第36話 ヴルカン公爵本邸
「アーマンディ様はどうなのよ?」
ルーベンスがシェリルに問いかけると、シェリルは暗い顔で首を振る。その姿にルーベンスはため息をついた。
アーマンディは発見が早かったこともあり無事だった。アーマンディを回復させたシェリルは、そのまま避難路を使いヴルカン公爵別邸へ戻った。幸いなことに追手は来なかった。
実は外から聖女の館に入る方法はあった。それは大神官のみが知る事実だった。アーマンディを助けたことを知った大神官は、その方法を使い聖騎士を伴って聖女の館に赴いた。
武力で制圧し、素知らぬ顔でアーマンディの部屋に入り、再び戻ったシェリルにローブを被せ連れ出すことで、アジタートの魔の手からアーマンディを救ったと周囲に思い込ませた。
アジタートとその一派は捕えられ、今は大聖堂にて軟禁状態になっている。それは兄のグレンプレスも同様だ。
聖女を傷つける事は重罪だ。本来であれば公式な場で裁くべきだが、ふたりはアーマンディが男性であることを吹聴しかねないので、軟禁状態にしている。
大神官やソニアは聖女が男性でもなにひとつ問題ないと言うが、世間はそうはいかない。
まだアーマンディが聖女として立って1ヶ月。ここで醜聞が立つのはアーマンディにも、聖女の騎士であるシェリルにも良くないということで、極秘とされた。
アーマンディが自殺したことはシェリルのみが知ることで、皆には精神的疲労で倒れたと伝えた。大神官やイリオスは目が虚のまま、ベッドから起き上がれないアーマンディを見ることで、その言葉に納得し、まずは騒乱のあった聖女の館を離れるべきだろうと判断した。
そこでシェリルはアーマンディを連れ、休暇という名目でヴルカン領へと戻ってきた。
そしてあの騒乱から一週間が経った今、アーマンディは起き上がれるほどに回復したが、部屋に篭って出て来ようとしない。ネリーが声をかけても塞いだままだ。
自死に至るほどの状況だったから仕方がないことなど、シェリルだけは分かっている。だから必死に声を掛けるのだが、うまくいかない。
結果、アーマンディにかける言葉も定例文のようになってきている。どうやって慰めれば良いか迷うばかりで落ち込み、中庭にある東家で沈んでいたら、そこにルーベンスが心配顔でやってきたのだ。
「なんというかさ……あの美貌で男〜?って感じではあるんだよね。だってヤバくない?俺、あんな美人を産まれて初めて見たよ。シェリル姉に聞いても今だに信じられないもん。近寄り難たいよ」
シェリルは大きくため息をつく。弟の意図が分からないほど、鈍感ではない。
「それで私を慰めているつもりか?」
「……やっと喋った。ずっとダンマリで屋敷も暗くなるし、嫌になるよ。父上と母上も中央都市から帰って来たのに、慌ただしくしてるし、俺はなんだかつまんないよ」
「ああ……すまない。つまりお前は寂しかったんだな?」
「そうは言ってないでしょう!?だから――さ、ああ、もう、元気出してって言うか……もう――この空気がヤダ!せっかく、想い人が現れたって言うのに、しかもあんな綺麗な人だって言うのに、なんなの⁉︎もう、ヤダ‼︎」
「あ――、分かった、分かった。寂しんだな?では、どうすれば良いんだ。一緒に鍛錬するか?それとも、また魔獣退治に出かけるか?」
「嫌だよ!それはいつも嫌だって言ってるだろう?シェリル姉と行ったって、こき使われるだけだって知ってるからね!イジメかよ!」
「じゃあどうすれば良いんだ?」
「シェリル姉が元気がないのは、アーマンディ様が元気がないからだろう?アーマンディ様だって、ひとりで部屋に篭ってクサクサしてたって、良くなるわけないじゃない!俺と出かけるんじゃなくて、アーマンディ様と出かけなよ!」
一生懸命に元気づけようとして空回りしているルーベンスは健気で、かわいく思えた。その必死な姿にシェリルも笑みが漏れた。
「出かけると言っても……アーマンディ様事態が外に出ようとしないし……」
それに最近、シェリルが部屋に行くとアーマンディはいつも同じ事を言う。それがシェリルには耐えられない。
「そこをなんとかするのが騎士の役目でもあるんじゃない?今回のことは俺も父上から聞いたよ。でも父上だって、あれは仕方がなかったって言ってたよ。起こってしまったことを悔やむことも必要だけど、今はふたりで生きてここにいるんだから、前を向く努力をしようよ。俺は自信たっぷりで、尊大なシェリル姉が好きだよ。塞ぎ込んでるシェリル姉は見たくないよ」
「分かってはいるんだが……なかなか思うようにはいかないんだ」
自信なさげな表情をするシェリルを見て、ルーベンスは必死に捲り立てる。
「守るっていうのは、身体だけじゃなく心もだって教本に乗ってたよ。私を捨てて、忠義のために生きることが騎士道だって。俺は、シェリル姉ならできるって信じてる。好きな人のために、今は騎士になれるって、無私になれるって信じてる!」
ルーベンスは必死だ。そしてそれに応えないほど、シェリルは子供ではない。
「お前が騎士道を語るとは……な。そうか、そろそろ試験か」
「来月だよ!だからこの空気なんとかしてよ!試験勉強したいし、お婆様ももうすぐ来るって言うし、俺だって色々あるのに、誰にも相談できないし!」
「相談?なにか……
「いいから行って‼︎」
