第37話 対話
「アーマンディ様、ご気分はいかがですか?また食事を残したと、ルーシーが嘆いていましたよ?」
部屋に入ったシェリルの目に映るのは、目に大きな隈を作り、ソファに座るアーマンディだ。昨日はベッドから起きられず、ずっと泣いていた。それに比べれば今日は良い傾向だとシェリルは安堵する。
「申し訳ございません、食べなければと思うのですが、なぜか吐いてしまうのです」
アーマンディは目を伏せる。あくまでシェリルと視線を合わせるつもりはないらしい。
「無理をしないで良いと思いますが、このままではあなたの体が弱ってしまいます。食事は生活の基本ですよ。私としては少しでも召し上がって頂きたいのですが……」
「……つっ、申しわけございません」
また、この状況だとシェリルは目を細める。ここからのパターンは分かっている。分かっていてもイライラする自分がいる。いや、分かっているから苛立つのだ。
「シェリル様……考えてくださいましたか?わたくしとの解約を」
「また――それですか?私にその気はないと何度も申し上げたはずです」
「ルージュ様に言われて気づいたのです。やはりわたくしのような、男なのに聖女の資格を持っているような人間には、シェリル様は過ぎた存在です」
「その話も何度も聞きました!その度に言っていますよね⁉︎スピカ神に頂いた力はなんですかと⁉︎あれは、夢だったとでも?スピカ公国中に歓喜の声を届けたスピカ神のお力を、なかったことにする気ですか?」
「ですがきっとスピカ神もわたくしを見捨てられたはずです。わたくしは自分で自分の腕を……。どうして、どうして、あの時わたくしを助けたのですか?わたくしは聖女にふさわしくない――こんな出来損ないな、聖女でありながら男だなんて――」
こうやって最終的には助けたことを責められるのが辛いとシェリルは思う。どんなに言葉を尽くしても分かってもらえない。生きる気力がない。自分に自信がない。そんな主人相手にどうすれば良いのか……。
ルーベンスが言うように私を捨てて、騎士としての立場で一歩引いて慰めようと何度もした。だけど言葉が届かない。思いが届かない。むしろ主人であるアーマンディの希望は死だ。その希望だけは叶えられない。
アーマンディが書いたシェリル宛の手紙には、一緒に過ごした1ヶ月間の感謝の言葉が溢れていた。だがシェリルにとって、それらはこれから始まる普通の日常の前段階で、アーマンディにはこれからもっと幸せな日々を過ごしてもらう予定だった。なのにその前段階がそれほど幸せだったとは……。
そしてそんな日々に感謝する手紙には、くれぐれも後を追わないようにと書かれていた。それが心に突き刺さり、徐々に血が流れて行くように痛い。
「また……死んだ方が良かったと……そう言うのですね」
「――ぅつ、そうです。わたくしは死んだ方が人々のために良いのです」
アーマンディは知らない。アーマンディが自殺した際に中央都市ミネラウパが闇に包まれたことを。突如暗くなった空に天から怒りのような雷鳴が鳴り響いていたことを。
そしてその状況を知らないアーマンディは泣く。自分の存在を受け入れることができないために。
シェリルは分かっているからこそ苛立ちを抑えきれない。
アーマンディの存在は、他の誰でもないスピカ神に認められているということを。だからこそ、生きなければいけないと言うことを伝えれらない自分の不甲斐なさに苛立つばかりだ。
このふたりの最近の状況は常にこうだ。シェリルは気鬱なアーマンディに対応できず、アーマンディはシェリルの励ましの言葉に耐えられない。
そして泣き出すアーマンディを茫然自失な状態でシェリルは見続け、居た堪れなくなり、部屋を出ていく。これが最近のパターンだ。
だが、今日はそれはやめたい……シェリルがそう決意した時、ネリーの言葉を思い出した。
「アーマンディ様、座っても?」
アーマンディは言葉を出さずただ、泣きながら頷くばかりだ。シェリルはその横に座り、そしてアーマンディを抱きしめた。突然抱きしめられて驚いたのはアーマンディだ。予想だにしていない状況に、思わず声をあげ、更に離れようと体を捻るが、ひ弱なアーマンディではシェリルの力に対抗できない。
