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聖女なのに、男です。  作者: 清水柚木
ヴルカン公爵領編
45/204

第45話 テシオ(3)

 深くお辞儀をして、静かに両開きの扉を閉める。お茶を淹れたら下がって良いと言われたのは寂しい気もしたけれど、安堵もした。

 扉の前で護衛の様に立つミルバに笑顔を送り、次に深い深呼吸にも似たため息を落とし、ルーベンスは廊下から見える空を見上げる。黒檀の窓枠から見える空の色は美しい。

 はぁ〜と、またため息ひとつ落として、廊下を進む。5階にある自室で勉強をしなければと思いながら。




◇◇◇





「それで?お前の要件はなんだ?」

「お?積極的だね。そうだね〜、俺とデートしてくれたら教えてあげるよ」

「ああ、かまわないぞ」

 アーマンディは思わずシェリルを見る。あっさり受け入れるとは思わなかった。


「どこに行く?北の火山地帯に巨大な魔獣がいるそうだ。そこにするか?それとも東の砂漠に住み着いた巨大な蠍でも退治に行くか?」

「んんんん?もうちょい素敵な場所が良いなぁ〜、俺」

「ではなしだ。私は戦えない男に興味はない」

 一刀両断に切り捨て、シェリルは紅茶に口をつける。乱暴な言葉遣いとは裏腹な美しい所作だ。


「ふーん、じゃあカエン兄さんとかどうよ?めちゃくちゃ強いよ」

「……ああ、つまりお前はアーマンディ様をウンディーネ家に呼びたいわけか。そんなに来て欲しいなら正式に招待しろ」

「…………」

 テシオは口を真一文字に結ぶ。家を出たテシオが招待できるわけがない。シェリルは分かっていて言っているのだ。


「それができないなら、この話はなしだ。出口はあちらだ」

 無慈悲に、そして淡々とシェリルはことを進める。この手の相手はペースに呑まれたらお終いだ。

 だが、シェリルの意図を理解していないアーマンディはハラハラしながら、シェリルとテシオを交互に見比べる。


「こちらはアジタートより、ウンディーネ公爵夫妻は魔力が弱いアーマンディ様を恥じ、相手にしたくないと言っていると聞いた。そのせいで、アーマンディ様が今までどれだけ哀しい思いをされていたか分かるか?なのに、スピカ神の力をおろしたと同時にお前を先方として引き入れようとするわけか?実に狡猾だ。ウンディーネ公爵家は。率先して厳しい土地へ行かれた始祖ウンディーネ様も呆れ返ることだろう」


 シェリルはアーマンディから聞いた情報、アジタートは、『ウンディーネ公爵家は男性でありながら聖女の資格を持ったアーマンディを殺そうとした』と言ってたことをちゃんと覚えている。

 だが、アジタートにより情報がねじ曲げられている可能性があると思ったので、わざと違う情報を与え、更に表情に出ているアーマンディをテシオから隠すため、慰めるふりをし、その体を無理やり胸に抱く。

 突然抱きしめられて、アーマンディは驚いて声が出ない。戸惑う姿はむしろ悲しんでいるように見えて効果的だとシェリルは判断し、そのまま抱き抱える。

 

 テシオはその姿を見て、クククっと笑い出した。その笑いは自然に大きくなる。アーマンディはテシオの奇異な行動に戸惑い恐怖を感じ、シェリルの腕をそっと掴む。

 シェリルは大丈夫ですよ、と言わんばかりにアーマンディの頭を更に強く抱く。


「あ〜あ、やっぱりそうだよな。あのクソババアめ!」

「アジタートが何か言っていたのか?」

「ああ、やっぱシェリル様もアジタートのことクソババアって言ってた系?俺もそうだよ。だから家を出た。出ざるを得なかったクソババアに目をつけられて、父上に魔塔に送られたんだ。俺の身を守るためにね」

「意図が読めないな?お前は何をしに来たんだ?」

「父上からは、姉さんは大丈夫だから、ヴルカン公爵家に任せて、そっとしておきなさいって言われたんだ。でも俺はメイリーンが心配だから、万が一の可能性に賭けてた。アーマンディ姉さんはメイリーンと違って安定してるみたいだから、良かったよ」

「……何を言っている?答えになっていないぞ?」


 テシオはアーマンディをじっと見る。

「これはウンディーネ公爵家の極秘情報だ。ここだけの情報として誰にも言わないで欲しいんだけど?」

「……良いだろう。アーマンディ様も宜しいですね?」


 アーマンディは言葉を発せず頷くだけだ。テシオの奇異な行動は、アーマンディに過去のトラウマを思い出させ、心に影を残す。


「ウンディーネ公爵家に女の子が生まれるのが、稀だってことは知ってるよね?それには理由があるんだ。ウンディーネ公爵家の女の子は、死産になる確率が高い。特に直系は生まれても無事に成人する確率が低い。だから出生届を出さないことが多いんだ」

「まさか……そんな話は聞いたことがないぞ?」

「だから、極秘なの。そしてメイリーンは多分もうダメだと思う。限界がきてる。だから俺は姉さんに賭けることにしたんだ。スピカ神のお力を頂けるんだから癒しの力でなんとかできないかなぁって。今までは定期的にクソババアの力を借りていたけど、クソババアとの連絡は途絶えた。どうせなんかあったんだろう?あのクソババアはいつそうなっても、仕方ないようなやつだったからな」 

