い。

「メイリーン!ほら浄化石だよ。アーマンディ姉さんが浄化してくれた!全部誤解だったんだよ!俺たちはアジタートに騙されてたんだ。姉さんは病気じゃなかった。しかも姉さんだって、俺達から嫌われてるってアジタートに吹き込まれてたんだ」

「テシオ……それは本当?」

「本当さ!俺は嘘ばかり言うけど、メイリーンには言わない。知ってるだろう?それに……」

 テシオはメイリーンに水筒を差し出す。

「これ、姉さんが作ってくれた水だ。調べたら、水の中に回復魔法が組み込まれている。それと浄化の力も少しある」

「あれかしら、北方の国ラス・アルゲティでたまに生成されるポーションと同じ効用かしら?」

「あれには回復力しかない。浄化がある分こっちの方が上だ。さすがアーマンディ姉さんだよ」

「そう……だからあの子がここに入れたのね」

「え?あの子?」

 メイリーンの言葉にテシオは答えを求めるが、妹は水筒の水を飲むことで誤魔化す。メイリーンが一口含むと、想像以上に優しい魔法の味がした。

「あ……なんだか、中から浄化されている気配が」

 メイリーンが服の袖をグッと上げると、細い腕には黒い煙が漂っている。漂っている煙はゆらりと動き、雪が溶けるようにさらりと消えた。

「浄化……された」

 テシオの目には希望が宿る。思わずメイリーンを抱き上げてくるりと回し、そしてそのまま二人で床に倒れ込む。

「ばか!力がないのに、調子に乗りすぎだわ!」

「あー痛えぇ。頭打っちゃった。いや、でもさ。嬉しいんだよ」

「ばかね、でも見て、一瞬よ」

 メイリーンは下敷きにしていたテシオから降りて、再び腕を見せる。指先には再び黒い煙が徐々に浮かび上がってきた。

「でも……浄化石と併用していれば、アーマンディ姉さんだって、来てくれるって言ってたし!」

「それまで持てば良いのだけど……。このことは父様には?」

「言ったよ。それで、状況を見るって言った。でも父上の気持ちは変わってないみたいだ……」

「そうね、私もそれで良いわ。15まで生きれたのよ。十分だわ」

「十分じゃないよ!一緒に生まれてきたのに、先に死ぬなんて言うなよ!そもそも俺がメイリーンの力を奪わなければ……」

 メイリーンはテシオの両頬を手で挟むようにして叩く。

「それは違うって言ってるでしょう?テシオが聖属性の力を持っていたから、私は生まれることができたの。もしテシオが持っていなかったら、私も母様も死んでいたのよ?テシオはその力を誇るべきでしょう!」

「だって、メイリーンが持っていたなら立派な聖女になれたはずだ。それもアーマンディ姉さんよりすごい聖女に。だってメイリーンは聖属性だけを持ってないだけだ。それ以外の力は誰よりも強い。俺なんて唯一使いこなせる聖属性だって弱いのに」

「それを言うならテシオの魔力を私が奪ったかも知れないわ。だって4属性全てが強い人間なんていないもの。それこそ建国王様以外には……もっともザヴィヤヴァ様は全ての属性が強いって話だけど」

 メイリーンは立ち上がり膝を叩く。そしてテシオに手を差し伸べた。メイリーンの手を掴みテシオは立ち上がる。

「姉様のお水は飲むわ。でも来月の15歳の誕生日の予定を変えるつもりはないわ。カエン兄様にも言っておいてね」

「……俺も兄さんも諦める気なんてないから」

「……期待してるわ」

 ふたりは歩き始める。ウンディーネ公爵邸の方角へ向かって。



 ◇◇◇◇◇◇




 ギネはシェリルとアーマンディを乗せて、月夜の空を飛ぶ。濃い紫の空には美しい三日月と星々が瞬いている。地上は星々の煌めきに負けずと人々の営みの明かりが灯り、広がる森には静寂と安寧が宿っている。


「夜景が綺麗ですよ。アーマンディ様」

 シェリルが眼下を褒めても、アーマンディには下を見る勇気がない。恐怖を沈めようと、月を反射した雲の薄紫と深紫の濃淡の美しさに見入っている。


「シェリル様……月と雲の美しさを刺繍にできるでしょうか?」

「そうですね、できると思いますよ。祖父が沢山の種類の刺繍糸をくれました。十分足りると思います」

「あの……お祖母様にもレシピをいっぱい頂いたんです。料理をしても良いのでしょうか?」

「料理はマーシーの仕事ですが、彼女にだって休みは必要でしょう。例えば週1とか週2でアーマンディ様が趣味で作りたいと言えば、その日が彼女の休日となって良いでしょう」

「良かったです。料理が楽しくて……」


 アーマンディはシェリルの祖母ヴァネッサと料理作りに没頭した。特にケーキの飾り付けは美しく、教えたヴァネッサがシェリル達に威張り散らすほどだった。そしてふたりきりの料理作りを経て、アーマンディはヴァネッサを『お祖母様』と呼ぶことになった。身内の温かさを知らないアーマンディが始めて知った優しさだった。


「では、聖女の館にあなた専用の台所を作りましょう。マーシーたちが使う厨房は業務用で使い難いでしょうから」

「大丈夫……でしょうか?」

「問題ないでしょう。大神官とソニアに言っておきます」


 そんな大袈裟なことになるとは……とアーマンディは思うが実は嬉しくて仕方ない。ドレスや宝石を贈られるより、自分のしたいことができる空間をもてることが幸せだ。

「作ったら……召し上がって頂けますか?」

「当たり前じゃないですか!むしろ他の人に食べさせたくありませんね」

「フフっ、では初めはシェリル様とネリーに。料理に慣れてきたらアリアンナ様やイリオス様、ソニア様にも召し上がって頂きたいわ」

「楽しみにしています」


 なんとなくだが、アーマンディのやりたいことが分かりシェリルは満足げに微笑む。

 三日月はそんなふたりと一匹を優しく照らしていた。

毎日12時に投稿します。

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