第41話 目覚め
目が覚めた時、一番初めに見えたシェリルの赤い瞳は、潤んでいた。
「あなたは丸一日寝ていました。もう目覚めないのではないかと……私は気が気ではありませんでした」
シェリルは震える手を必死に誤魔化し、アーマンディを抱き起し、コップをアーマンディに渡す。
アーマンディは寝ている間、ずっとうなされていた。謝罪の言葉を述べ、涙を流しながす姿を、ずっと見ていたシェリルは、幼い頃から暴力を受け続けていた人間の恐怖の根底を見た。自分が受けていないとしても、彼には自分が受けているように思えたのではないだろうか。そう想像するとこれ以上はアーマンディの前では戦わないようにしようと、シェリルは決意していた。
「僕は……確か海岸で……」
「ええ、魔物が現れて、私が気がついた時あなたは過呼吸を起こしていました。申し訳ありません、あなたを闘いに巻き込んでしまい……」
「いいえ、仕方ありません。あの時は周囲の人々の安全も守らなければいけませんでした。僕の方こそ倒れてしまって申しわけありません。情けないですね」
「いえ、情けなくなどありません。私の配慮が足りませんでした。今後は私ひとりで戦いに赴きます。アーマンディ様は安全なところでお待ちいただく体制を――
「ま……待ってください!それは――いやです」
シェリルの言葉を途中で遮り、アーマンディはシェリルの腕を掴む。自分でもなぜこんなに必死なのかは分からない。
「気絶してしまったことは申し訳ないと思っています。ですが、僕を置いていかないでください。もっと頑張りますから!気絶しないようにしますから――だから‼︎」
シェリルはアーマンディの勢いに驚き、手を振り解くこともしない。ただ、必死な色を映す群青色の瞳に見惚れるばかりだ。
「――だから?」
「――だから、だから置いていかないで……ください」そう言って泣き出すアーマンディに、シェリルは戸惑うばかりだ。自分の予想が違っていたのかと考えざるを得ない。
「アーマンディ様は、戦う姿を見るのが嫌だったのでは?」
「違います!シェリル様が――怪我をしたらどうしようと、最悪、亡くなってしまったら……それが怖くて」
「――どうしてそう思ったの……ですか?」
「どうして?」
首を傾げるアーマンディは無自覚だが、実は自分を恋しく想ってくれているのでは、そう考えないと不自然なほど必死だと、シェリルは嬉しく思い始めた。
生きることに必死で辛い過去を背負ったアーマンディに、自分の思いをぶつけるのは間違いだと、シェリルは常に一線引くように心がけていた。聖女の騎士の役割だの、自分の騎士としての名誉などといった言葉は、そのためだ。
「どうしてと言われましても……それは……ネリーと同じように、シェリル様を大事に……思ってるんだと思います。シェリル様が僕の騎士になって下さって、僕を守ってくれていますが、それだけではなく、世界を広げてもらいました……あ、その、僕なんかに大事に思われても嬉しくないかも知れませんが、でも、とても感謝していて……だから失うのが怖くなったんだと……」
アーマンディは頑張って言葉を繰り出そうとするが、なぜか上手く言語化できない。初めはシェリルを真っ直ぐ見ていたのに、段々と視線を背けていく始末だ。
言葉を紡げば紡ぐほどに混乱していくアーマンディと共に、シェリルも段々と分からなくなっていく。
ネリーの一緒となれば、ただの家族枠の扱いだ。となるとそこにある気持ちは、シェリルのものと大きく違う。
だが、アーマンディの心はまだ幼い、体だけが成長した子供のようなものだ。だったら、洗脳し、自分だけに依存させることなど容易いだろうが、それは違うだろう。
一瞬、湧いた邪な気持ちを追い払うように、シェリルは、主人を慕う騎士の表情を作り出す。
「ありがとうございます。私を思って頂けているようで、とても嬉しいです。アーマンディ様のお気持ちが分かったところで、改めて相談があるのですが」
「……相談ですか?」
すっかり涙が乾いたアーマンディがきょとんとした瞳をする。
「ええ、その前にお食事をしましょう。あなたは丸一日、寝ていました。お腹に何かいれないといけません。食事の後にゆっくりお話ししましょう」
頷くアーマンディを見届けて、シェリルは部屋を出て行く。廊下を歩くとミルバがすっと出てきた。
「ルーベンスか?」
「はい、まずはご報告を」
「分かった。だがアーマンディ様がお目覚めになられたので、先にお食事を。母上は?」
「アリアンナ様は公爵様と共に、ノワール様方をお迎えするためにお出かけになられました」
