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聖女なのに、男です。  作者: 清水柚木
ヴルカン公爵領編
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第48話 シェリルの祖父母の家(2)

 シェリルは、キッチンに立つアーマンディと祖母を、入り口で見守っている。今日は市井を見に来たはずなのに変な流れだ……そう思いながら。

 アーマンディは祖母に渡されたフリルたっぷりのエプロンをつけて、指示された通りに玉ねぎの皮をむいている。かつてこんなことをする聖女がいたのだろうか……、そう思うと不安になるが、嬉しそうに料理をするアーマンディを見ていると止めることもできない。


「親しみやすい方だね」

 祖父が背後から声をかけた。シェリルはため息で返事をする。

 そもそもまだお茶だって飲んでいない。まさか、屋上から台所へ直行するとは……、貴族らしさのかけらもない。

「困った方です」

 シェリルはこの言葉しか言えない。

「良いことだと、私なんかは思うけどね。それで?もう告白したのかい?」

 祖父の言葉に驚き、シェリルはゆっくりと視線を交わす。すると祖父は自分の目を指さした。

「商売人の目を侮ってはいけないね」

「私の視線で……気付きましたか?」

「それもあるが……そうだね。応接室に行こうか?美味しいお菓子が待っているよ?」

 アーマンディをチラッと見て、シェリルは祖父に従うことにした。この家が安全なことは分かっている。分かっていても、側にいたいと思ってしまう自分こそが問題だと、思ったからだ。

 アーマンディを愛しているから側にいたいと思う。でもそれだけではない。シェリルが目を瞑ると浮かんでくる光景がある。アーマンディがバスルームで血を流している姿だ。冷たい身体。弱い呼吸。そしてシェリルを見てうっとりと微笑んだ……あの青ざめた顔に浮かんだ美しい表情……。

 このまま失ってしまうのではないかと怖かった。だから、魔物に襲われた際にも咄嗟に回復魔法が使えなかった。なんて弱くなってしまったんだろうと、自分でも反省するばかりだ。このままではいけないと強くあろうと思うけれど、心が伴わない。

 戦いを好み守るべき人々のために騎士として強くあろうとする自分と、砂糖菓子を好み誰かに頼りたいと思う弱い自分が交差する。心とは厄介だ。大人になってもまだ…上手く折り合いをつけることができない。

 力強い父方の祖父母とは違い、母方の祖父であるロッシュは弱い自分も受け入れてくれる、だから何かあるとここに来てしまう……そんな思いを抱きながら、シェリルは祖父とともに応接室に向かう。



 ◇◇◇



「包丁を使ったことはありますか?」

「あ…ない……です」

 聖女の館に果物ナイフはあった。初めてナイフで切ったものは、他のどれでもない自分の腕だ。

 そう言えばあれ以来、部屋にナイフを見ていない。きっとシェリルが隠しているのだろうとアーマンディは思う。


「そうですよね。聖女様が使うことがあるわけがないですわね」

 ふふっと笑って、ヴァネッサは手慣れた様子で玉ねぎを切る。規則正しい音と共に薄く切られていく玉ねぎを、アーマンディはじっと見る。


「……シェリルも小さい頃はそうやって私が料理をするのを見ていたんですよ。手伝うこともあったけど、どうしても料理だけは不器用で」

「そうなんですね」

 玉ねぎをサッと切ったヴァネッサは、次に人参の皮を剥く。


「私は料理と刺繍が趣味なんですけど、娘のアリアンナはどちらも苦手。夫に似て読み書き算数が得意で。孫のシェリルも料理は苦手かとため息をついたのだけど、刺繍だけは得意で」

「え?シェリルが刺繍を?」

「ええ、でもお家柄で騎士を目指さなければいけないとかなんとかで……家ではできないって言って、良くここに来てやっていたんですよ」


 シェリルの知らない一面だ……アーマンディは心の中でぽそりと呟く。

「シェリルは……刺繍が上手なの?」

「上手は上手ですよ。でも独創的?前衛的?と言った方が良いのかしら?私には少し理解が及ばないのだけど……よく没頭しているわ」

「そう……なのね」

「アディ様もやってみますか?」


 ふふふと笑うヴァネッサの目はあくまで優しくアーマンディも安心して、ついつい微笑みが伝染してしまう。

 自分は祖父母という存在を知らない。一度だけ会った母方の祖父はアーマンディに興味がなさそうだった。こんな素敵なお祖母様がいるシェリルを羨ましいと思ってしまう。

「料理……を教えてもらえますか?」

「料理ですか?」

 ヴァネッサは目をまん丸に見開いた。(かしず)かれる立場の聖女が料理をするなんて聞いた事がない。


「……シェリルの……好きなものを覚えたくて」

 無自覚に頬を染めるアーマンディを、ヴァネッサは驚いた表情のまま魅入る。まるで恋する乙女の表情だけど、そんなわけがない、それだけ部下思いの優しい方なんだと考え始めた。

