第31話 聖女の館引き渡しの儀(2)
聖女の館を取り囲む門の前、先頭に立つのはヴルカン公爵であるイリオスだ。そしてその横に立つのは、聖女の騎士であるシェリル。アーマンディはその後ろで、傍に信女長ソニア、もう傍には侍女長であるミルバが立ち、アーマンディを守る形で両脇を固めている。アーマンディの後ろには、アリアンナが連れて来た4人の侍女達。腕に覚えのある者達ばかりだから安心できる。
備えは万全だと思いつつ、不安は拭いされない……まさか守るべきものができた結果が、こんな不安な気持ちをもたらすとは、シェリルは自分の未熟さに苛立ちを覚えた。
先ほどアーマンディとふたりきりで話した時にも、弱音を吐いてしまった。そんな自分を情けないと思い、再び前を向くと堂々と立つ父がいる。
聖女の館引き渡しの儀は、公爵同士の挨拶から始まる。本来は男子禁制の聖女の館だが、この時ばかりは入館が許される。
まずは聖女の館の引き渡しを受ける聖女の後見人が入館する。これは前聖女が代替わりした聖女に対して不満を持っていないと、表明していることになる。聖女の後見人とその配下のものが先に入り、聖女の館の隅々まで確認する。そこで問題がなければ次の儀式になる。
過去、前聖女が代替わりした聖女に恨みを抱き、殺害しようと計画したことがあった。その時から、この儀式は追加になった。
実際はシェリル達は1ヶ月ほど前からこの聖女の館に入っているから、今回に関しては儀礼的なものだ。イリオスと、その配下がざっと安全を確認し、次にアーマンディの入室となる。聖女の騎士がいない場合は、後見人たる公爵がエスコートするのだが、今回はシェリルがいるため、シェリルのエスコートでアーマンディは入館する。
同色の真紅の騎士服とドレスを身に纏い、同じ髪型で聖女の館へと入館するふたりの後ろをイリオスが続き、その次にシルヴェストル公爵であるグレンプレスがアジタートをエスコートして入館する。このときばかりはアジタートの夫も入館できる。男性が入館できる最後の機会だ。聖女の館に漂う清廉な空気に圧倒されている夫を、アジタートは自慢げに見る。まるでこの館が自分のものであるかのように。
その姿を見て不安に思ったのは、アジタートの後ろを歩くミルバだった。後ろを歩くヴルカン公爵家の侍女達に目配せすると、彼女たちは心得たように視線を下へ落とす。
何もなければそれで良いのだけど……ミルバは拭えない心の不安を隠しながら歩く。そしてミルバ達ヴルカン公爵一族の後ろを歩くのは、アジタートの配下であるガーネット達だ。彼女達は自分達の勝利を確信して、余裕の笑みを漏らした。
◇◇◇
聖女の館受け渡しの儀は祈りの間で締めくくられる。護国水晶玉の前で前聖女と今代聖女が鍵を受け渡すことで終わる。それだけの簡単な儀式だ。
「アーマンディ様、もう少しで終わります。どうか気を引き締めて」
「ええ、分かっているわ」
祈りの間の扉をソニアが前に出て開く。するとその場で動きが止まった。不穏な様子に気付いたイリオスが扉に近付くと、扉の先にはネリーにナイフを突き立て、護国水晶玉の前に立つルージュがいた。
「なぜ⁉︎」
イリオスがその体躯にふさわしい声を張り上げると、その魔力で廊下のガラスが共鳴りをする。イリオスが聖女の館に入って確認した時には、ネリーはルージュと仲良く遊んでいた。それが一瞬で、人質へと変わっている。
「なぜ?それはこちらの台詞です。私たちを騙していたんですね」
ルージュが怨嗟の目で睨むのは、イリオスの後ろにいるアーマンディだ。自分が男であることを隠しているアーマンディにはルージュの言葉の意味がそれだけで分かった。
「ご……ごめんなさい」
カタカタと体を震わせながらアーマンディは涙をこぼす。扉に手をかけたソニアは、一歩前に出る。
「ルージュ!何をしているの⁉︎それが信女長のする事なの⁉︎」
「ソニア、だって騙していたのよ……アーマンディ様は――
「黙ってなさい!ルージュ‼︎」
ルージュの言葉を遮り、アジタートは悠然とした態度でアーマンディの後ろで微笑む。
それだけでこの事態を仕組んだのが誰か分かったのだろう。グレンプレスはエスコートしていた腕を外しアジタートに向き合う。
「アジタート!どう言うつもりだ!これはお前が企んだことなのか⁉︎何を考えている」
「何を考えている?決まっているわ。その出来損ないを聖女と認めるわけにはいかないわ。だからわたくしが聖女として戻ってあげるのよ。その子はわたくしのお手伝いをしてくれたに過ぎないわ」
「アーマンディ様はスピカ様もお認めになられた聖女だ。お前ごときに言われる筋合いはない」
シェリルが睨むが、アジタートは悠然とした笑みを崩さない。
「それ以上、暴言を吐くことは赦さなくてよ?」
「アジタート、あなたはもう聖女ではないはずだ。どうしていつも人を貶めようとするんだ」
アジタートの夫が彼女の腕を掴もうとしたが、その手は何かの障壁によって弾かれた。聖女の張る最強の障壁をアジタートは展開した。これで誰も手が出せない。例えシェリルであっても。
「いつもいつも説教ばかり!うるさいわよ!あなたなんて、わたくしとなんの関わり合いのない男よ、さっさとここから出て行きなさい!」
