第29話 アーマンディの好み(2)
「……シェリル様、これは何でしょうか?」
「3日後に行われる聖女の館引き渡しの儀のための衣装です。どれがお好みですか?」
シェリルはアーマンディの部屋のベッドの上に、ドレスを置いた。そしてアーマンディに選択を迫る。その態度はかなり強引だ。さすがのアーマンディも少し怯むくらいに。
「シェリル様……アリアンナ様にも見せて頂いたのですけれど、わたくしにはどれも素晴らしくて選べません。どれでも良いのですよ?」
「青でも?青はウンディーネ公爵家の色ですが?」
「それが式で着るにふさわしいのなら、それでも良いと思っているわ。アリアンナ様は趣味がよろしいから、わたくしには決められないわ」
シェリルはじっとアーマンディを見る。
正式に聖女の騎士になって1ヶ月が過ぎようとしている。それゆえに分かってきた事もある。
アーマンディが『僕』という時は、比較的気を許して話している時だ。その時は本音で話していることが多い。そして『わたくし』という時は、警戒している時だ。高い壁を感じる。
まだ完全に心を許していないアーマンディを恨む気はない。全ては自分の力不足だ。
心の中で歯噛みしならがら、シェリルは白いドレスを手に取った。金糸の刺繍が施されたツヤツヤしたスレンダードレスは、清楚な作りで、アーマンディの美しさを更に引き出すだろう。
「……白は聖職者の象徴です。今回の聖女の館引き渡しの儀は公式的な行事ではありますが、大神官の出席はなく、聖女とその後見人のみで行われるもの。そういった意味では、このドレスを着るのは大袈裟な気がしますね」
素直に頷くアーマンディを見ながら、シェリルは青いドレスを手に取る。
アーマンディの目の色に似た深い海のような青いドレスはオフショルダーで、少し高い位置にベルトがある。男性だが、華奢な鎖骨をもつアーマンディだ。このドレスを着ることで、倒錯的な美しさを見せることができるだろう。
「青は、ウンディーネ公爵家のカラーです。これを着るとアーマンディ様の後見人はヴルカン公爵家なのに、あなた自身はウンディーネ公爵家を望んでいるように写りますね」
「そ……それはいけないわ!わたくしはウンディーネ公爵家の後見は求めていないもの!」
「そうですね。ではこれは却下ですね」
次にシェリルは真紅のドレスと黒いドレスを手に取る。真紅のドレスはマーメイドラインのドレスだ。黒いドレスはAラインで裾が綺麗に広がっている。だが、どちらを着ても艶やかに写ることは確かだ。
「赤はヴルカン公爵家のカラーです。黒はセカンドカラーと言われ、暗にヴルカン公爵家の人間を指す色です。どちらもヴルカン公爵家の後見を受けるアーマンディ様が着るにふさわしい色ですね。次はデザインです。マーメイドラインとAライン。真紅のドレスは胸元の飾りが見事ですね。逆に黒いドレスは胸元をシンプルにして、スカート部分に金と赤のレースが施されていて美しいです。アーマンディ様はどちらをお好みですか?」
「どちらもわたくしには過ぎた美しいドレスだと思います。シェリル様はわたくしには、どちらが似合うと思いますか?」
やはりこうなるかと、シェリルは心の中でつぶやいた。こうなることは分かっていた。だからわざと誘導したのだ。だからこそ、次の言葉も決まっている。
「私が選ぶのは違いますよ。どちらもお気に召さないのであれば、もうひとつご用意しましょう」
「もうひとつ?」
訝しむアーマンディの注目を浴びながら、シェリルはベッドの中に隠しておいた洋服を取り出す。
「どうですか?一度、袖を通してみますか?」
「……それは、シェリル様の騎士服ではないですか?」
「ええ、そうですよ。私とあなたは身長が同じくらいだ。きっと着れますよ?どうしますか?」
アーマンディの返事はない。だけどその瞳が好奇の色に染まっていく。それだけでシェリルには返事が分かった。
◇◇◇
「思ったより……軽いんですね」
シェリルの騎士服を着たアーマンディが、姿見の前でくるっと回る。思ったよりも似合うその姿に、シェリルの口元には思わず笑みが漏れる。なんだかんだいってもやはり男性だ。騎士服を着ると多少なりとも精悍な顔立ちに見える。
「正装ではありませんからね。正装にはジャラジャラと飾りがつきます。聖女就任の儀や夜会の際の衣装は、色々飾りがついていたでしょう?マントもありました。あれはそれなりに重いんです。その衣装は普段着的なもので比較的軽いです。ですが、魔法が編み込まれているので、防御力は高いんですよ」
「そうなんですね……ズボンって初めて履きましたけど、スカートと違って動きやすいんですね。シェリル様は、逆にドレスを着ることもあるんですか?」
「ええ、ありますよ。今は聖女の騎士の称号を得ているので、騎士服以外では公式行事には出席できませんが、その前にはドレス姿で出席することもありました。自宅でくつろいでいるときは、ワンピースなどを着ることもあります。楽ですからね」
「そう……なんですね」
シェリルの騎士服姿しか見ていないアーマンディにとって、その言葉は意外だった。ドレスをまとったシェリルはきっと美しいだろう。一度で良いから見てみたいと思えるほどに。
「髪を結ってみますか?あなたはいつも下ろしているから、たまには良いでしょう?」
「あ……お願い……します」
アーマンディが鏡台の前に座ると、シェリルが当然のように櫛で髪を梳く。
「綺麗な髪ですね。ミルバが嘆いていましたよ。あなたはドレスも自分で着るし、髪も触らせてくれない、世話をさせてくれないと」
「背中に……立たれるのが苦手……で」
背中を人に見せると、今でも鞭が飛んでくるのではと、アーマンディは不安になる。そして打たれてもいないのに、背中の傷が痛み出すような気がする。長年虐げれてきたトラウマは中々消えない。
「私は……平気ですか?」
「ええ、シェリル様は、怖くないですから」
鏡越しに笑うアーマンディに嘘はない。その言葉と確信がシェリルの心を満たす。
櫛を操り、アーマンディの髪を上へと持ち上げる。首元に指が触れた時、少しくすぐったそうな声を出したので、シェリルが揶揄すると、真っ赤になったアーマンディがいる。
「似合いますね……」
アーマンディの肩に手を置き、シェリルは鏡を覗き込む。するとそこに映るのは同じ髪型をしたアーマンディとシェリルだ。
「お揃いですね……嬉しいです」
照れ臭そうに……だけど誇らしげに笑うアーマンディは、決心したように答えを出した。
「シェリル様……聖女の館引き渡しの儀の際のドレスは、真紅のドレスで良いですか?シェリル様とお揃いの色が良いです」
「そうですか。では私の当日の衣装は、あなたに合わせましょう」
鏡の前で手を合わせ微笑むアーマンディを見ながら、シェリルはアーマンディが自由になっていく手応えを感じた。このままこの状態が続けば……、女神スピカ神にそう願うばかりだ。
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