第39話 遭遇
白い砂浜は美しいが、パンプスの細いヒールが沈むと知った。シェリルに言われて靴を脱いでも、足はズブズブと沈む。
恐る恐る寄せ打つ波に近付いたら、思ったよりも水は温かった。そして更に足は沈む。
しょっぱいと聞いていた海は確かに塩っぱかった。砂浜に落ちていた貝殻は美しく、ネリーのお土産にしようと幾つか拾う。
本で見た世界は所詮、知らない誰かの感じた感覚でしかなく、実際に自分が感じる事とは大きく違うとアーマンディは思った。
「シェリル様……海って楽しいですね」
「そうですか、それは良かったです」
子供の様にはしゃぐアーマンディを見て、シェリルは来て良かったと思っていた。17歳の彼に足りないのは経験だ。もっと色んなところへ連れて行こうと心の中で計画を練る。
海の次は畏怖する気持ちになる様な緑深い山だろうか。高い所から落ちる雄大な滝も良いかもしれない。もしくは神秘的な輝きを放つ鍾乳洞か。
今だに与えられるまま服を着ている彼の好みは分からない。男性の服が良いのか……それとも女性の服が良いのか……それすらも不明だ。
そういう意味では市井に買い物に行くのも良いかもしれない。通常の公爵家では市井に買い物に行く等あり得ないが、シェリルの母の生家は商売を営んでいる。母方の祖父の家に遊びに行くのも良いかも知れない。
今なら平和だ。だが、この平和は長く続かないような気がしてならない。
祖母があの方と共に近日中にやってくる。その時には自分が隠してきた真実も言うべきだと思っている。
「父に誓約を外してもらわなければ……」
独りごちると、ため息も合わせてついてきた。シェリルの心情を察するようにギネが顔を寄せてくる。
「お前はいつも優しいな」
クルルと鳴くギネを撫でていると心が落ち着く。アーマンディはまだ貝殻を探している。何がそんなに楽しいのかと思うが、自分だって子供の頃には拾っていた。
「シェリル様、貝殻をいくつか拾いました。帰ってネリーに見せたいのですが」
「分かりました。もう良いのですか?まだ時間はありますし、この近くに我が家の別荘もあります。泊まることもできますよ」
「あ、でも、ネリーがきっと寂しがるので……」
寂しいのはネリーではなく、アーマンディだろうとシェリルは思ったが、口に出さずに微笑んだ。
「では次はネリーとともに来ましょうか?泳げますよ」
「泳ぐ?良く分からないですが、ネリーと共に来たいです」
「そうですか……では――‼︎」
シェリルは周囲1キロに渡って、敵が探知できるよう探知網を広げている。それに何かがひっかった。シェリルの感情を感じ取るギネは、グルルと呻き声を上げる。シェリルも腰に刺した剣の柄に手をかける。
「アーマンディ様、私から離れないでください。魔物が近づいてきます」
「え⁉︎」
アーマンディは恐怖で青ざめる。魔物の話は聞いていた。だけど見たことは当然ない。
「魔物は……良く出るんですか?」
「出ないとは言いません。魔物はどこにでも出ますから。だが珍しいです」
「だ……大丈夫ですか?ギネで逃げた方が……」
「ダメです。それでは周辺の領民に被害が出る可能性があります。アーマンディ様には申し訳ありませんが、ここで倒します」
シェリルは剣を抜き、アーマンディに笑顔を向ける。
「大丈夫です。私を信じてください、あなたには一ミリたりとも触らせませんよ」
「そういう……意味では――
アーマンディの言葉は、獣の様な咆哮によって掻き消された。そこでアーマンディは気づいた。自分達の近くに瘴気を放つ魔物の集団がいることに――。
「ギネの近くに……」
シェリルが魔物の集団に向かっていくと同時に、周辺には魔法陣がいくつも生じた。ギネはアーマンディを守るように自身の身体の後ろへ隠そうとする。
「ギネ――でもシェリル様が」
シェリルは大丈夫だというが、それでも女性だ。強いと言ってもあれだけの数を相手にできるのだろうか……。魔物は視認するだけでも30体ほどいる。魔物の体からは黒い煙が上がっている。その煙が瘴気なのだろう、なんだかとても嫌な気配がし、アーマンディの身体は恐怖から震える。
怯えるアーマンディとは違い、シェリルは久しぶりの実戦に心が躍っていた。
聖女の騎士としてアーマンディと共にいた1ヶ月は、充実してはいたが、やはり物足りないものもあった。
もちろん、自由がなくなる事は承知の上だった。人に仕えると言うことは束縛される事だ。だからこそ自分が嫌う類の相手であれば、最悪だと思っていた。それが自分にとって唯一の人だった事は幸いだ。
だが、それとは別に戦いに身を投じたい自分がいることも確かだ。戦っている自分こそが自分であると思える時もある。それこそがヴルカン公爵家に生まれた人間が負うべきものだと!