「もしやウンディーネ公爵夫妻が中央都市にいるのはメイリーンのためか?」

「そうだよ。カエン兄さんはババアに目をつけられた。だから父上が領地に逃したんだ。父上と母上は姉さんもメイリーンと同じ状況だって聞いてた。だから自分達といるより、クソババアのところにいた方が安全だって言ってたんだ。そしたらクソババアが治療の甲斐があって、聖女として立派に役目を果たせるようになったって言うだろう?母上は嬉しそうに衣装を仕立ててたぜ」


 やはり聖女の儀と夜会の際の刺繍はアーマンディの母、アントノーマの作品かとシェリルは得心する。

 

「ではなぜ、聖女就任の儀にはカイゼル公爵のみが出席だったのだ?婦人も来れば良かっただろう?」

「俺たちはクソババアに、姉さんは俺達を恨んでるって聞いてたんだ。特にこんな風に産んだ母上は殺してやりたいほど憎んでるって聞いてた。だからウンディーネの苗字も名乗らないんだって、父上も納得したんだ。でも姉さんは父上と母上が拒絶してるって言うじゃねーか。これがおかしくないわけないだろう。全部あのババアに仕組まれていたんだ。そしてこれは俺の推測だけど、姉さんはメイリーンと同じ病にかかってない。そうだろう?」

「……その病が何かは分からないが、アーマンディ様は病には罹っていない」

「……うん、良かったよ。さすがスピカ神に選ばれた聖女なだけあるよな」

 嬉しそうに……でも残念そうにテシオは下を向く。


「つまりお前はアーマンディ様に妹を治療して欲しいと訴えにきたんだな?」

「ああ、そうだよ……姉さん……いやアーマンディ様、どうかメイリーンを助けてやってよ!メイリーンも両親も諦めてる。でも俺やカエン兄さんは諦められない!せっかく産まれて来たのに、メイリーンは外に出たこともないんだ!」

「あっ…………」

 テシオの必死な表情にアーマンディの心も動く。しかも今までのことはアジタートが仕組んでいたとすれば尚更だ。だけど自分は満足に魔法を使えない。今だってできるのは浄化と、拙い回復魔法……そして水を作る魔法だけだ。


「アーマンディ様……私の方でテシオの話が事実か確認を取ります。少々お時間を頂いても宜しいでしょうか?」


 シェリルの声が頭の上から聞こえ、アーマンディは顔を上げる。すると間近にシェリルの唇が見えた。更に身体が密着している!慌てて、シェリルの身体を押して距離を取る。


「あ……っはい‼︎ そ……そうしてください!」

 シェリルに身体を背け、真っ赤になった顔を手で隠す。いつの間にあんな密着したのか記憶にない。

 テシオは渋面を隠さずアーマンディを見る。なんだか姉の様子がおかしいと思うけれど、確証が持てない。


「ところで、アーマンディ様の母親アントノーマはアーマンディ様の顔を見ることなく別れたのか?」

「え?ああ、姉さんは産まれたと同時に、すごい聖属性の力を放ったらしいんだ。母上や産婆や侍女達はその力の凄まじさに気絶しちゃって、気がついたらクソババアに姉さんは連れて行かれたって聞いたよ。産まれてから一度も抱いたことがないって、母上は良く泣いてたから覚えてるよ」

「メイリーンは聖属性の力は?」

「……ないよ。あったら苦労してないよ……」

「そうか……。アーマンディ様、水を作れますか?樽いっぱいに」

「……え?できると思いますけれど?」


 テシオとアーマンディは同じように目を瞬く。その表情はそっくりだと、シェリルの口が少し緩む。


「テシオ、アーマンディ様の精製する水は体力を回復し、病を治癒する効果がある。まずはそれを下賜するのでメイリーンに飲ませるが良いだろう」


 アーマンディは自身も知らなかった事実に驚くが、同時に納得もした。だから自分は今まであんな環境でも生き残れたのだと。

 そしてテシオの目は期待に満ちた笑みに変わる。そしてその爛々と光る目をアーマンディに向け、深くお辞儀をした。


「姉さん!ありがとう、ついでと言ってはなんだけど……これの浄化もお願い!アジタートに定期的に浄化してもらっていたけど、今はあてがないんだ!」

 テシオが懐から出したのは赤ん坊の握りこぶしサイズの浄化石だ。


「これは……」

 確か定期的に来ていた浄化石だとアーマンディは思った。シェリルが持っている物と同じサイズ。時間がかかっていたもの。

 アーマンディは知らないが浄化石の浄化は大聖堂管轄だ。その所在者から浄化頻度まで事細かに管理されている。逆に大聖堂を飛ばして浄化を頼むことなどあり得ない。

 シェリルはその事を知っているが、あえて飲み込むことにした。


「では明日もう一度来るように」

 アーマンディが浄化石を受け取ったのを見届けて、シェリルは強引に話を切る。

 アーマンディと話をしなければいけない、そう思いながら。

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