最終的にはヤケクソのように叫んだルーベンスに、シェリルは黙るしかなくなった。ルーベンスの肩に置こうとした、行き場のなくなった手を裏返し、じっと見る。
心を守る……分かっているはずなのに、出来ていない自分がいる。履修したはずの騎士道は所詮、知識でしかなく、実際やるのは難しい。
「……アーマンディ様は海を、ご覧になった事はないはずだ」
「翼竜が寂しそうだよ」
シェリルは見ていた手をふたたび動かし、ルーベンスの収まりが悪い髪を、をぐしゃぐしゃにする。
「やーめーてー‼︎」と騒ぐ弟の額に口付けし、そしてそのまま後ろ手に手を振りながらアーマンディの部屋に向かう。
重い気持ちを隠しながら……。
◇◇◇
アーマンディの部屋はシェリルの部屋の横になった。シェリルの部屋は5階建ての真ん中の3階。南東の部屋だ。その横の南向きの部屋を急遽アーマンディの為に用意した。
本来なら公爵邸で一番豪華な客室を使ってもらうべきなのだが、本人が頑なに辞退するので打開案として、シェリルの横になった。シェリルの横の部屋は続き間になっていて守る分には都合が良いが、本来なら侍女や乳母の部屋だ。アーマンディを主人とするシェリルにとっては耐え難い事だが、本人が譲らない。
どうしてあんなに自分を卑下するのか……シェリルがどれほど言葉を尽くしても変わらない。まるで響かない。それら全てがアジタートのもたらした虐待の結果かと思うと、あの時殺しておけば良かったと、殺意すら芽生える。
ノックをすると、甘ったるい子供の声が聞こえる。ネリーだ。ネリーの前ではアーマンディは強くあろうとしていたはずなのに、今はそれも出来ないほどに塞いでいる。
「シェリル様?」
扉を僅かに開けて、ネリーはシェリルに顔を向ける。その様子から、シェリルはアーマンディがまた泣いていると悟った。ネリーも、もう限界だ。こんなに幼い子供が一生懸命慰めようとしているのに、アーマンディの耳には届かない。その余裕すらない。
「ネリー、ルーベンスと遊んでいてくれるか?私はアーマンディ様と話があるんだ」
ネリーはアーマンディに声をかけ、廊下に出て扉を閉めた。シェリルに向かって両手を挙げるので、いつものようにネリーを抱き上げる。
「シェリル様……アーマンディ様がネリーに笑ってくれないの。いつもならぎゅーっとしたら、ぎゅーってして笑ってくれたのに、ダメなの。ネリーがシェリル様を連れてくるのが遅かったからダメなの?ネリーは嫌われちゃったのかな」
ネリーの閉じた目からは涙が出ない。だけど震える肩が物語っている。ネリーの哀しみを……。
「アーマンディ様がネリーを嫌うわけがないだろう?だけど今のアーマンディ様は落ち込んでいて、誰の声も聞こえないんだ。ネリーはそれがなぜか分かっているだろう?」
ネリーはアーマンディと一緒に、あの酷い騒音と罵詈雑言を聞いていた。そして声が出せないほど余裕がなくなるアーマンディも知っている。だから仕方がないとも思う。だけど幼いから寂しいとも思う。
シェリルはアーマンディがネリーと自分に残した手紙を読んだ。アーマンディがネリー宛てに書いた手紙には、ネリーへの愛が溢れていた。心の底から感謝していた。だからアーマンディがネリーを嫌うはずがないと確信を持っている。だが、手紙のことは誰にも言えない。それはシェリルの心の中にしまっておく事柄だ。
「ネリー、では私にぎゅーっとしてくれるか?ネリーに代わってアーマンディ様を慰めるから」
「……シェリル様はアーマンディ様が好き?」
「もちろんだ」
シェリルの言葉を聞いたと同時に、ネリーがシェリルの首にぎゅっと抱きつく。そしてそっと小声で囁いた。
「聖女じゃなくても?男でも?」
「関係ないな、私はアーマンディ様がなんであろうとも好きだ」
「じゃあ、ネリーと一緒だ!」
更にぎゅーっと抱きついてくるので、シェリルもその小さな体を強く抱きしめる。この子がいたからアーマンディ様は生きてこれた。この子が今ここにいる奇跡に感謝をする。
ネリーのおでこに軽く口付けるとネリーがその額を触った。
「シェリル様は、ネリーに何をしたの?」
「ああ、ありがとうと大好きの挨拶をしたんだ」
そうなんだ……と言いながら照れ臭そうに笑うネリーをまた抱きしめていると、ちょうど廊下を歩く侍女を見つけた。ルーベンス付きの侍女だと気づいたシェリルは声をかける。
「お前、この子をルーベンスの元に連れて行け」
侍女はシェリルの前で軽くお辞儀をする。
「ルーベンス様は外出されました」
「外出?最近多くないか?」
「はい、お供もつけずにお出かけすることが増えております」
「……おかしいな。騎士の試験が近い今、外出が多いとは……しかも行き先も言わずに?」
侍女は無言でシェリルの言葉を肯定する。
「分かった。お前、この子をミルバのもとへ。そしてルーベンスを調べるように伝えろ。このことはルーベンスには内密だ。分かったな?」
侍女は深くお辞儀をする。命令に従う合図だ。
シェリルの現在の地位はスピカ国第2位。誰もがシェリルの言葉には従う。それが理解できない者はヴルカン公爵家で働く資格はない。
ネリーを抱き、ミルバの元へ向かう侍女を見送り、シェリルは決意と共に部屋の扉をノックした。
今にも消えてしまいそうな声が聞こえ、シェリルは扉を開けた。
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