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聖女なのに、男です。  作者: 清水柚木
聖女の館編
33/204

第33話 聖女の館引き渡しの儀(4)

「アーマンディ様!アーマンディ様‼︎」


 ネリーが必死に声をかけても、アーマンディは恐怖のあまり返事ができない。外から聞こえるのは激しい鞭のしなる音。扉を激しく叩く音。そして、アーマンディを激しく詰る言葉。


「男の偽聖女!早く出て来い‼︎」

「男のくせに聖女になんかなれるはずがないだろう!スピカ様に認められるわけがない!お前が産まれたことが、間違いだったんだ!」

「また、かわいがってやる!お前は鞭で撃たれるのが好きだろう!!」

「お前に生きてる価値なんかないんだ!せめて役に立て!」


 散々聞こえる女達の声にアーマンディは耳を塞ぐが、どうしても聞こえてしまう。


 ルージュの嘆く声が聞こえなくなった後に、祖父であったグレンプレスの声も、まもなく途絶えた。その次に始まったのが外の騒ぎだ。アーマンディの背中は鞭打たれていないのに、痛み、さらに罵詈雑言が心を抉る。ネリーが必死に慰めようとするが、その声は届かない。手さぐりでアーマンディの頬を触ると、ぬるっとした。アーマンディは泣いている。涙を必死に手で拭こうとするが、次々に溢れる涙にネリーの小さな手では追いつかない。


「アーマンディ様!聞いちゃダメ!アーマンディ様は聖女だよ‼︎スピカ様に認められた聖女なんだよ‼︎」

 自分の声がアーマンディに届いていないことは、幼いネリーでも分かってきた。なぜならアーマンディの口から漏れるのは、謝罪の言葉のみだから。


 自分ではダメだということはネリーにも分かっている。自分は子供で、ずっとアーマンディに守られていた存在だ。

 この1ヶ月、たくさん大人たちと接することで、ネリーは知った。アーマンディが虐げられていたことを。

 自分を助けてくれた優しい人は、自分と同じ子供だと言うことも。自分を守ってくれる存在ではなく、守ってもらわなければ倒れてしまう弱い存在だということも。

 そして守ってもらっていた自分では頼りないことも、ネリーは十分に分かっている。その結果がさっきの人質だ。自分が目が見えれば、その前に子供じゃなければ、アーマンディの迷惑にはならなかったはずなのに。

 それを今更言っても、仕方がない。だったら頼りになる大人を呼びに行こうとネリーは考え始めた。

 頼りになる大人となると、ネリーにはシェリルしか思いつかない。そしてそのシェリルが言っていた事を思いだす。クローゼットの奥にある隠し扉。下に降りて、真っ直ぐ行くとシェリルの家に着くと言っていた。最悪の事態の際は、そこにアーマンディと一緒に逃げろと言われた。


「アーマンディ様……クローゼットに行こう」

 

 ネリーがアーマンディの腕をぐいぐい引っ張ることで、涙でボロボロなアーマンディはやっと顔を上げることができた。


「クローゼット?」

 アーマンディがやっと反応したので、ネリーは嬉しくなる。

 

「クローゼットから逃られるって、シェリル様が言ってたよ。だから逃げよう?ね?アーマンディ様」

「……逃げる……でも」


 逃げることはできない。なぜなら、あの隠し通路の扉は残った人間が閉める必要がある……。

 アーマンディは混乱する頭で考える。

 自分が消えたら、この部屋がどうなるか分からない。鍵が開いてしまうかも知れない。そうなったら、隠し扉の存在すら気付かれてしまう。

 だけどネリーは逃すことができる。ネリーさえ逃すことができれば、自分はどうなってもいい。前とは違い、この部屋にはなんでもある。例えば、手紙を切るためのナイフ。例えば、果物の皮を剥くためのナイフ。自分を傷つけることなんて簡単にできる。

 この1ヶ月は、アーマンディにとって幸せに満ちたものだった。

 物心ついた時からずっとひとりだった。更に冷たい視線、態度、言葉の暴力。身体に与えられる酷い傷み。与えれない食事。寂しくて、辛くて泣いていた日々。それら全てを払拭できるくらいの1ヶ月だった。だから、ここで死ねるならきっと幸せだ、そう思えるくらいに。

