第32話 聖女の館引き渡しの儀(3)
聖女の館を取り囲む壁を睨みながら、シェリルはアーマンディの言葉を思い出す。
『約束は守ります。だから助けに来てください』
アーマンディはそう言った。だったら騎士として助けにいくのが当然だ。決意を行動に表すためシェリルは、改めて聖女の館から追い出された者達を見る。
父とミルバは冷静にあろうとしている。マーシーは料理をしている途中で追い出されたのだろうか。片手に包丁を、なぜか片手にリンゴを持っている。そしてヴルカン公爵家の侍女4人は静かに、次の指示を待っている。
動揺が激しいのは、シルヴェストル公爵家でありながら、ひとり追い出された、アジタートの夫だ。イリオスに必死に弁解している。
「シェリル様……今後はどうされるおつもりですか?」
悔しそを表情ににじませながら、ソニアはシェリルに近づいてきた。シェリルは嘆息し、記憶をたどる。
「アーマンディ様の救出が最優先事項だ。だが、聖女の館は門からしか出入りできないと記憶しているが、どうだ?」
「その通りです。聖女様をお守りするため、鉄壁な結界が聖女の館全体に、魔法として組み込まれております。ですがこれは私の知ること。大神官様なら他の方法をご存知かもしれません」
「そうか、では大神官の元へ向かおう……。だが、お前はアーマンディ様の事情を知っても、本当に問題ないのか?」
ソニアは何も気にしないように笑う。
「私はむしろ歓迎ですわ。先ほど言ったことは本心ですもの。そしてきっと大神官様も同じはずです。あの方は男女の貴賤はまったく持たない方です。私のさっきの話も大神官様からの受け売りですわ」
「それは心強いな……では、頼む」
ソニアが返事の代わりに深く膝を折ると、シェリルは父の元へと向かう。
アーマンディを救い出すために。
◇◇◇
シェリル達が大聖堂へ向かい始めた頃、アーマンディはネリーを胸に抱きしめ、アジタートとグレンプレスに向き合っていた。
場所は変わらず祈りの間の前の廊下だ。シェリル達が聖女の館を出て行ったと報告を聞いたアーマンディは、ネリーを返して欲しいと懇願し、その願いを叶えた。
「アジタート……アーマンディをどうするつもりだ?これは私にとって孫でもあるんだか……」
グレンプレスの言葉をアジタートは鼻で笑う。
「孫?このできそこないの男女が?男でありながら聖女の資格を持つ者のできることなどしれているでしょう。アーマンディ……分かってるわよね?」
残酷な笑みを漏らすアジタートに、アーマンディの心は凍りつきそうになる。
でも負けてはいけない。
アーマンディはネリーをギュッと抱きしめることで、自分を奮い立たせる。
シェリルは僕を守ろうとしてくれた。そして……アーマンディはソニアの言葉を思いだす。ソニアは男でも聖女で良いと言っていた。全ての人が認めてくれるわけではないことは分かっている。現にルージュはまだ自分を睨んでいる。でも認めてくれる人もいる。だから自分も頑張れる。アーマンディは、再度自分を奮い起こし、アジタートとグレンプレスを見る。
「分かって……います。ですがその前に、き、着替えさせてください。ネリーも落ち着かせたい…です。だから――」
頑張ろうと思っていても、どうしてもアーマンディの声は震えてしまう。更に視線を合わせることもできない。幼いころから植え付けられた恐怖は中々消えない。
「まぁ、良いでしょう。あの騎士まがいと同じ服を着ていると思うと、わたくしも気分が悪いもの。それで?あなたの部屋は?まさかわたくしの部屋を使っていないわよね?」
「アジタート様のお部屋はそのまま……です。わたくしの部屋はその、斜向かいにある部屋です」
「ああ、あの鍵のかかった部屋ね?なに、前の聖女から鍵でももらったの?」
「……はい、そうです。アリアンナ様経由で……くださいました」
「本当にジェシカはムカつく女よね。いつも上から目線で……下位の出のクセに」
アーマンディが使っている部屋には、鍵などかかっていない。スピカ神と契約した聖女しか使えない特別な部屋だ。アジタートは扉を開ける事が出来ない……アーマンディは確信する。
まだ震えているネリーを抱きかかえ、3階から5階へと移動する。後ろをついてくるガーネットの粘着質な視線を感じないように、見ないようにしながら、自室へと向かう。
アリアンナが教えてくれた部屋。シェリルと約束した部屋。ここにネリーとふたりで入ることが大事だ。
部屋の前でアーマンディは唾を飲み込み、後ろで腕組みをしているガーネットに恐怖しながら向きあう。
「ガーネット様は……ここで待ってください。ネリーとふたりになりたいんです」
「はぁ?あんた、私に命令する気?何か変なことをしないか、一緒に部屋に入るに決まってるでしょう?」
「なにもしません。だから、お願いです。着替えたらすぐに出てきますから!」
焦るアーマンディは縋り付くような目でガーネットを見る。その表情はガーネットの残虐な心を満たすには十分だったようだ。アーマンディの髪をグイッと引っ張り、息がかかるほどの近い距離で声をかける。
「じゃあ、美しく装いな。ズタズタに引き裂いてやるよ」
恐怖でアーマンディの目は見開かれ、更に歯がカタカタと音を鳴らす。それでも、恐怖から逃れるように必死に首に縋り付いているネリーを抱きしめ、転げるように部屋に入り、慌てて扉を閉めた。
「アーマンディ様!」
