第49話 シェリルの祖父母の家(3)
「アディ様と一緒に作ったのよ!」
ランチの時間だと呼ばれ、ダイニングルームに来たふたりを待っていたのは、鼻高々に自慢をするヴァネッサだった。
「まさか……アーマンディ様の料理を頂けるとは……」
シェリルはロッシに視線を向ける。
「寿命が伸びそうだな……」
ロッシは顎を触りながら、孫に嫁がきたと喜ぶべきか悩んでいる。
ヴァネッサはご機嫌だ。アーマンディは覚えも早いし、素直で、しかも器用だ。ましてや孫のために孫の好きな料理を、一生懸命覚えようとしているのだ。嬉しいに決まっている。
「シェリルの口に合うと良いのだけれど……」
「お祖母様の監修ですから、合うに決まってます」
にこりと笑いながら、テーブルに着くとアーマンディが飲み物を差し出してきた。
「……あなたが給仕係のような真似をしなくても良いのですよ?自分でできますから」
「……いつもお世話になっているから」
「シェリルのはアディ様が装ったのよ。ポタージュはアディ様はおひとりで作られたんだから、感謝しなさい!」
「なぜ……ヴァネッサが威張っているんだい?」
「あなたは黙ってて!私はこれからアディ様の料理の先生になるんだから!」
「ああ、お祖母様の料理は美味しいから、良いかもしれませんね」
「頑張るわ」
アーマンディは満面の笑顔でシェリルの前に座る。そして、じっとシェリルを見る。どうしたのかとシェリルも見返していると、アーマンディの横に座ったヴァネッサがグラタンを指差した。食べろということだろう。
スピカ神への感謝の言葉を述べ、笑顔とともに一口食べるといつもの祖母の作る味だ。ヴルカン公爵家で出る食事は、一流のシェフが作っているもの。そして公爵令嬢として呼ばれた食事会やパーティーでも口にするのも、やはり一流の料理人が作ったものだ。それらに比べれば確かに劣るかもしれない。でも、自分の口に慣れた味だと、とても懐かしくて美味しい味だとシェリルは思う。
この家で暮らしたわけでもないのに、変なことだ。そう思うがこの気持ちに嘘はない。
「美味しいです」
「良かった!ヴァネッサ様にレシピを教えて頂いたの。今度作りますね」
「アディ様、これが終わったら夕飯も一緒に作りましょう。ケーキも一緒に焼きたいわ!」
「素敵!ぜひお願いします」
盛り上がるふたりを余所目にシェリルとロッシュは視線を交わす。この雰囲気の中、市井に見学に行くとは言い出しにくい。
「そうだわ、シェリル様は刺繍をすると聞きました。わたくしに教えてください」
シェリルはポトリとフォークに乗せたグラタンを皿に落とす。
「は⁉︎お祖母様――なぜ、それをアーマンディ様に?」
「あら?ダメだったの?私はそんなこと聞いてないわ」
「それ以前にシェリルに刺繍を教わるのはどうかと思うが……」
「お祖父様、どういう意味ですか⁉︎私の刺繍に、何の問題が⁉︎」
詰め寄るシェリルにロッシュは眉根をよせ、両手を挙げる。
「いや……シェリルの刺繍はなんというか、なんだか分からないだろう?前衛的?独創的?感性が人と違うといって良いのか……」
「そうねぇ、なんというかモチーフがね。でも刺繍の技術はすごいのよ。だから、教えるのは問題ないと思うのよ」
「ふたり揃って失礼です‼︎アーマンディ様、刺繍は私がお教えしましょう。ですがヴルカンの家族には秘密にしてください。あの人たちは私の刺繍をすぐにバカにするんです!」
アーマンディがこくこくと何度も頷くのを見て、シェリルはふんっと鼻を鳴らして、スープに口をつける。怒っていても食事する姿は伯爵令嬢そのものだ。
「ああ、だからシェリルはここで刺繍をしていたのか」
「そうです!祖父母や父はヴルカンらしくないと眉をひそめるし、母は笑うし、兄と弟は見ないふりをするしで散々です!でもお祖父様とお祖母様は上手だと褒めてくれていたのに、実はそんなふうに思っていたのですね!」
「上手は上手よ。技術だけ見るとアーマンディ様のお母様アントノーマ様と張り合えると思うわ」