「し……シェリル様!突然、何を――わ、忘れているかも知れませんが、僕は男ですよ!」
「忘れてはいませんよ。ですが、ネリーが言ってました。アーマンディ様が元気がない時はぎゅーっとしてあげると笑ってくれていたと」
「そ――そんなことを?でもネリーは子供で――
「その子供に心配されているのはアーマンディ様ですよ?そして私も心配しています。だから元気が出るまではこのままでいます」
「――――っ」
アーマンディはシェリルの体になるたけ触らないように注意をしながら、肩を押すがやはりびくともしない。こうなると自分の非力さが嫌になる。だが、同時に温かい気持ちに包まれ、安堵すると共に、恥ずかしい様な、くすぐったい様な複雑な気持ちが、暗い気持ちを押しやっていく。
「アーマンディ様、世の中には様々な価値観があります。ソニアは男性が聖女であっても良いと言っていたでしょう?大神官も同じ気持ちでした。そして私も同じ気持ちです。ですが、あなたは男でありながら、聖女である自分は生きる価値がないという。スピカ神のお力を頂けるほどのお力があっても価値がないという。生きている価値がないから死にたいと言う」
「……そ、そうです、僕には生きる価値がありません。意味もありません」
「価値も意味もありますよ。あなたはこんな状態でも護国水晶玉と浄化石の浄化は欠かさない。あなたが死んでしまったら、できる人がいなくなってしまいます。そうなるとこの国は終わりです。それでもあなたは死にますか?」
「それは……」
アーマンディには言葉が出ない。アジタートが捕まっている今、確かにできるのは自分だけだ。自分は死ねば終わりだが、それで罪もない人々が苦しむのは違う。
「そしてこれは前にも言いましたが、あなたが死ねば私も死にます。聖女と聖女の騎士が揃って自殺するなんて長い歴史を持つスピカ公国でも初めての醜聞ですね。逆の意味で名を残すことができそうです」
「そ――それはダメです。やめてくださいと手紙を書きました!それだけは‼︎」
アーマンディはシェリルの顔を見ようと、再び腕に力を込め精一杯体を離そうとするが、やはりシェリルはびくともしない。それだけの決意がシェリルにはある。
「あの手紙は燃やしました。燃えた手紙は無効です、意味がない」
「そんな……卑怯です。自分の命と、スピカ公国民の命を天秤にかけるなんて……」
「ええ、卑怯ですね。分かっています。分かっていても言ってるんです。ですがこれが事実です。あなたの命はあなただけのものではないのですよ」
そう言われたらアーマンディは黙るしかない。そしてそれが真実だと分からないほど、馬鹿ではない。
「では……誰か他の聖女が現れたら……僕の役目は終わりで良いですか?」
「……そうですね……あなたより若い、スピカ神に認められるような別の聖女が現れたら……」
「スピカ神に認められる聖女は滅多に現れないと……そうシェリル様は言ってましたよね?」
「ええ、そうです。あなただって、それが分かっていながら死のうとする。卑怯なのはお互い様ですね」
シェリルの言葉には更に黙るしかない。アーマンディは確かにスピカ神に声をかけてもらった。一度だけではあったけれど、あの優しい声と言葉を思い出す。
聖女就任の儀の際、夢のような状態で受けたスピカ神のお力が公国全土に広がっていく姿が実はアーマンディには見えていた。自身がその波に乗り、人々の心を力付け、癒す様子も分かっていた。
そして聞こえた鈴のなるような優しい声を思いだす。その優しい声に願いを聞かれた。自分は願った。その答えは……。
「シェリル様……申し訳ありませんでした」
「まだ、謝りますか?私ではなかなか癒せないようですね?もっと強く抱きしめましょうか?」
「い……いえ、その違います。いや、違わないんですが、死ぬことばかり話してしまい、それを申し訳ありませんと言いたくて」
