第50話 シェリルの祖父母の家(4)
シェリルとアーマンディは、レグルスの中央にある噴水にやってきた。30年前この地を訪れた当時ヴルカン小公爵であったイリオスが、街の中心にある噴水でソフトクリームを食べていたアリアンナに一目惚れをし、その場で土下座して交際を申し込んだのは有名な話だ。以降、この噴水でアイスクリームを食べた恋人達は幸せになると言う逸話が残っている。
「イリオスはその時は振られたらしいわ」
シェリルはソフトクリームをアーマンディに差し出す。シェリルのいつもと違う言葉遣いに戸惑いながらも、アーマンディは「ありがとう」と言って受け取った。
「そうなんで……そうなのね。ではどうして結婚できたの?」
「『簡単に土下座するような男は嫌いよ!顔を洗って出直しなさい』と、アリアンナから怒鳴られて、イリオスが噴水に飛び込んだところで、その濡れた身体に浮かんだ筋肉をみて逆プロポーズしたって話よ」
「そ……そう」
不思議な関係もあるのだと思いながらアーマンディはソフトクリームを舐める。
「甘くて美味しいわ」
「良かった。結婚までの流れはともあれ経済効果はあったよね?」
アーマンディが周囲を見渡すと、みんなソフトクリームを食べている。それは若い男女だけではない。子供はもちろんの事、大人だって美味しそうに食べている。
「シェルは食べないの?」
シェリルの名前は略してシェルとした。シェリルことシェルは、アーマンディを噴水の近くにあるベンチに座らせ、自分は立ったままだ。周囲にはたくさんの人が行き交っている。シェリルが警戒して立っていることは、アーマンディにだって分かる。だからと言って、自分だけ食べていると罪悪感がチクチクと痛む。
「そう……ね」
「――――っあ‼︎」
思わず声を上げたところでシェリルと目があった。
あろうことかシェリルはアーマンディが食べていたソフトクリームを、ペロリと舐めたのだ。
「し……シェリ……シェルなんで」
恥ずかしさのあまりアーマンディが真っ赤になりながら聞くと、シェリルは驚いた顔をする。
「ダメ……でしたか?」
アーマンディの憤る原因が分からずにシェリルは思わず素に戻る。
自分は男でシェリルは女性だ。それを自覚しているアーマンディはシェリルが舐めた所をどうすれば良いのか分からず思わず涙目になる。嫌だとか汚いとかそういう感情ではない。ただ、恥ずかしいのだ。なんだかシェリルの後に舐めるのが罪な様に感じて、どうして良いか分からない。
一方シェリルは無頓着だ。アーマンディに激しい恋心は抱いているものの、自分の行動に問題があるとは思っていない。歳の離れた兄と弟に囲まれて育ち、更にヴルカン公爵の親族は、嫁してきたもの以外は男性ばかりだ。男性であったとしても食べていたものをもらうことが悪いとは思っていない。
「ダメ……とは言わないですけど……」
アーマンディが涙目で真っ赤になる顔は随分と可愛く、周囲の視線を集めている。これはまずいとシェリルは心の中で嘆息する。帽子を深く被っていてもこれだけ目立つのだから、髪色を変えただけで大丈夫だと思っていた自分の浅はかさを恥じつばかりだ。
実際はシェリルも目立っているのだが、そこは気にならないらしい。いつものシェリルなら気がつくのだが、護衛対象(ましてや自分より目立つ存在)がいると更に気が逸れる。
「アディは潔癖症ね、とりあえず行きましょう。あっちに露店があるわ」
アーマンディの手をグイッと引いて、シェリルはその場から離れることにした。チラチラと自分達を見る視線の主を確認しながら歩いていると、男性からの視線が多いことが分かった。だがどれも一般人だと分かると安堵する。
シェリルに手を引かれながらアーマンディは、潔癖症と言われたことに呆然としていた。悩む自分と違ってまるで気にしていないシェリルの態度。17歳になって、こんなことで動揺する自分が愚かなのだと思い始めた。
「アディ……溶けてるわよ?」
「え?あっ――」
慌てて食べると、シェリルが止まってくれた。なんだかそれすらも全て恥ずかしく、真っ赤になる。
「歩くスピードが速かった?」
「あ……大丈夫……です」
シェリルが当たり前のように使ってる、言葉遣いもできない。そして歩きながら食べることもできない。更にシェリルの口がついた部分は、慌てていたので食べてしまった。反省だらけのアーマンディの瞳はまた潤んでくる。どうしてこんなにすぐに潤むのかは分からない。でも分かる事もある。