「そうか、ふたりでお祖母様方をお迎えに行ったんだったな。となると帰宅は一週間後くらいか」
「はい、アーマンディ様には?」
「食事の後で伝える。お前が食事を運べ」
「かしこまりました」
ふたりは早足で廊下を進む。現在、シェリルの階位は2位だ。アーマンディの聖女の資格がある限り。
◇◇◇
「ルーベンス!」
ノックをすることなくルーベンスの部屋に乱入したシェリルが見たものは、土下座しているルーベンスだった。
「……ごめんなさい!」
「っ――お前!これから騎士の資格を取ろうとするものが、易々と情報を漏らしてどうする!」
「――ごめん……なさい」
土下座をした背中が小刻みに震えている。声もだ。
「泣いても、時は戻らないぞ?」
「ごめんなさい……」
どうやら十分に反省しているようだ……そう思うとシェリルもルーベンスを許すしかない。なんだかんだ言ってもかわいい弟だ。
「なんだって情報を漏らしたんだ。ミルバが言ってたぞ、言葉で否定していても態度でバレバレだったと。お前らしくないとも言っていた。いったいどうしたんだ?テシオに何かされたのか?」
シェリルがルーベンスの腕を引いて立ち上がらせると、涙でぐしゃぐしゃになった顔が見えた。
ミルバに言われたことで、ルーベンスは改めて自分の行動を振り返った。まるで子供のようだったと反省をするばかりだ。更にシェリルが部屋にやってくる気配を感じ、パニックになり泣いてしまった。
「シェリル姉……俺、どうしたら」
「どうもこうも、相手はアーマンディ様の弟だ。正直に言うしかないだろう?」
「だって、アーマンディ様の家は俺ん家と違って、仲悪いんだろう?アーマンディ様は産まれてすぐに両親に殺されそうになったって聞いたよ」
「それはどうだろうな、所詮アジタートの言っていたことだ。アーマンディ様が聖女の儀と、夜会の際に着用された衣装は、どう考えてもウンディーネ公爵家が用意したものだろう。しかもヴェールはアーマンディ様のお母上、アントノーマの作品じゃないのか?彼女の作品は繊細で美しかった。アーマンディ様のヴェールを見た時に良く似ていると思った」
「テシオ様を見ていても……家族仲が悪そうには思えなかった……。アーマンディ様のこと姉様って言ってたけど……」
「姉……か。テシオはミルバがから油断できない人間だと報告を受けた。大丈夫なのか?普段だったら一歩ひけるお前が子供ような態度だったと」
「……………それなんだけど、シェリル姉に相談があって」
「相談……そういえば前にも悩みがあると言っていたな。なんだ?」
ルーベンスをソファに座らせ、シェリルはその横に座る。ルーベンスは真剣な顔でシェリルを見る。
「シェリル姉!一目惚れってどんなだった?シェリル姉はアーマンディ様を見て、初めは女だと思っていたのに、それでも好きだって思ったの?それでも良いって思ったの?それとも初めから男だって分かったの?」
これだけ矢継ぎ早に質問してくれば、誰だって分かる。シェリルは驚きを隠さず、弟を見つめる。
「お前……テシオに一目惚れしたのか?」
「それが分かんないんだよ!なんか違う気がするし、でもそんな感じもするし、なんか分からなくて」
「勘違いじゃないのか?感覚的に分かるぞ?いや、私もアーマンディ様を見た時に自分の感覚を疑ったが、抗えない何かを感じた。それでも仕方ないと言ったら自暴自棄な言い方になってしまうが、そう思うしかなかった」
「そうなんだ……じゃあ違うのかな。良かった……俺、これから騎士の資格を取らなきゃいけないし、恋とか愛とかに惑わされたくないし、それにテシオ様が相手だと思うと怖いよ。あの人なんか変なんだよ。礼節を弁えているようで弁えてないし、いっつも俺のことからかうし、しっかりしてるようなのに、どこか寂しげで……しかも魔力切れ起こして倒れている間、ずっと泣いてたんだ……ごめんって。その姿が辛そうで」
「……同情と一目惚れを勘違いしたのか?」
「そうかなぁ……俺、そんなに感傷的かなぁ。なんか違うんだよなぁ」
「まぁ、仕方ない。アーマンディ様もかなり回復された。今は精神的にも落ち着いていらっしゃる。あの方のことも含め私が話をしよう」
「うん、ありがとう」
「代わりに毎日ギネを洗えよ?」
「うぇ〜、ギネって俺のことが嫌いでしょう?また尻尾で叩かれるよ……」
それが狙いだとシェリルは答えず、ルーベンスの部屋を出る。次はアーマンディの部屋だと思いながら。
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