第43話 テシオ(1)
アーマンディの弟のテシオはヴルカン公爵家が用意した馬車に乗ってきた。
デネボラの宿にヴルカン公爵家の馬車が停まった時に、大騒ぎになったが、テシオは気にすることなく馬車へと乗り込んだ。
ヴルカン公爵家の馬車は随分と乗り心地が良いと思いながら、滑らかに整えられた道を進む。
ヴルカン公爵家の旗がたなびく堅固な門には、警備兵が4人いる。兵が剣を掲げ深く礼をするのを見届けながら、更に奥へと進むと、穏やかな色をしたベージュ色の道が広がっていた。その両側には手入れの行き届いた低木が広がり、春の暖かな日差しを受けて小さな白い花を咲かせている。低木の先には艶々と輝く芝生が広がり、庭を取り囲むように切り揃えられた高い樹木が広がっている。
これは見事な庭園だとテシオが関心しながら見ていると、広がる道が3つに分かれ馬車は中央へと進んだ。
進む先には真紅を基本とした5階建ての豪奢な建物が見えた。上階に行くほど部屋数が少なくなる台形の形の邸宅が、この一帯で一番高い建物であり、更に中央にあることからヴルカン公爵一族が住む館だと言うことが分かる。建物からは半円状に伸びる斜路が左右にあり、迷うことなく馬車は左側を進む。すると正面入り口に真紅の衣装を身に纏ったふたりがテシオを待ち構えていた。
到着した馬車から降りたテシオは、真っ直ぐした目でシェリルを見る。迎えたシェリルは目を逸らすことなく、真正面からテシオの視線を受け止めた。
肩まで伸びた艶々と光る見事な銀の髪は、綺麗に切り揃えられている。瞳の色は緑がかった青緑色で、女性のようにぱっちりとしている。15歳の割には低い身長で、シェリルの胸の位置辺りだ。13歳のルーベンスと同じくらいかと、テシオを出迎えたシェリルはチラリとルーベンスと見比べる。
シェリルは真紅の騎士服。正装の装いではあるが公式の場ではないため、シンプルな肩章で胸に飾る勲章もない。ただし黒いマントだけは肩から背中にかけて、ヒラリと翻る。
まだ騎士の称号を得ていないルーベンスは、黒に金糸の刺繍が施されたウェストコートの上に、真紅のフロックコートを着ている。コートにはヴルカン公爵家の紋章が刺繍されていて、成人前の公爵家の直系の子供であることを示唆している。
そして対するテシオの衣装は、ウンディーネ公爵家のカラーである、深い海のような群青色ではなく、庶民のようなシンプルな洋服の上に、紫色の膝までのマントを羽織っている。マントの胸の部分には魔塔の人間であることを示す、塔と太陽と月をモチーフにしたブローチが光る。つまり衣装だけ見るとウンディーネ公爵家のものではないということだ。
ともなるとテシオは無位だ。だが、魔塔の者であれば無位でも扱いが違う。魔塔は4つの国からなるこの世界で、スピカ公国にのみある魔法の研究をするための結社だ。その者たちが集う塔を魔塔と呼び、建物は次元の狭間にあるという。
魔塔の人間は基本的に魔力の強い無位の者、つまり公爵一族に名を連ねていない者達が集まる。だからと言って魔力が弱いわけではない。魔塔に集う者たちの魔力は庶民でありながらも強い。穿った見方をすると庶民に馴染めないほどの強い魔力を持つから魔塔に行くのだ。
そして公爵一族ではない故に彼らは独自の魔法を展開し、スピカ公国に恩恵をもたらす。その最たるものが浄化石だろう。
魔物を倒すと魔石となる。その魔石を浄化石に加工できるのは魔塔だけだ。その他にも彼らから発信される技術は多い。そのため、魔塔のものは無位ではあるが、邪険にすることは許されない、特別な存在なのだ。
それだけでも厄介なのに、縁を切られているとはいえどアーマンディの弟だ、シェリルは油断のない目をするテシオを見つめる。馬車から降りる姿は流石に公爵家のものだった。そしてシェリルの前で軽くお辞儀をし、直立する姿も堂々として美しい。
ミルバやルーベンスからは市井の人間のようで粗雑だと聞いていたが、実際シェリルが見た姿はまるで違う。
「シェリル・ヴルカンだ」
「聖らかな光の波を生み出したアーマンディ様の騎士であり、空をかける勇猛な竜の騎士であらせられるシェリル・ヴルカン様とお会いできて光栄です。私は魔塔のテシオと申します」