あの辛かった日々、涙を見せまいと歯を食い縛り、潤んだ瞳に気づかれないように地面を見ていた時は違い、今の自分の心は甘酸っぱい何かに満たされている。この潤んだ瞳を人に見られたくないのは変わらない。だけど、シェリルになら見て欲しいとも、分かって欲しいとも思ってしまう。
アーマンディの心のうちを知らず、シェリルはゆっくりを歩き出す。繋いだ手はしっかりと握り返されている。ここまで来ると流石に心を許してくれている自信も持てる。そして自然と顔が緩む自分を自覚しながら、それでも注意深く噴水広場から祖父の自宅へ向かっていく。
中央にある噴水広場から南へ向かうと祖父の邸宅はある。祖父の邸宅は中央通りに面しているため、真っ直ぐに行くだけだ。そしてそこに行くまでの間には露店が多く立ち並んでいる一番栄えた通りだ。
場所代を払って立つ露店は、日用品を売っている店が多いが、自分の作品を売っている人も多くいる。それは王侯貴族が使うには安価なものばかりだが、たまに素晴らしい意匠をもつ職人もいる。その作品は大きく輝く宝石などよりも素晴らしいとシェリルは思っている。
相変わらず好みが分からないアーマンディだが、案外そう言ったものを好むのではないだろうかと、シェリルは試すことにしたのだ。
シェリルがチラっとアーマンディを見ると、一心不乱にソフトクリームを食べている。どうも彼はひとつのことしかできないらしい。なぜ先ほど赤い顔をしたのかは謎だが、赤くなるのはいつものことだと納得する。
行き交う人々の声に聞き耳を立てていると自分たちのことが噂になっている。
「アヒレスの店に聖女のアーマンディ様とシェリル様がいらしてるそうよ」
「ああ、だからアヒレスの店の前は人だかりなんだ」
「友達がアーマンディ様を見たらしいの!あまりにも美しくて気絶するかと思ったって!」
「俺も見たよ。でもあまりにも神々しくて、恐れ多くてじっくり見れなかったよ」
「アーマンディ様のお陰で父の足が治ったのよ。お礼を言いたいわ」
「俺の火傷の痕も綺麗に治った。感謝の言葉を伝えたいな」
「暴力を奮っていた夫が改心したの。彼の方のお陰よ」
「魔物に襲われそうになっていたんだが、光の波が魔物を一瞬で消してくれた。命拾いしたよ」
たくさんの言葉が聞こえてくる。感謝の言葉ばかりだ。
「アディ、皆がアーマンディ様を褒め称えてるわね」
「……あ、……うん、そう……ね」
アーマンディの顔は更に赤くなる。聞こえないようにしても聞こえてしまう賛辞の言葉がアーマンディの心に沁みる。そして唇も自然に緩んでしまう。死なないで良かったと、心からそう思えてしまう。
行き交う人々の顔には笑顔が溢れている。露店の店主達からはアーマンディ様来訪祝いで投げ売りだという声まで聴こえてくる。
そしてアーマンディは露店の一つに目を留めた。奪われた視線の先には可愛らしい髪飾りがある。それに気づかないシェリルではない。これはチャンスとばかりに、露店にアーマンディを連れていく。
若い女性の店主は仲が良さそうに手を繋いでくる女性達に、にこやかに話しかける。自分の作品だというヘッドドレスは草花や自然の風景をモチーフにしているという。
「アディはどれが気に入ったの?」
「え?えっと、これが……綺麗だと」
アーマンディが指差した先には、大輪の赤い薔薇に朝露を散らしたようなデザインで、編んだ髪に差し込めるようにヘアピンがついている。
「そう……なんだ」
思っていたイメージとかなり違うと思いながら、シェリルは商品をじっと見る。その横にある薄紫と淡いピンクの蝶が花に飛び交うデザインの方が、アーマンディの銀の髪には映える気がする。
「他は……これ?」
アーマンディが次に指し示したのは、白い小さな花にリボンがついているかわいい物だ。
「……これは……もしや、ネリーに?」
「え?そう……よ。赤いのは……シェルに」
やはりそうかと、シェリルは嘆息する。どうりでイメージと結びつかないはずだ。
「アディは?」
「え?えっと、そう……ね。これと言って無いかしら」
「……そう」
シェリルと店主はがっかりしたが、アーマンディは気にすることなくネリーのお土産を選び、何個か購入した。
その後もシェリルは何軒か寄ったがアーマンディはネリーのものばかりで自分の分は買わなかった。
まぁ、気長に行こうと……と心の中で呟いたところで、祖父母の自宅に着いた。明るく出迎えた祖母がアーマンディとともに台所に入るところまで見届けて、1日が終わった。
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