「思い直してくださったのですか?」
シェリルがアーマンディから離れ、じっと見つめてくる。真っ直ぐな赤い瞳に射抜かれるようで、アーマンディの鼓動が早くなる。顔を背けたいと思うが、その目に映る自分を見ていたいとも思う。ふたりだけ空間が、逃げだしたいほど嫌なのに、でも逃げ出したくない。
矛盾ばかりの自分に戸惑って、アーマンディが返事をできずにいると、不思議な面持ちのシェリルが首を傾げた。
「アーマンディ様……顔が真っ赤ですが大丈夫ですか?強く抱きしめすぎましたか?」
「だ――大丈夫です!その――いい加減離してください!僕は男ですよ!」
アーマンディ的には強く憤って見せたつもりだが、シェリルは何事もなかったかのように笑う。その子供をあやす様な笑みにも、心臓が強く音を立て、頭の中は混乱し、何を言うのか、何を言うべきなのか分からなくなっていく。
「ああ、失礼?では、思い直したと思って良いのですね?」
「はい、スピカ神のお力とお声を思い出しました。僕は、スピカ神に祝福のお言葉を頂きました。それを忘れてしまうなんて……」
「やはりスピカ神のお声を聞かれていたのですね。スピカ神はなんと?」
「私の愛おしい子……聖女アーマンディに祝福を……そう仰っていました」
アーマンディは願いのことは秘密にした。なぜか言いたくない。
「スピカ神のお力を頂いた聖女は、願いを叶えて頂ける聞きました。アーマンディ様は何をお願いしたのですか?」
「――あ、それは秘密です。わたくしとスピカ神の」
アーマンディの一人称が『わたくし』の時は壁がある時だ。そもそもシェリルの祖母は聖女の騎士だ。そして祖母は自身が仕えていた聖女ジェシカの願いを知っていた。それを思い出すとシェリルの気分は良くない。
「先ほどネリーに言われました。聖女じゃなくても、男でもアーマンディ様のことが好きかと」
「え……それでシェリル様はなんと?」
期待に満ちた瞳でアーマンディはシェリルを見る。本当だったら、秘密ですとシェリルは答えるつもりだった。アーマンディ様がスピカ神への願いを教えてくれないのに、自分が教えるわけがないと……子供のような意地悪をするつもりだった。だけど、すがるようなアーマンディの瞳を見たら、そんな言葉は言えない。
「変わらず好きだと……そう答えました」
「――――っつ」
赤い顔を更に赤くし、両手で顔を隠すアーマンディを見て、まるで告白の様だと自覚したシェリルは視線を窓の外に移した。まだ、昼前だ、そして変わらず外は良い天気だ。
外の景色を見ることにより落ち着きを取り戻したシェリルは、まだ真っ赤になり顔を隠したアーマンディを見る。
先は長い。ゆっくりやっていこう。
「では騎士の契約も続くことですし、アーマンディ様、気晴らしに少し出かけませんか?」
「気晴らし……ですか?でもどちらへ?」
隠した指の間からチラりと覗き見ながら、アーマンディは好奇心を浮き彫りした目をシェリルに向けた。
これはかなり前向きだと思ったシェリルは、満足そうに微笑んだ。そもそもアーマンディは学ぶことに貪欲だ。普通に育っていたら、それこそ世界を揺るがすほどの優秀な聖女になれただろう。
「アーマンディ様は海を知っていますか?」
「海…大地の果てにあるもので、隣国に行くためには海を進まなければいけないと本にありました。塩っぱくて、そして果てしなく大きいと」
だが、残念ながらアーマンディに与えられた本は幼児向けばかりで、知識に偏りが多い。アジタートによりかなりの制限を受けていた証だ。
「そうですね、これから行きませんか?飛竜に乗って」
「飛竜?図鑑で見ました。ですが、凶暴で人が乗れるものでないと、自分が認めた人間しか乗せないと、シェリル様は乗れるんですか?」
「ええ、私は竜騎士の資格も持っていますから」
事もなさげなシェリルの姿に、アーマンディは改めて思った。本当にこんな優秀な人が自分の騎士で良いのかと……。
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