突然出てきた母の名前にアーマンディはどきりとする。
「……母の……ですか?」
「ええ、アントノーマ様の刺繍の腕は素晴らしいわ」
ヴァネッサが褒めると、シェリルもチャンスとばかりに説明を入れる。
「アーマンディ様の聖女就任の儀の際のヴェールと聖女服、そして夜会の時に着ていたドレスの刺繍はアントノーマの作品でしょう。あれほど繊細で見事な刺繍は彼女でなければ無理です」
「そう……なんですね」
ヴェールはガーネットによってズタズタに裂かれた。でも夜会の際のドレスは手元に残っている。あの美しいドレスが母の手のものだと、テシオは確かに言っていた。ドレスを破かれた悲しみと同時に、本当に親から愛されているかもしれないという期待でアーマンディは胸の音がトクトクと早くなる。
「アディ様が刺繍をするとなれば午後から買い物に行こう。刺繍枠や刺繍糸も欲しいし、針も欲しいな。そして料理をするなら包丁とエプロンも欲しい」
ロッシュがチャンスとばかりに言葉を繰り出すと、応じるようにシェリルも頷く。ただしヴァネッサは心配顔だ。
「それは良いけど、大丈夫なの?シェリルもアディ様も目立つわよ?」
「大丈夫だよ。シェリルとは打ち合わせ済みだ」
ロッシュはパチリとウィンクをした。
◇◇◇◇
ロッシュとシェリルとアーマンディの3人は、馬車に乗ってまずはロッシュが営む大きな店舗へと向かう。メイン通りにある白い5階建ての建物は、この都市一番の複合商売施設で、あらゆる商品を取り扱っているという。建物の入り口で、通りを行く人々は足を止め、たまたま商品を見に来た客達は自分たちの目を疑った。
シェリルと姿を戻したアーマンディは手を振る人々に応えながら、店舗の中にある特別室へと消えた。
その特別室でアーマンディは刺繍をするための道具を選んだ。聖女就任祝いだとロッシュが言い、アーマンディは一銭も出すことができなかった。
そしてアーマンディとシェリルは変装をし、店舗の裏口から出た。表通りにあるロッシュの店の前には聖女のアーマンディと聖女の騎士であるシェリルを一目でも良いから見ようと、大勢の人々が集まっていた。
「すごい……人ですね」
「それだけあなたに感謝している人がいるということです」
シェリルの言葉にアーマンディは頷いた。ヴァネッサが言っていた。腰痛は治り、ロッシュの膝が治ったと。どんな小さいことでも、誰かに幸せを届けられた自分を誇れるとアーマンディの口角は自然と緩む。
「それにしても似合いますね」
シェリルに言われてアーマンディは自身を改めて見る。キャスケットにオーバーオールのスカート。そして初めて履いたスニーカー。髪は焦茶で左右で三つ編みに分けている。
「初めて……こんな洋服を着ました」
「実は私も初めてです」
シェリルの装いはアーマンディの色違いだ。ここまですれば誰もシェリルとアーマンディだと思わないだろうと、祖父母だけではなく店員まで納得した。
「料理には間に合うように帰れますか?」
「それは大丈夫ですが、本当に夕飯までいますか?確かにギネは夜でも飛べますが……」
「ええ、ケーキを作りたいです。シェリル様の好きなケーキだそうです」
好きなケーキとはなんだろう、シェリルは考えるが出てこない。
祖母から見るとシェリルはいつまで経っても可愛い孫なのだろう。子供の頃に一度でも美味しいと言ったものを、いつまでも好物だと言っている。もちろん祖母の料理はどれも美味しいから良いのだけれど。
「祖父の店から歩いて30分程で家に着きます。街並みも見れるし仕込みの時間にも間に合うしちょうど良いですね。では……」
シェリルは言葉をとめ、アーマンディはそんなシェリルをじっと見る。するとシェリルは手をそっと差し出した。
「行くよ!アディ!」
「はい……あ!――うん!」
手を繋いでふたり雑踏の中を歩いていく。
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