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聖女なのに、男です。  作者: 清水柚木
聖女の館編
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第3話 絵本

 ネリーを膝から下ろし、手を繋いでベッドへ向かう。狭くて硬いベッドには薄い毛布が一枚あるだけだ。

 日の差さない地下は、夏は涼しいが、冬は凍えるように寒い。ひとりの時はあまりにもの寒さに泣いてばかりだった。だが今は違う。ふたりで抱き合って寝れば、それだけで温かい。

 ベッド脇の壁を背もたれにしてアーマンディが座り、ネリーを膝に置き、薄い毛布でネリーを肩から包むと同時に自分の膝にも毛布をかける。季節は冬から春になるところ。まだまだ寒いこの時期はこうやって温め合うのが日課だ。


「さて、では絵本を読むよ?」

「はーい!」

 閉ざされた目では本を見えない。だけど、そんなことは関係ないようにアーマンディはこの部屋にある唯一の自分のものである絵本を開いた。

 子供の頃からあるこの絵本が誰からもらったものか、どうしてここにあるのか、アーマンディは思い出すことはできない。


「優しい女神様、スピカ様が守るスピカ国には、強い王様がいました。王様の名前はザヴィヤヴァ、聖女でもある、ザヴィヤヴァの奥さんの名前はヴィンデミアと言いました。ふたりの間には5人の子供がいました。一番上はシュルマです。白い髪と黒い目を持った男の子です。次の子はヴルカンです。黒い髪と赤い目を持った男の子です。その次の子はウンディーネという銀色の髪と青い目をした女の子です。その次の子はシルヴェストルと言う名前の金色の髪と緑の目を持った男の子です。最後の子はグノームと言う名前で茶色の髪と紫の目を持った男の子です」


「アーマンディ様の苗字はウンディーネだから、銀色の髪で青い目ですね」

 毛布から手を出してネリーがアーマンディの髪を触ると、美しい銀糸のような髪が小さな手の中で舞う。


「そうだよ、僕のずーっと前の前のお婆様だよ」

 アーマンディは言葉を紡ぐと同時に、心がつらくなる。自分を捨てた人達、自分を殺そうとした一族だ。そこに愛情があるとは思えない。


「アジタート様はシルヴェストル様の子孫だから、金色の髪で緑の目?」

「そうだね。この国の今の聖女様だよ」


 そして聖女の館にいるものは全て、美しい金髪と鮮やかな緑の瞳をしている。全員がシルヴェストル公爵家ゆかりのもの。あの暴力的なガーネットですら、公爵家に名を連ねる貴族の出身だ。この聖女の館で銀髪なのはアーマンディだけ。そしてネリーは黒に近い茶色の髪。現在の聖女の館では、ふたりは疎外感しかない。


「続きを読むね。きょうだい達は仲良しです。とりわけ強いシュルマお兄さんのことは弟妹みんなで憧れています。『シュルマ兄さんを支えるために僕は南へ行こう』次男のヴルカンはそう言って旅に出ます。旅先で襲ってきた魔物は炎の魔法でやっつけてしまいます。ヴルカンは火の魔法が得意です。得意の火の魔法で南の大地を安定させ、領主になりました。これがヴルカン公爵家の始まりです」


「炎の魔法なんてかっこいいです。火の魔法って温かいんですよね?」

「そうだね、火は手を翳すとぽかぽか温かいけれど、触ると火傷しちゃうんだよ。だから気をつけようね」

 はーいと手を上げるネリーは火の温かさを知らない。極寒の冬でもこの部屋には暖を取る道具はない。


「続きを読むよ。次に旅立ったのは三男のシルヴェストルです。シルヴェストルは言います。『僕は兄さんのために太陽が昇る大地でお手伝いをしよう』。東にも魔物はたくさんいます。シルヴェストルは得意の風の魔法で魔物を切り裂きます。そして東の大地を安定させたシルヴェストルは領主になりました。これがシルヴェストル公爵家の始まりです」


「風の魔法を使うから、アジタート様も、ガーネット様も切り裂くように冷たいんですか?」

「ふたりとも冷たくなんかないよ、ネリーを助けてくれたのはアジタート様だよ。そんなことを言っちゃダメ」

「はあい」

 納得していないように口を窄めるネリーの頭を撫でて、アーマンディは続きを読む。


「次に旅立ったのは唯一の女の子、ウンディーネです。ウンディーネは言いました。『北の大地は淋しいところ、私は大地を潤し、お兄様を助けましょう』。ウンディーネは水の魔法で魔物を倒し、寒々しい大地に豊かに実る種を撒きます。そうしてウンディーネは北の大地を実らせ、領主となります。これがウンディーネ公爵家の始まりです」


「北の大地は寒いところなんですか?」

「そうなのかな?僕も知らないんだ。いつか行けると良いね」

「アーマンディ様と一緒ならどこでも良いです!」


 きっと自分がこの牢獄のような部屋から出ることは一生ないとアーマンディは思っている。だが、ネリーだけでも旅立たせることができたら……それだけがアーマンディの願いだ。

 

「続きだよ。次に旅立ったのは四男のグノームです。『僕は太陽が沈む大地で兄さんを守ろう』そう言って旅立ったグノームは大地の魔法で魔物をやっつけます。そしてそこに頑丈な城を作り、領主となりました。これがグノーム公爵家の始まりです」


「今の公国王ですね?」

「そうだよ。ネリーは賢いね。現在の公国王フェラン様はグノーム公爵家の出身だよ」

「アーマンディ様がいっぱい教えてくださるからです!」 


「これからも頑張って色々覚えようね。じゃあ続きを読むよ。ある日強い王様とお妃様、そして次の王様になるはずだったシュルマが消えてしまいました。残された兄妹は父や母、そして頼りになる兄を探しましたが、どこにもいません。困った兄妹は考えました。『兄が戻るまでこの国を治めるのは兄弟の中の代表者にしよう』そう言って男の兄弟は話し合い、まずは二番目のヴルカンが兄の代理として王様になりました。そして唯一の女の子であったウンディーネが聖女となりました。それから少しして、この国は公国として始めました。兄弟たちはいつまでも待っています。兄が戻ってこれる日を……。終わりだよ。ネリー?」


 ふと見るとネリーはアーマンディの髪を持ちながら眠っている。


「疲れたんだね。今日は僕も疲れたよ……」


 絵本と閉じようとすると、そこに描かれてある仲が良さそうな兄弟の絵が見えた。その中央に立っているのは黒髪赤目の強そうな男の子と、銀髪青目の優しそうな女の子。


 自分とはあまりにも違う姿に心が痛んだ……。

毎日12時に投稿します。

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