右腕を軽く折り、深くお辞儀をする姿はさすがウンディーネ公爵家のものだ。その指の先までも、見られる事を計算されているようだ。そして口上も見事だ。
まずはシェリルの主人であるアーマンディを出し、次にその地位を讃える。更にシェリル自身が持つ騎士としての最高の名誉、竜騎士であることを言葉に載せる。この年でここまでできる者はそうはいないと、シェリルは顔に出さずに感心する。
「アーマンディ様より謁見の許可が降りている。ついてくるように……」
頷きを返事としテシオはシェリルの後ろにつき、その後ろをルーベンスが歩く。
歩きながらルーベンスがじっとテシオを見ていると、テシオが後ろを振り返り、したり顔でニヤリと笑う。そして声に出さずに言葉を発する。
『お前のねーちゃん、まじ美人』
ルーベンスがそのセリフにギョッとしていると、テシオがいつもの態度で舌を出す。
『何を考えているんですか⁉︎』
ルーベンスがパクパクと声に出さずに怒ると、テシオが指でハートマークを作る。
『惚れちゃうかも……すげー好み、色っぽくて、しかも強いとかマジ最高』
しかもテシオがウィンクまでするから堪らない。焦るルーベンスがシェリルを見ると、やはり気づいているらしい。止まって振り向き、鋭い視線でテシオを威嚇する。
「お前は私の好みじゃないな」
一言だけ言い、フッと皮肉気味に笑い、また歩き出す。
シェリル姉が怒らなかった……ルーベンスはその事実に瞬きを繰返す。
いつもなら規律に厳しい姉は、無礼だと怒りそうなのに。不思議なこともあるとは思う。だけど理解できないわけじゃない。なぜならテシオはアーマンディ様に似ている。だから許す部分もあるんじゃないだろうか。
「それは……残念ですね」
社交辞令的に言うテシオの背中を見つめながら、アーマンディとテシオの濃い血の繋がりをルーベンスは感じた。
◇◇◇
ヴルカン公爵家の2階にある応接間に通されたテシオは、赤を基調とした豪奢なソファに腰掛ける。部屋も全体的に豪華だ。部屋の壁紙はヴルカン公爵家のカラーである真紅をベースとし、黒いオニキスを砕き闇世に浮かぶ星を模して配置されている。ソファの前の一枚板のテーブルには薔薇が描かれた陶磁器のカップ。そしてテーブルの横には直立不動で立つルーベンスがいる。
「まさかルーベンスのねーちゃんが出迎えてくれるとは思わなかったなぁ。だって聖女の騎士様だよ?この国に3人しかいない、階位2位のお偉いさんだよ?俺ってすごいVIP?やっぱり縁を切られていても、聖女様の弟だと違うね?」
ふたりだからと言ってふざけるテシオにルーベンスはため息で応える。
「テシオ様がウンディーネ公爵家の一員として先触れができないから、アーマンディ様がテシオ様を招待する形を取るしかなかったって姉が言ってました。そしてこの国の第1位である主人の客を出迎えるのだから、姉がいるのは当たり前でしょう?」
ルーベンスの答えにテシオは手を叩く。
「せいか〜い!へー、そうやってちゃんと教えてくれるってわけだ。仲良さそうだね、ヴルカン姉弟は」
「そんな事より!さっきみたいな冗談はやめて下さい!姉は礼節にうるさいんですから‼︎」
「その服も大好きなねーちゃんの見立て?」
「――っう……そうですよ!俺……じゃなくて、私はまだ騎士の資格がないから……」
「似合ってるよ。ねーちゃん、趣味良いね。俺もアーマンディ様に服とか選んでもらいたいなぁ」
「あ……」
にかりと笑うテシオに、ルーベンスはなんて返事をすれば良いか分からない。いつもなら誰が相手であっても冷静になれるのに、なぜかテシオ相手にはできない。その理由も分からない。だけどこれは恋とかそう言った感情ではないことは分かる。
「お!来たね」
言葉と同時に立ち上がり、テシオはソファの横に立つ。つまりルーベンスの横だ。近い距離で笑う顔は、やはりアーマンディと近しいところがあると、ルーベンスは思う。
内開きの扉が開き、先んじてミルバが入り深くお辞儀をする。すると次にシェリルにエスコートされたアーマンディが柔らかい微笑みと共に入ってくる。その頬に浮かぶ桃色と同じようなドレスで。
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