「アジタート……どうして君はいつもそうなんだ……」
夫の言葉を無視して、アジタートはアーマンディに手を伸ばす。
「さぁ、どうするの?このままではネリーが死ぬわよ?」
「あ…………」
アーマンディの心は決まっている。ネリーを殺させるわけにはいかない。そのくらいなら自分が死んだ方が良い。例えアジタートの手を掴もうとも。
決意し、アジタートの元へ行こうとしたが、シェリルに手を掴まれて動くことができない。
「シェリル、手を離して。ネリーが……」
アーマンディの懇願を無視し、シェリルはルージュに声をかける。
「ルージュ、お前はネリーを殺せるのか?聖職者でありながら、なんの罪もない盲目の子供を手にかけるというのか⁉︎」
「一緒に私たちを騙していた、あなたに言われたくありません!」
怒りの声で叫ぶルージュの腕の中で、ネリーは震えている。そして蚊の鳴くような声で、ひたすらに謝罪の言葉を呟いている。
「アーマンディ様、何を騙していたと言うのですか⁉︎ルージュがそこまで言う何かがあなた様にあるとは、私には思えません」
ソニアの必死な表情に、アーマンディはもう隠すことはできないと、震える声で答えた。
「わ……僕は……男なんです……ご、ごめんなさい」
ソニアは怪訝な顔をする。そして次にシェリルを見る。シェリルは目を閉じて頷いた。
「分かったわね?アーマンディは男でありながら、聖女として立った人間なのよ。そんな者を聖女として崇めるなどスピカ公国の恥だわ。だから私が返り咲いてあげると言ってるのよ?」
鬼の首を獲ったかのように、アジタートは高笑いをする。
「分かったでしょう?ソニア、男は聖女にはなれないわ。だから、アーマンディ様には聖女を降りて頂くしかないの。そのために、こんなことをしているの。あなたなら分かってくれるわよね?」
ルージュは、更にナイフをネリーに近づける。冷たいナイフの気配を感じ、ネリーの体は硬直する。
「なんだ……それだけのことですか……」
緊迫した空気のなか、ソニアは気が抜けたように言葉を発した。その態度に廊下の空気が代わり、アーマンディは目を見張る。
「でも、ソニア、僕は男で……」
「だから?だからなんだと言うんですか、アーマンディ様も、そしてルージュも考えてください。われらが女神スピカ様は万民を愛する優しい神です。スピカ様は男女問わず、全ての公国民を愛してくださいます。そんな方がどうして聖女だけは女とするのだろうと、私は常々疑問に思っていました。アーマンディ様が男であり、聖女の資格を有するということは、聖女は女じゃなくても良いということです。聖女は女でなければいけないと、勝手に思い込んでいたのは人間ということですね。その証拠にアーマンディ様はスピカ神よりお力を頂いた。それが一番大事なことでしょう?違いますか、シェリル様?」
「その通りだ、さすがだな。ソニア」
シェリルが応じると場の空気が変わった。ルージュも迷い始める。だが、それを良しとしないアジタートは声を張り上げる。
「スピカ様は女神、女性よ!そして聖女はスピカ様のお力を地上に届ける存在。だからこそ女性が聖女であるべきなのよ!」
「そのスピカ様のお力を頂いたのが、アーマンディ様だ!」
シェリルが負けずと声を張り上げと、苛立つ様子のアジタートはルージュを睨みつける。
「ルージュ!その子供を殺しなさい!」
「それが、聖女の言う言葉か!」
イリオスが叫ぶと、応じるように、なぜかグレンプレスが卑屈な笑いを漏らし始めた。
「ははは、もうお終いだ……ここまできたら最後までやるしかない。ルージュとやら、その子供を傷つけろ、傷付けないとお前の家族を殺すぞ?お前は我がシルヴェストル公爵家の遠縁だろう?そのくらいのことは知っているんだ」
「な――、両親は……」
動揺したソニアがナイフを揺らす。すると、その切っ先がネリーの頬を掠めた。掠めた頬からは、赤い血が見える。
「ネリー‼︎」
アーマンディの声が廊下にこだまする。だがネリーは悲鳴すらあげない。痛みを我慢するように、眉間に皺を寄せる。
「お前!なんてことを⁉︎」
我慢の限界がきたシェリルが魔力を解き放つ。その勢いで廊下の窓が割れんばかりに共鳴する。
「シェリル!ここではだめだ‼︎」
イリオスが叫んで、シェリルの肩をつかむ。するとその隙にアーマンディがシェリルから離れた。
「シェリル……言いつけは守るから……」
「アーマンディ様‼︎」
「――――――」
アーマンディは声に出さずに言葉を発し、そしてアジタートの元に向かう。シェリルが魔力を抑えたので、イリオスはその肩から手を離した。
「さぁ、部外者は出て行きなさい!」
アーマンディの腕を強引に掴んだアジタートは、次にガーネットに託した。アーマンディの腕はガーネットによって握られ、更に喉元には剣が添えられる。
シェリルは目を一旦閉じ、そしてアーマンディを見る。アーマンディは恐怖に怯えながらも、シェリルに精一杯の強がりの笑顔を送る。
そこで勝敗は決まった。勝者は残り、敗者は去る。それが世の常だ。例え悔しくとも。
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