ネリーの声を希望の鐘のように感じるアーマンディは、ネリーの小さな体を抱きしめる。ネリーもアーマンディの首に抱きつき、「ごめんなさい」と泣きながら何度も繰り返す。
「ごめんね、ネリー、怖い目に合わせたね」
「アーマンディ様は悪くないの!悪いのはネリーなの!ルージュ様は優しい人だと思っていたの!なのにネリーのせいで、アーマンディ様とシェリル様が離れ離れになっちゃった!ごめんなさい―」
「大丈夫だよ……シェリル様は強いから、きっと助けにきてくれるよ。だからそれまで一緒に待とうね」
「…………うん」
ネリーは不安でいっぱいだが、返事をする。子供の自分よりアーマンディは震えている。自分の不安を隠すように、アーマンディが声をかけていることがネリーには分かった。だから、ネリーはまだまだ短い腕を伸ばし、アーマンディの背中を叩く。大丈夫だよ、そう言葉にする代わりに。
だが、そんなふたりに、試練は続く。会話に聞き耳を立てていたガーネットが激しく扉を蹴ったのだ。
「アーマンディ‼︎なにやってんだ!篭城する気か⁉︎扉を開けろ!鍵を開けろ‼︎」
あまりにもの勢いに、アーマンディとネリーは抱き合いながら、後退りする。当然、鍵はかけていない。この部屋に鍵はない。だが、この部屋は聖女を守るために作られた特別な部屋だ。アーマンディが認めていないものは入れない。
「大丈夫……大丈夫だよ」
アーマンディはネリーを抱きしめながら、同じ言葉を繰り返す。だが、その目は恐怖で怯えている。ネリーには見えないが、その恐怖は体を伝い良く分かる。
扉を壊さんばかりの凄まじい音が5階の廊下中に響き渡り、その音で聖女の館の人間がアーマンディの部屋に前に集まってくる。そしてその中にはアジタートと、グレンプレスもいた。
「ガーネット!なにをしているの⁉︎」
「アジタート様!アーマンディが中から鍵をかけて閉じこもったんです!」
「なにをやってるんだ……。この部屋の合鍵を持ってくれば良いだろう」
「兄さま、この部屋はジェシカが使っていた部屋で、あの女が合鍵も全て持っていったから、ないんですよ」
「ジェシカの?ではこれが選ばれた聖女が使える部屋というやつか……」
「選ばれた?なんのことです?」
「ああ、父上が言っていたんだ。聖女の館にはスピカ神に選ばれた聖女のみが使える部屋があると。それがこの部屋だろう。この部屋が使えるということは、やはりアーマンディはスピカ神に選ばれた聖女ということか……」
顎を触りながら、感心するグレンプレスを、アジタートは憎々しげに睨む。その視線に気付く事なく、グレンプレスは軽く扉をノックする。
「アーマンディ、出ておいで。悪いようにはしないから」
猫なで声のグレンプレスの言葉に、誰よりも怒りを覚えたのはアジタートだ。
兄に自分が本当の聖女ではないと言われたも同然だ。しかもグレンプレスの目!妹である自分よりも優れた宝を手に入れたいという、欲望に満ちた瞳が、更に怒りを沸き立てる。
「ガーネット!鞭を持ってきなさい!」
「え――ですが、アーマンディは中に……」
「子供の頃から鞭打たれたアーマンディは、鞭の音を聞くのも辛いはずよ。ここで鳴らして怖がらせれば出てくるはずよ」
「さすが、アジタート様……」
ガーネットは鞭を取りに走る。ふたりの会話を聞いていたグレンプレスは青ざめた顔でアジタートに近づいた。
「お前……今の会話は本当か?お前にとって甥にあたる子供に……なんてことをしていたんだ⁉︎しかもアーマンディはお前と違って本物の聖女だ。スピカ神に認められた存在だ。神罰が下ったらどうするんだ!」
グレンプレスの言葉は当然アジタートの更なる怒りを招く。
「わたくしと違って?どういう意味よ‼︎今までわたくしのお陰で、シルヴェストル公爵家がどれだけ恩恵を受けていたか、分かってるでしょう⁉︎」
「それとこれとは別だ!それを言うならお前の尻拭いをどれだけしたと思っているんだ!そもそも3年前の信女の件だって、どれだけ大変だったか!」
「うるさいわね!あれはあの女が悪いのよ!アーマンディを逃そうとしたから!だから殺されて当然なのよ!」
「……どういう……ことですか?」
ふたりの会話に入ってきたのはルージュは蒼白な面持ちでアジタートに近づく。騒ぎを聞きつけて集まった者の中には当然ルージュもいた。「どういうことですか⁉︎私の前の信女長は、アジタート様の宝石を盗んで逃げたと……そう聞いていました。でも――違うのですか?」
「――っ、うるさいわね!もうこの女に利用価値はないわ!地下室に閉じ込めてしまいなさい!」
「はぁ、また…仕事が増えるのか……」
アジタートとグレンプレスの、人をひととも思っていないような、冷たい視線がルージュに落ちる。ルージュにはそれが全ての答えのように思えた。
「あ……、アーマンディ様……申し訳ありません」
崩れ落ちるルージュを使用人たちが引き摺り、階下へと連行する。ルージュの嘆く声が廊下に響き渡り、その声はアーマンディの部屋にも聞こえた。
「アーマンディ様……ルージュ様の声が……」
ネリーが声をかけるが、アーマンディの耳には届かない。目の焦点が定まらず、震えるアーマンディの背中を、ネリーは優しく撫でることしかできなかった。
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