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聖女なのに、男です。  作者: 清水柚木
聖女の館編
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第5話 シェリル(2)

 アジタートと公国王フェランは現在のところ政権を巡り争っているが、階位の問題でフェランの分が悪いのは事実だ。だからこそフェランはそれほど仲が良いわけではない大神官の力を借りて、新たな聖女を立てようと思ったのだろう。だがアジタートが後見人としてアーマンディの後ろに付いてしまっては、元の木阿弥だ。意味がない。だが、聖女の騎士としてヴルカン公爵家の長女であるシェリルが立てば違う。聖女の後見人の座はヴルカン公爵家に移る可能性がある。


 本来であればアーマンディの生家であるウンディーネ公爵家が、後見人として立つべきだが、その表明はない。あくまで傍観しているウンディーネ公爵家には違和感しかない。

 

 だがその様な状況だからこそ、公国王はアーマンディを聖女に推すのだろう。

 ヴルカン公爵家が後見人になったとしても、そこはあくまで後見人にとどまるだろう、そう考えられても仕方ないほど、ヴルカン公爵家に政治的に上に立ちたい欲求はない。ここ数百年は公国王に立候補した事もない。

 だからと言って公国王として立った事がないわけではない。そもそも祖先のヴルカンは最初の公国王だ。


「痛ってー!!」

「どうした?」

 思考を止めて弟を見ると、手から血が流れている。

「切ったのか?」

 近づくと半べそでシェリルに手を見せる弟がいる。思ったより大きい怪我だ。


「バカだな……ナイフの扱いには注意しろと言ったはずだ」

 怪我したルーベンスの手に手を翳し、シェリルは魔法陣を発動させる。淡い光が溢れ、ルーベンスの手が何もなかった様に元に戻った。


「さすが、シェリル姉!」

「気をつけろ。それで、父上や兄上は私をアーマンディ様の騎士にすることによって、久しぶりに政治の頂点に立とうとしているのか?」

「その通り!さすがですよ、オネエサマ!」

 ルーベンスは指を鳴らし、全てを把握できたシェリルは、フッと皮肉気味に笑みを漏らした。


 どうやらこの弟は父と兄に私の説得を頼まれて仕方なくついて来たらしい、シェリルがそう理解すると、初めから不貞腐れ気味だった理由も分かってくる。私に無理矢理連れて来られたからだと思っていたが……。

 賢くてもやはりまだまだ子供だ。だからこそかわいいのだ。そして父や兄もそれを分かっているから、ルーベンスに私を説得させることにしたのだろう。


 シェリルはアジタートのことを毛虫のごとく嫌っている。理由は様々だが、アジタートが生きている限りは、彼女が住む中央都市にも行きたくないと豪語する始末だ。


 だがシェリルももう20歳の大人だ。いつまでもわがままを言えない事くらいは分かっている。


「来るなと言われると……行きたくなるものだな」

「……天邪鬼」


「アジタートなんぞにこの国をいつまでも支配されていてもつまらん。アーマンディ様とやらが、精神薄弱と言うのであれば、我ヴルカン公爵家が後ろから操っても良いはずだ」


「シェリル姉にそんな権力欲があるとは思わなかったよ」

「聖女アジタート《《様》》やフェラン公国王よりはマシな政治ができるはずだ」


 ため息を落として、ルーベンスは大蛇の皮を再び剥ぎ始めた。

「母上がシェリル姉の服を用意するって張り切っていたよ」

「母上に任せれば安心だ。私好みの服を作ってくれるだろう」

「言っておくよ。それにしてもアーマンディ様の生家であるウンディーネ公爵家は何をしているんだろうね」

  

 剥ぎ取った大蛇の皮を丸めるルーベンスを見ながら、シェリルは作業が終わった事を確認した。そうなると後は帰るだけだ。自身の愛馬である翼竜のギネに合図を送るため、小さな火の玉を空に打ち上げる。


 翼竜はこの国で騎士の称号を持つ者だけが持てる、大きな翼を持つ小型竜だ。人は2人ほどしか乗る事のできない大きさだが、一日中飛ぶ事ができ、この国で一番速い乗り物であることは確かだ。


 翼竜は騎士であれば誰でも持てるものではない。実際は凶暴な生き物である翼竜に認めてもらう必要がある。事実、シェリルの父である現ヴルカン公爵イリオスも、次期公爵の証である小公爵の地位を持つ兄のレオニダスも、翼竜を得ることは叶わなかった。

