第44話 テシオ(2)
「アーマンディよ」
やはり苗字を言わないアーマンディを、シェリルはソファへと誘導する。そして、自身はその後ろに立つ。それを合図としてテシオは深く頭を下げ、お辞儀をする。
「スピカ神より選ばれし聖女、アーマンディ様に招待頂き光栄の極み。魔塔のテシオと申します」
魔塔のテシオ……彼が名乗った挨拶をアーマンディは頭の中で復唱した。
自分と同じくウンディーネを名乗らない。それは魔塔に行くことで縁を切られたからだと思われる。自分とは違って両親に愛されているのだろうか、それとも愛されていないからこそ、魔塔へと行かざるを得なかったのだろうか。それが分からない。
シェリルは、今代のウンディーネ公爵家は異常だと言っていた。
4大公爵家の小公爵は本来なら中央都市にて、公国王の政務の手伝いをするのが通例だが、長男であり小公爵であるカエンは、北にある領地から出てこないとのことだ。代わりに本来なら領地にて政務を行うはずのカイゼル公爵が、中央都市にいる。だがカイゼルは公国王の手伝いをするわけでもなく、ただそこにいるだけだ。応とも否ともいうこともなく、淡々と事務作業のみを行なっているという。
アーマンディの聖女就任の儀、その就任を祝う夜会も、カイゼルしか出席はなかった。アーマンディとしてはそれだけ自分を嫌っているのだと思っていたところで、弟から面談だ。期待するだけ無駄だと思いつつも、やはりそこに希望を持ってしまう。両親は自分を愛してくれているのではないか……という期待を。
そしてそんな期待を向けつつ、テシオを見る。テシオを出迎えたシェリルが言っていた。礼儀正しいがどこかふざけた存在だと。今のところふざけた様子は見られない。だけど手入れの行き届いた切り揃えられた髪や、肌艶の良さ、何より先ほどお辞儀をした姿は、良家の子息と言っても差し支えないほど美しかった。やはり自分とは違う何を感じる……アーマンディは少し寂しくなる。
「わたくしに何かご用があるとか?」
テシオに着席を促し、アーマンディは早速本題を切り出す。するとテシオの後ろに立つルーベンスの目が忙しく動く。そして肝心のテシオは深くため息をつく。
「これは――どういうことですか?姉は真っ当な教育を受けていないのでは?」
「――――‼︎」
テシオの言葉でアーマンディは思い出す。
着座してすぐに要件を話すのはマナー違反だ。まずは当たり障りのない話をする必要があったのに……教えてもらったのに忘れていた。それはやはり弟と話をするという緊張からだ。
「弟妹の間柄に遠慮は無用と言うアーマンディ様の気遣いでしょう。それを汲み取れないとは……やはりまだまだ幼くていらっしゃる」
早速、シェリルがフォローをしてくれたので、アーマンディは一安心してテシオに向かってニコリと笑って見せる。
「遠慮は無用……その言葉は間違いないですか?姉上」
「ええ、もちろんよ。テシオのことを教えてくれると嬉しいわ」
探る様な目をしていたテシオは、ニカっと笑い、足を組み、さらに大きく手を叩く。
「やった〜、俺の姉さんは話が分かる!良かった〜俺は堅苦しいの嫌いでさ。だから魔塔に行ったくらいだからね」
「そ……そうなのね」
手を口に当てることで動揺を隠そうとアーマンディは必死だ。
そしてアーマンディの後ろに立つシェリルは平静を装っているが、心の中では怒り心頭だ。聖女相手にふざけるな!と叫びたいのを我慢する。
「それにしても俺のねーさんもマジ美人。ルーベンスのねーさんもやばいと思ったけど、これは俺のねーさんが勝ったね。帰ったらメイリーンに自慢しちゃおうっと!」
「メイリーン?」
初めて聞く名にアーマンディが首を傾げると、待ってましたとばかりにテシオが両手を広げる。
「俺の双子の妹!すんげ〜かわいいんだよ、ねーさんも今度会ってやってよ。絶対に喜ぶから!」
「……妹?」
アーマンディはテシオの勢いに怯むばかりだ。そしてテシオの背後に立つルーベンスは、姉の怒りの沸点がいつ迎えるか怖くて仕方ない。だが、そんなことは関係なくテシオは妹の良いところを捲し立てる。
「まず!ウンディーネ公爵家特有の銀の髪はツヤツヤして綺麗!あ、これはねーさんも同じだね。でもどっちが綺麗かっていったら、やっぱメイリーンかなぁ。小さい頃から豆に手入れしてるだけあって輝き方が違う!次に誉めるべきはその顔だね!かわいいんだ〜これが。ねーさんは絶世の美女系だけど、メイリーンは儚い感じの美少女でさ、もう見るものを虜にしちゃうんだよね〜。おかげで俺は友達を家に呼べない!だってみんなメイリーンに惚れちゃうかもしれないだろう?これって嫌だよね?やっぱ俺ってお兄ちゃんだしね!下手なやつにはかわいい妹はあげられないって思うだろう?あ、双子だから瞳の色は俺と同じだよ。どう?ねーさん、興味ない?メイリーンに?ねーさんだって絶対にかわいいって言うと思うよ。なんなら俺と一緒に帰らない?今すぐにでもどうよ⁉︎」
「え……その……」
アーマンディはどう返事をするのが正解か分からず、ついついシェリルに助けを求めるように視線を移す。
自分に妹がいるとは聞いていなかった。いるという噂があると、シェリルからは聞いていたが、その存在は確認が取れていないと言う。公爵家に連なるものに子供が生まれた場合、どのような事情があれ出生届を大神官と公国王に届けなればならない。だがその事実がないという。不思議なことだとシェリルは言っていた。そして今、早口で身を乗り出さんばかりに話すテシオは、当然のように妹のことを話している。アーマンディは意味がわからず怯むばかりだ。
困惑するアーマンディを助けるのはシェリルだ。いつだってシェリルがアーマンディを守る。
「ウンディーネ公爵直系にアーマンディ様以外の女性がいることは聞いていない。しかもお前は縁を切られた身だろう?なぜ案内するようなことを言っている?」
「あ――、これは内緒だった〜。ごめん、ごめん、秘密にしてくれる?」
わざとらしく舌を出して謝罪をするテシオを無視し、シェリルはアーマンディの横に座る許可を取る。嬉しそうに頷くアーマンディに笑みを漏らした後に、ルーベンスに茶を入れろと顎で指示を出す。
「おお、良いね〜。礼節にうるさい堅物と見せておいて、実は柔軟に対応できるなんて最高じゃないですか〜。俺、本気になりそうなんだけど、年下って嫌い?」
「私は騒がしい男も、こざかしい男も好きじゃない。そうやってふざけた態度で煙に巻こうとするのがお前の作戦というわけか。なるほど、ルーベンスでは対抗できまい」
「シェリルおねー様は対応できてるってわけでしょう?そうなると益々好み!ねぇ、アーマンディおねーさん〜、聖女の騎士だって恋人がいても良いよね?シェリルおねーさまを僕にくれない?大事にするからさ」
「し……シェリルは――ものじゃありません‼︎」
なんてことを言うんだろう、とアーマンディは珍しく怒りを顔に表す。
これは珍しいものを見た、とシェリルは表情に表さず、心の中でかすかに笑う。
ルーベンスの精神はもう限界だ。お茶を入れることに集中しようと耳に蓋をした。
そしてテシオは不敵に笑う。その心の中を見せないまま。
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