大きな咆哮が上がると同時に飛びかかってきたのは、魔物の群れで一番素早い犬の姿の魔物だ。シェリルに向かって5匹、走ってくる。向かえ打つようにシェリルも走り、飛んできた先頭の魔物を横の一振りで倒す。アーマンディを狙うように、上を飛ぶ魔物には、展開していた炎の魔法を浴びせ燃やし尽くす。左横から飛んで来た魔物を膝を折り、避けると、狙いすましたように違う魔物が下から牙を向けて来る。身体を回転させて、下の魔物を切ると同時に、左から右に移動して来た魔物の腹を切り、一歩踏み出して、後ろにいた魔物を真っ二つにする。
「この程度か?」
剣を横に振ると、倒した魔物の瘴気が、浄化石に吸い込まれるのが見える。この瞬間だけは、瘴気が美しく見えるから不思議だ。
次々に魔物を倒していくシェリルを、アーマンディはギネ越しに見ている。始めて見る魔物は恐ろしく、魔物を倒れた後に広がる瘴気は、黒々として見ているだけで気持ち悪くなる。
「あれが……魔物……」
震える手でギネの身体を触ると、大丈夫と言うようにギネが頭を寄せて来た。
「怖い……あれが瘴気……」
舞うように魔物を倒していくシェリルを、心強く感じるよりも恐怖が先に立つ。
シェリルの元に向かって走る、長い首と頭がふたつある魔物の身体は、とても大きい。その牙は大きく、シェリルの頭など一飲みしてしまいそうだ。シェリルに向かって攻撃するように頭を伸ばしてきたが、それを避け、上から首ごと切り落とした。そしてもうひとつの首もあっさり切り落とし、炎の魔法で身体を焼きつくしている。魔物を焼く匂いがアーマンディの元までやってくる。
「き……気持ち悪い……ギネ……」
手で口を覆い、ギネにもたれかかる。身体の末端から冷えていく感じがする。血の気が引くとはこの事だろうか。視界もボヤけて、シェリルの姿も見えなくなる。
「ギネ……僕……」
シェリルが心配だ。ここで気を失ってはいけない。足手まといになってしまう。
自分がどれだけ傷つけられても、気絶した事はそんなになかった。だけど……今は何か違う感情が支配して、視界が歪んでいく。心臓がひどく痛み、胸を強く押さえてもその痛みは消えそうにない。
「シェリル……死なないで」
目から涙が溢れる。もう何も見えない。当たり前のようにしていた呼吸ができない。
失いたくない人が、これ以上増えるのは、耐えられない。だけど、求めずにいられない。彼女なしでは生きられない……。
暗くなる意識の中、見えたのは、こちらを見て驚く彼女の姿。
「最後‼︎」
シェリルは言葉と共に魔法を展開させた。
後ろに控えていた一番大きな魔物がボス格だったらしい。生意気にも魔法を打とうとしたので、炎の柱で焼きつくした。
剣を大きく振って、鞘に収めるとカチリと音がした。浄化石にまだ余裕がある事を確認して、振り向くと、ギネにもたれかかっているアーマンディが見えた。
「は⁉︎敵は行ってないはずだぞ?」
1匹たりとも後ろへ行かせなかった。そして周辺に敵がいないことも確認済みだ。
慌てて掛け出すと、ギネにもたれかかっているアーマンディの顔は真っ青だと言うことが分かった。さらにずるずるとギネの身体を伝い、落ちていく。
「アーマンディ様!」
地面に落ちる寸前で受け止めると、荒い息遣いをしている事が分かった。
「過呼吸か⁉︎」
新人の兵士が戦場でなるものだ。
「回復……魔法を……」
そう、良く見ていた症状だ。今までは情け無いと思いつつ回復させていた。良くある事だ。なのに頭がうまく働かない。回復魔法を起動できない。
「クソ‼︎」
なんて情け無い‼︎この程度の事で、動揺するとは…………。
アーマンディの過呼吸は更に酷くなる。察したギネが尾でシェリルの頭を叩く。しっかりしろとシェリルを励ます。その痛みと言葉でシェリルも冷静になり、回復魔法を発動できた
「……ギネ、ありがとう!」
落ち着きを取り戻して起動させた回復魔法はアーマンディの呼吸を和らげ、通常の呼吸へと戻す。そしてそのままアーマンディはシェリルの腕の中で眠りにつく。
「ギネ!帰るぞ‼︎超特急だ‼︎」
ギネが答えるように大きく鳴いたので、シェリルは背中に飛び乗った。
毎日投稿頑張ってます。
応援よろしくお願いします。




