第42話 成長
扉の前で、シェリルは深呼吸をする。
ひとつは落ち着いた時に話すつもりだった。もうひとつは予想外だったが許容範囲内だ。そして……今は言えないことがひとつ。
シェリルがノックをすると、少し前とは違うアーマンディの明るい声が聞こえる。扉を開けるとソファに座る笑顔のアーマンディがいた。
着替えたのか洋服はベビーピンクのふわりとしたワンピースに変わってる。ワンピースの上からベージュのロングカーディガンを羽織っている姿は、誰が見ても女性のようだ。
この服はマーシーの選択だな……シェリルはそう判断し、心の中で嘆息する。相変わらず差し出されるままに服を着ているのは、仕方ない事だ。
「かわいらしいワンピースですね。お似合いですよ」
「そう……ですか?マーシーが選んでくれました。後でお礼を言いますね」
「アーマンディ様はどのような洋服がお好きですか?ギネに乗ることも考えて、男性の服も用意させましょうか?」
「え……良いんですか?」
アーマンディは嬉しそうな顔をする。
アーマンディが衣装に興味を持ったことに、シェリルは嬉しくなる。
「では用意しましょう」
「はい!ありがとうございます」
アーマンディは両手を顔の前で重ねて喜ぶ。あくまで女性のような仕草は変わらない。
「それではアーマンディ様、先ほどの続きをお話ししても良いですか?」
アーマンディは頷き、シェリルはアーマンディの正面に座る。お茶を入れるのはアーマンディだ。これだけは自分の意思で習い始めた。
「まずはジェシカ様のことを覚えていますか?」
「はい、アジタート様の前の聖女で、シェリル様のお婆様が聖女の騎士で仕えたと聞きました」
「ジェシカ様は15歳で聖女として立ち、そして20歳の時にアジタートに聖女の座を強引に奪われ、退位しました。そしてそのままシルヴェストル公爵領には戻らず、ヴルカン公爵家でお暮らしです」
「そうなんですか?初めて知りました」
「これは極秘事項です。ですから私が言える情報はここまでです」
何か事情があることを察したアーマンディは、頭の中に沸いた疑問は飲み込むことにした。
「近日中に、祖母がジェシカ様と共にこちらにお見えになります。アーマンディ様さえ宜しければ、ジェシカ様に聖女の技を教えて頂いてはいかがですか?聖女の技を覚えれば魔物の群れを恐れることもありません。その他にも色々な技術――例えばスピカ神のお力を借りて大きな技を使うことも可能です」
「それは――ぜひ!」
快諾するアーマンディ。その姿を見てシェリルは少し心が沈む。この笑顔の後では次に話すことは言いにくい。
「では、次の話です。アーマンディ様はテシオ・ウンディーネをご存知ですか?」
「テシオ……さま……僕の弟がそんな名前だったと記憶してます」
「あなたの弟が今、デネボラの宿にいてあなたに面会を求めています。どうされますか?」
「えっ――――」
アーマンディは先ほどの幸せな気持ちから、絶望に落とされたような気分になる。
聖女となりヴルカン公爵家に後見人になってから、自分の家族を考えたことはなかった。離別した方が家族にとって幸せだろうと思ったからこそ、ヴルカン公爵家を頼ったのだ。自分は栄えある4大公爵のひとつウンディーネ公爵家に生まれた汚物のような存在だ。名誉あるウンディーネ公爵家に殺さても仕方ない存在。
「シ……シェリル様は、どうしたら良いと思いますか?《《わたくし》》は会った方が……良いのでしょうか?」
「私の意見は関係ありませんよ。あなたが、どうしたいかです」
「で、ですが、政治的立場とか……色々とあるでしょう?わたくしは今、聖女としての資質を疑われて不安定な立ち位置でしょうし、例えばウンディーネ公爵家をこちらの陣営に引き入れたいとか……そう言った思惑があれば、会ったほうが良いでしょうし」
「ウンディーネ公爵家を頼る理由はなんでしょうか?そもそもヴルカン公爵家はここ最近は公国王になった事こそありませんが、元々どこにも組みしない一族です。我一族は裕福ですし、何より魔力も強い。公国王ですら顔色を伺わざるを得ない一族です」
「では、会わない方が……」
「テシオ・ウンディーネは出奔して魔塔に入り、一族から縁を切られた人物です。本来ならあなたを姉と呼ぶことも許されず、ウンディーネの苗字も名乗れない人間です」
「縁を……切られた?僕と同じ?」
「あなたは縁を切られていませんが、同じようなものかも知れませんね」
「同じ……」
シェリルはウンディーネ公爵家が、アーマンディを殺そうとしたというアジタートの話を疑っているが、核心のないことは言えないから心の内にしまうことにした。
それにアーマンディに自我が芽生え始めていることにも気付いている。自我が芽生え始めたのであれば、自分で決断して欲しいとも思っている。
「同じであれば……」
そしてシェリルの希望通り、アーマンディは考え始めた。一族から拒否されていると思っていたが、それが偽りである可能性もある。なぜなら自分はアジタートに嘘ばかりつかれていた。もしそうなら、家族に愛されている可能性もある。自分を殺そうとしてなどいないと……。それを知るきっかけになるのではないだろうか。だけど……。
「魔塔に入ることで、縁を切るんですね」
その事実にアーマンディは疑問を持つ。魔塔といえば純粋に魔法を研究するもの達が集う塔だと聞いた。研究のためならスピカ神への信仰も捨てることができる人々の集まり。けれど優秀な人材の集まりだとも。それが縁を切る理由になるとはアーマンディにはどうしても思えない。
「アーマンディ様を含め、私たち公爵家直系のものは当然魔力が強いです。その魔力は領民や国を守るために使われるもの。それが私が子供の頃から習っている公爵一族の義務です。魔塔に入るということは、その義務を放棄するも同然のこと。どのような事情があれ、縁を切られても仕方がないのですよ」
「そう……なんですね」
それはアーマンディは知らない事実だ。そしてそう言った事情で縁を切られたのであれば、納得せざるを得ない。
「……会っても……良いのでしょうか?」
ちらっと上目遣いでアーマンディはシェリルを見る。
自分なんかが勝手を言って良いのか、アーマンディは不安で仕方ない。決めてくれれば良いのに……そう期待混じりでシェリルを見ても、赤い瞳は優しく光るだけだ。きっと決めてはくれないだろう。
「……会いたい……で…す」
「分かりました。手配しますね」
怒っているんじゃないかと疑い、アーマンディはシェリルを見る。だけどシェリルの表情は変わらない。そうなると不安になる。
シェリルはアーマンディが希望を言ってくれたのが嬉しくて仕方ない。こうして自分の意思を積極的に言って欲しい。もっとわがままになって欲しい……とは思うが言えば負担になることは分かっている。
「いま……父が祖母とジェシカ様を迎えに行っています。領内は安全ですし、祖母も歳をとったとはいえ、まだまだ強いですが、なにがあるか分かりませんので」
「そう……なんですね?」
アーマンディは突然変わったシェリルの話の意図が分からず、訝しがりながらじっと見る。シェリルは少し話しにくそうだ。
「父が戻って来たら、あなたに話があります。どうか聞いて下さいますか?」
「ええ……もちろんです」
何かは分からない。でもその決意が込められた視線にアーマンディの心臓は、期待するように大きく跳ねた。
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