第35話 聖女の館引き渡しの儀(6)
その頃、シェリルは中央都市にあるヴルカン公爵別邸の、部屋という部屋を自身の能力で走査していた。アーマンディの部屋につながる通路の扉を探すためだ。
聖女の館を出たシェリル達は、ソニアの案内で大聖堂へと向かった。
だがシェリルは扉の存在を思い出し、父とソニアに大神官への説明を任せ、自身はミルバと共に馬車でヴルカン公爵別邸へと戻った。シェリルがいきなり戻ってきたことで驚く兄のレオニダスに説明をし、兄とふたりで屋敷中を探すこととなった。
そしてそれぞれが持ち場を探し終わり、祈りの間に集まったところで、レオニダスが失意の様子のシェリルに声をかけた。
「シェリル、見つかったか?」
「いえ、見つかりませんでした。本当にあるのでしょうか?それすらも不安になってきました」
「お婆様も利用するとは思っていなかったから、入口だけ確認して出口までは確認しなかったと聞いた。一度、誰でも良いから行かせるべきだったな」
「ええ、そうすべきだったと今なら思います。ですが、聖なる気配に満ち溢れていたので、気後れして誰かを行かせることを躊躇ってしまいました。私だったら行けたのに……悔いるばかりです」
「それは仕方がないだろう。護衛対象を放っておくわけにはいかない。お婆様も同じだったのだろう。過去の聖女の騎士も同じ気持ちだったのだろうな」
「はい……ですが、ここまで追い込まれた聖女の騎士は私だけです。なんて情けない!」
「シェリル……」
レオニダスはかける言葉が見つからず、顔をそっと伏せる。
シェリルにとってアーマンディは聖女と騎士の関係だけではない。それを知っているからこそ、なんと言えば慰められるのかが分からない。ただアーマンディの無事を祈るだけしか出来ない自分を、レオニダスは責めるだけだ。
その時、祈りの間に優しい日差しを届けていた大きな飾り窓が明かりを届けなくなる。代わりに空中に広がる黒い雲と帯電する雷。
「なんだ?いきなり空が?」
レオニダスが怪訝な顔で窓を見たと同時に、シェリルが胸を抑え、床に膝をつける。妹の様子にレオニダスは慌てて駆け寄り、声をかける。
「シェリル⁉︎どうした?」
「兄様……何かが……変です。胸が痛い」
シェリルは騎士の資格を取った時から、レオニダスのことを『兄上』と呼び出した。それまでは女性らしく『兄様』だった。そしてシェリルは今、レオニダスのことを兄様と言った。シェリルに異変が起きている。そう思うとレオニダスは居ても立っても居られず、シェリルの両肩をぎゅっと掴む。するとシェリルは苦痛に満ちた表情を兄に向けた。
「スピカ様が哀しんでいらっしゃいます。兄様、心が痛い。胸が苦しいです。辛いです」
「スピカ様が⁉︎」
いつもの騎士として強くあろうとするシェリルではない。助けを求める子供のようだ。
レオニダスがシェリルをぎゅっと抱きしめると、その体が震えていることが分かる。堪らずシェリルを横抱きにし、レオニダスは祈りの間の扉へと向かう。シェリルはレオニダスの腕の中で体を丸めるように縮こまっている。その顔色は真っ青だ。
「シェリル――ともかくお前の部屋に行くぞ!」
祈りの間の扉を開けるとミルバが控えていた。シェリルとレオニダスの様子に慌てて、近付く。
「ミルバ!母上を!」
ミルバはそれだけで全てを察し、走っていく。
震えるシェリルに声をかけながら、レオニダスは休ませることが必要だとシェリルの部屋に向かう。シェリルの部屋は5階だ。駆け足で階段を登り、シェリルの部屋の扉を開ける。すると、その部屋の床を叩く音が響いている。子供特有の甘ったるい声も。
「開かないよぅ、シェリル様……」
「ネリー⁉︎」
聞き覚えのある声に、シェリルは苦しみながらも声を上げる。すると、シェリルの声に応えるように床を叩く音と、シェリルを呼ぶ声が大きくなる。
シェリルは兄の腕から逃れ、ネリーの声がする方に向かう。声の先はソファの下だ。思わずレオニダスに視線を送ると、察した兄がソファを動かす。すると魔法陣が浮き上がっているのが見えた。そして開く扉の先から聖なる気配と同時に、今にも泣き出しそうなネリーが顔を見せた。
「ネリー!どうしてここに⁉︎アーマンディ様は?」
「シェリル様!アーマンディ様を助けてください!」
「分かった!今、行くから、ネリーは上がって来い!」
シェリルがネリーを引き上げ抱きしめると、ネリーはシェリルの名前とアーマンディの名前を連呼した。その声と態度から、ネリーがどんなに大変だったかが良く分かる。