 それに自分が作りだしたレシピを誰かに覚えて欲しいと、ヴァネッサは思っていた。ロッシュとヴァネッサの間の子供はアリアンナだけだ。そのアリアンナは恐れ多くも古くから続く4大公爵のひとつ、ヴルカン公爵家の小公爵だったイリオスに求婚され嫁いだ。それはとても光栄で嬉しくはあったけれど、遠い世界に行ってしまうようで辛かった。

 だが、孫のシェリルはそんな壁を乗り越えて、良く遊びに来てくれた。子供の頃だけだと思っていたが長じてからも代わりなく続いた。自分たちにしか見せない弱い部分を見せてくれて、甘えてくれる。そんな孫が聖女の騎士になり、遠い存在になったと思っていたら、突然の来訪の連絡があった。これは聖女の騎士が辛いから、愚痴でも言いにくるのではないかと、ヴァネッサは思っていたのだ。

 だが実際は想像と違った。そして孫が仕えている主人である聖女は、部下のために食事を作りたいという。しかも誰かに継いで欲しかった自分の料理を。


「ではお教え致しましょう。まずは包丁の持ち方からですわ」

 素直にお礼を言って、アーマンディは教えを乞う。貴族だとか、平民だとか、そんなことはアーマンディにとってはどうでも良いことだ。そこに教えてくれる人がいるならば、それは誰でも教師だ。身分は関係ない。

 ひとつひとつを丁寧に教えてくれるヴァネッサに感謝しながら、アーマンディはゆっくりと野菜を切り始めた。

 


 ◇◇◇◇



「私とヴァネッサはシェリルが愚痴でも言いに来るのだと思っていたよ。そうではないのは良かった」

「愚痴?ああ、聖女の騎士のことですね。アーマンディ様じゃなければ、あり得たことでしょうが、今は良き方に巡り会わせて頂いたと、スピカ神に感謝しています」


 シェリルと祖父のロッシは応接室へとやってきた。温かみを感じる薄黄色の部屋には薄緑色のゆったりとしたソファセットがある。商売を営んでいる祖父母が友人や親戚を招く時だけに使う部屋。癒しを与え、人を落ち着かせる優しい部屋だ。

 ふたりは向かい合ってソファへ座り、シェリルはいつものように祖父が入れた紅茶を飲みながら、祖母が作ったお菓子に手をつける。

 

「だったら良かった。そしてアーマンディ様の事情はどうも複雑そうだね」

「……お祖父様は恐ろしいですね。どうしてアーマンディ様が男性だと分かったのですか?そんなに私の視線があからさまでしたか?そうであれば気をつけなければ」

「いや、シェリルの視線は後から気付いた。そして確かにアーマンディ様は誰が見ても美しい女性だよ。例え美しい男性が女装していたとしても、普通は手の形や、喉の形で気付くものだが、恐れ入った。彼は手の形まで女性のようだ。いや、中性的と言っても良いだろう。まさかあれだけ美しい人がいるとは、いやいやスピカ神に選ばれるだけはある」

「……ではどうして?」感心する祖父を尻目に、シェリルは早急な返事を求める。

「目だよ。アーマンディ様がシェリルを見る視線で気付いた」

「視線?」

「そうだよ。良かったね、シェリル」


 にこやかに微笑むロッシとは違い、シェリルは眉間に皺を寄せる。

 ロッシはおやおや……これは前途多難だな、と心の中で嘆息した。


「ところで市井の見学に行きたいのだったね。もし良ければ協力しよう」

「本当ですか⁉︎」

「ああ、もちろんだとも。かわいい孫のためなら年寄りも無茶をしようじゃないか」

「ありがとうございます。やはりお祖父様を頼って良かった」

「そうだろう。ついでに心の不安も言いなさい。かわいい孫の話はどんな話であっても飽きないし、なんでも聞きたいものだ」

「あ……そうですね。お祖父様……隣に行っても?」

「もちろんだ!」


 弱気な態度のシェリルに対し、ロッシは両手を広げて歓迎する。それがシェリルにとっては何よりも嬉しいことだ。ヴルカン侯爵家の家族は仲が良いが、恥ずかしくて弱音を吐けない。なぜなら皆強いからだ。外から嫁いできたアリアンナ()ですら、強いのだから堪らない。

 そして弟であるルーベンスには弱いところなど見せたくない。いつまでも強い姉でいたい。

 逃げ場があるのは良いことだ。そしてアーマンディにとって自分がそうなれれば、そうなるためにも弱気な発言はここでだけ……シェリルはそう思いながら、祖父に悩みを打ち明けた。

毎日12時に投稿します。

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