 だとすれば、必要なことはここでネリーだけを逃すこと……アーマンディは決意する。

 

「……ネリー、ここで僕が逃げたら、扉が開いちゃうんだ」

 アーマンディは声を震わせないように、慎重にネリーに話しかける。


「そうなんですか?じゃあ、どうしたら……」

 予想通りのネリーの反応に、アーマンディは更に慎重に声をかける。


「うん…だから、ネリーがシェリル様を呼びに行ってくれないかな?僕は……ここでネリーが帰ってくるのを…待っているから」

 動揺しているネリーをアーマンディはギュッと抱きしめる。


「あのね、あの隠し通路からシェリル様の家に行けるけど、シェリル様の家のどこに出口があるかシェリル様も知らないんだ。だから、ネリーが迎えに行ってあげないとシェリル様は来れないんだ。だから、お願いしても良いかな?」

「……ひとりで?」

「うん、僕はいけない。だから、お願い。ネリーだけが頼りなんだ」


 盲目の幼い子供に、ひとりで暗い通路に行けと言うのは無茶な話だ。しかも5階から地下へは梯子を伝っていかなければならない。普段のアーマンディなら気付いたはずだが、今の混乱した彼には無理なことだ。そして目が見えないネリーには隠し通路がどのようなものかが判らない。だからネリーは了承し、死を決意したアーマンディはその状況に喜んだ。


 ふたりはクローゼットに入り、アーマンディによって開かれた隠し通路にネリーは入っていった。閉ざされたクローゼットの中は、廊下で叫び続けるガーネット達の声も、鞭の音も聞こえない。

 ネリーが梯子をしっかり掴んだのを見届けて、アーマンディは声をかけた。


「ネリー、梯子をしっかり掴んでね。そして地面に足が付いたら、顔の向いてる方に真っ直ぐ歩いていくんだよ」

「うん、シェリル様を連れて帰ってくるから、アーマンディ様は待っていてくださいね」

「……分かった。頑張ってね、愛してるよ、ネリー」


 ネリーは頷き、その小さな手と、短い足を使って慎重に降りていく。アーマンディはその小さな姿が闇に消え、見えなくなってもずっと見続けた。

 頑張って止めていた涙がまた、溢れていく。そして出そうになる嗚咽をネリーに聞かれる前に、扉を閉める。


 ソニアの言葉はアーマンディを勇気づけた。だから大丈夫だと、その時はアーマンディも思っていた。だけどアーマンディに灯った勇気という名の火は、手のひらの上で消える雪のようにあっという間に失くなった。自分を虐げていた心ない人々により。


 自分が女性に生まれてさえいれば、こんな風にアジタート達から虐げれることはなかっただろう……アーマンディはそう考える。昔からいつも考えていたことだ。

 スピカ神からお力を頂けたことを、アジタートも家族も喜んでいてくれただろう。そしてシェリルも、普通に聖女の騎士として名誉ある職務を全うできたはずだ。

 

「でも……そしたら、ネリーに会えなかったのかも知れない」


 男だったから、辛かったから、逃げ出した。そして逃げた場所で死にかかっていたネリーに会えた。だから良かったんだ。

 自分を癒してくれた優しい子。そんな優しい子を暗闇の中へ送った。希望という嘘を与えて。シェリルならネリーを優しく受け入れてくれると信じて。

 

「ネリー、ごめんね。シェリル様……ごめんなさい。僕は約束は守れません。僕を追ってこないでください。こんなできそこないの僕なんかの……」


 アーマンディはシェリルとの約束を思いだす。自分が死んだら、後を追うとシェリルは言っていた。死なない努力をすると約束したのに。でも無理だ。もう今の自分は辛い日々には戻れない。


「……手紙、手紙を書かなきゃ……」


 感謝の言葉を伝えなければと、それだけを思うのがアーマンディには精一杯だった。幸せになってと、自分なんかのために殉死しないでくださいと、それだけを書こうと決心し、アーマンディはクローゼットをでた。

毎日12時に投稿します。

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