 翼竜を得たものは騎士とは別に竜騎士の称号を得ることができる。世界で一番広大な土地を持ち、人口数が多いスピカ公国内でも10人といない騎士のひとりがシェリルだ。


「なんだよ……ギネもいたなんて聞いてないよ。だったらなんでここまで野営しながら来たんだよ」

「修行だろう?」


 ブツクサ言うルーベンスを一瞥し、シェリルが手を挙げると、蒼い痩躯の美しい翼竜が降りてくる。翼竜の羽ばたきでシェリルの髪が舞い、ルーベンスは飛ばされそうになる大蛇の皮を慌てて抱き抱える。


「乗らないのか?」

「はいはい、乗らせて頂きます。お姉様の修行は手厳しくて最高ですね!」


 シェリルはわざとらしく嫌味を言うルーベンスに手を貸し、先に翼竜の乗せ、次に自身が乗り込む。シェリルの合図でギネはふわっと身体を浮かし、あっという間に上空へと滑空する。


「相変わらず速いな〜。俺も翼竜が欲しいよ」

「お前はまずは騎士の資格だろ?今年挑戦するんだろう?」

「そうだよ。多分大丈夫だと思うけど?」

「騎士の資格が取れたら、各公爵家や各国の情報をもう少し教えてもらえるようになるだろう。だから知らなくても仕方ないが、ウンディーネ公爵家は現在は統制が取れておらずバラバラだ」


「バラバラ?どう言うこと?」

 シェリルはため息をついて、目の前に座るルーベンスを見る。幸いなことにシェリルの兄弟は仲が良い。だけど全ての公爵家がそういうわけではない。

 

「本来は中央都市にある公爵家別邸に小公爵が住み、公国王の補助をすると共に政務を勉強し、公爵間の交流を計る。公爵は領地で政務の指揮を取るのが通常だ」


「知ってるよ?お陰で兄上はずっと帰って来れないし、俺だって最初は父上と母上と中央都市にいたのに、父上が公爵になったと同時に兄上だけを置いてヴルカン公爵領に戻ってきたし」


「お前は兄上と離れたくないって大泣きだったからな」

「うるさいな〜、子供の頃の話だろう?それで?今の話の流れだとウンディーネ公爵家は違うの?」


「ああ、ウンディーネ公爵家は公爵であるカイゼル夫妻が中央都市に、息子のカエンが領地に。そして末弟のテシオは出奔して魔塔にいる」


「魔塔?あの魔法オタクの集まりの?怪しい一派とまではいかないけれど、奴らは研究のためなら信仰心も捨てるって……」


「そうだな。だが、彼らからもたらされる技術がこの国の繁栄を支えていることも確かだ。お前は周りの意見に惑わされすぎだな」


「知っているよ、浄化石を作ったのだって彼らだし、それ以外にも発明品を数えていたらキリがない。そんなことより公爵令息が家出?しかも本家筋の?おかしくない?」


「ああ、おかしいことばかりだ。もうひとり娘がいるとも聞くが、その存在は名前すら確認できない」


「へー、そうなんだ。せっかく子供が聖女として立つって言うのに、なんだか残念だね」


「そうだな……。だがその聖女であるアーマンディ様も魔力が弱いと聞く。ここ最近は聖女の出生率は下がるばかりだ。アジタートが産まれて以降、やっと産まれた待望の聖女が魔力が弱いとは……」


「4大公爵家に連なる女の子で聖属性の持ち主なんて滅多に現れないよ。それに過去には現れない時だってあったんでしょう?確か、他国ではシリウス国に聖女がいないって聞いてるよ」


「まあな、だが聖女の不在は国力の低下をもたらす。聖女がいない間は天候も不安定で魔物も増える。現にあれほど繁栄をしていたシリウス国が、今では我が国に食糧の支援を求めるほど困窮している」


「ああ、父上が支援の予定を組んでたね。どの国も大変だね」

 他人事のようにルーベンスが言ったところで、ヴルカン公爵家が見えた。


 次にこの屋敷に戻れるのがいつになるのか……珍しく弱気になりながら、シェリルは上空から城を見る。今後の自身の人生を不安に思いながら。

毎日12時に投稿します。

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