「兄上!ネリーをよろしくお願いします!私はアーマンディ様の元へ‼︎」
レオニダスはネリーを受け取る。
「シェリル!お前、体は⁉︎」
「体?なんともないです。むしろ気力ともに充実していますよ」
シェリルの言葉を受け、レオニダスは改めてシェリルを見る。
先ほどの弱く、守られる妹ではない。これは聖女の騎士として、守るべきものを守りに行くための使命を帯びた目だと判断する。
「わかった、行って来い。私も一緒に行ってやりたいが、この地下に降りれそうにない。聖なる気が強すぎて、心がやられそうだ」
「やはりそうなんですね。私ひとりで大丈夫です。アーマンディ様と共に戻りますので、手配をお願いします」
兄の返事を待たず、シェリルは飛び降りる。5階であろうが関係ない。風の魔法を駆使すれば、速度は和らげることができる。満ちたりた気力と共に、床におりると仄かに明るいことが分かった。そこには人ひとりが通れるトンネルが、まっすぐ伸びている。
「この先にアーマンディ様がいるんだな?」
獲物を見つけた狩人のように、シェリルは鋭い眼差しをむけ、そして一気に駆け出した。先ほど兄に縋っていた自分とは違う。これからは聖女の騎士としてアーマンディを守る強い自分になる。シェリルは全能になった気さえしてきた。
「胸騒ぎも気になる、アーマンディ様がご無事だと良いが……」
突然、空に鳴り響いた雷鳴。暗くなる空。そして自身の体調不良。スピカ様の嘆き。何かがあったことは確かだ。
「短慮をおこさないでください!」
不安を口にすることで、消し去ろうとシェリルは考える。アーマンディと約束はした。だが危うい雰囲気だった。ネリーがいなくなった今、彼ならば死を選かねない。そんな予想が胸を駆け巡る。
「それにしても、良くこれだけの距離をネリーが歩けた」
思ったよりも距離がある。少し考えれば当たり前だ。
聖女の館からヴルカン公爵別邸は、通常であれば馬車で行き来する距離だ。もちろん地上での馬車道は、建物を避けるために曲がりくねっている。それに比べて、地下を掘ったこの道はまっすぐだ。だからと言って短いわけではない。シェリルが聖女の館を追い出されてから、それなりに時間は経っている。だが別れてからすぐにこの道を使っていたとしても、子供の足で公爵邸まで到着することが可能なのだろうか。ましてや5階の自分の部屋まで。
「いや、今は考えまい。スピカ様の御加護だと考えよう」
シェリルは雑念を振り払うように頭を振り、魔力を足に集中させ、更にスピードを上げる。しばらく走るとその先に開けた空間が見えた。そして上から真っ直ぐ伸びる梯子に飛び付き、両手両足を使って一気に上がっていく。行き着いた先の扉を開け、跳び上がると、アーマンディのクローゼットへと戻れた。周囲の気配を探るとアーマンディは浴室に、そして廊下にたくさんの人がいることが分かる。
「なぜ……浴室?」
シェリルは嫌な予感がし、クローゼットから部屋へと速足で移る。すると部屋中に怒号と、扉を蹴破らんとする音、更に鞭の音が響いていた。あまりに酷い状況に頭に血が登り殺意が芽生えるが、まずはアーマンディの救出だと思いたち、浴室へと向かう。
アーマンディの部屋の窓からは、不吉な予感の黒い雲と、天の怒りを表すような稲光が鳴り響いている。
大股で浴室に近づき扉を開けると、その先に真紅のドレスが見えた。安心したのも束の間。浴槽に伸びた腕から同じ色が見えた。水と共に溢れるその色に、シェリルの顔は一気に青くなる。
「アーマンディ様!なんてことを‼︎」
シェリルがアーマンディを抱き上げると、その目がうっすらと開いた。まだ意識がある。その事実に安堵し、シェリルは回復魔法を展開させる。
「……シェリ……ル。最後に、あなたが……見られる……なんて……」
息も絶え絶えに、だけど嬉しそうにアーマンディは声を発する。その口元が幸せそうに微笑む。
「最後だなんて言わないでください!ああ、私が愚かだったばかりに!」
「そんな……ことない……。ごめんね……僕が……悪いから……だから……後は追わないで」
「無理です!あなたが死んだら私も死にます!あなたは私の唯一の人!愛しているんです!だから‼︎」
シェリルはアーマンディを強く抱きしめる。まるで自身の寿命を分け与えるように。
「だから、死なないで……お願い」
その言葉を聞いて、アーマンディは満足そうに意識を失った。
空は、再び晴れ間を覗かせた。
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