第28話 アーマンディの好み(1)
「それで……アジタートの様子は?」
シェリルの質問にアリアンナは扇子を閉じ、手に打ちつける。
「アーマンディ様に聖女の館を譲るための準備をしている……とシルヴェストル公爵家は言っているわ。本当のところは分からないけどね」
母娘ふたりは、聖女の館にある応接間で会話をしている。今日はアリアンナが定期報告に来たのだ。
向かいあったソファの扉側にシェリルが座り、アリアンナは自身の侍女を4人背後に立たせ、シェリルと向かい合って座っている。
本来であれば許可のない4人は、聖女の館に入館することは不可能だ。だがアリアンナはアーマンディの直属の侍女とするため、この4人を連れて来た。
元々はアリアンナを守るための、荒事に長けた侍女たちで、その信も厚い。アーマンディの秘密を守るための、厳選された人材だ。
シェリルは母の心遣いに感謝しつつ、ヴルカン公爵が本格的に動き出している気配を感じる。
4大公爵家の中で一番権威が高く、力があるのがヴルカン公爵家だとは知っていた。だがこうして見ると、そのヴルカン公爵家ですら、聖女には敬意を払わざるを得ない。人を入れ替えるのすら、容易ではない。
だがアーマンディが一言、人の入れ替えを命じれば簡単にできる。もちろん、アーマンディはその様な発言などしないが、アジタートは違う。自分の感情の赴くままに発言し、思うままに動いていた。それでは全能な力を持つと思うようになるだろう。
実のところ、現在の聖女の館は、アジタートの配下のもので構成されている。既存の者は、これから行われる予定の『聖女の館引き渡しの儀』が行われるまで追い出す事は叶わない。
だが、それもあと少しの辛抱だ。『聖女の館引き渡しの儀』が終わり、正式に譲り渡しが終われば、アーマンディにとって住みやすい館に変ることを、シェリルは心に決めている。
アリアンナは軽蔑した面持ちで、ため息を付く。
「実際は、自分は聖女だと騒いでいるらしいわ。聖女の館を追い出された人間も続々と集まって来ているみたいよ。ヒステリックな人間は醜いわね。去り際を理解できないババアにだけは、なりたくないわ」
「そうですか……密偵の話だと公爵邸に軟禁状態と言う事でしたね」
「そうよ。シルヴェストル公爵家に行くと、部屋から金切り声が聞こえるとか、聞こえないとか?」
「それはルージュからも聞きましたね」
「ルージュ……確か、アジタートがこの館にいた時の信女長よね?信用できるの?」
「大丈夫ですよ。彼女はかなり反省をしていますし、大神官が派遣して下さったソニアの同期で仲も良い。元々ここにいたこともあって、シルヴェストル公爵家の情報も定期的に仕入れてくれます。何よりもアーマンディ様に対する彼女の姿は、熱狂的な信者としか言いようがない」
「ソニアは私も面接したから気にしていないわ。真面目でしっかりした子でしょ?」
「ええ、ですが、ふたりともアーマンディ様の秘密は知りません。知った時にどう思うか……そればかりは分かりません」
「そうね……、それは理屈じゃないのかも知れないわ。分かった時にどう判断するかは……」
「そんな話より、アジタートの兄であるグレンプレスは何をしているのですか?アジタートが問題を起こしたら困るのは彼でしょう?」
「ああ、グレンプレス様は無能とまで言わないけれど、それなりの才覚しかもたない男よ。息子のケイノリサは有能と聞くけれど、元聖女のアジタートの扱いには頭が痛いでしょうね」
「ケイノリサ……確かアーマンディ様の母親、アリアンナの兄ですね」
「ウンディーネ公爵家だけじゃなく、シルヴェストル公爵家も家族仲が良いとは言えないわ。我が家だけが平和と言っても差し支えないわね」
「それは母上のおかげですよ。…………それで?その、これみよがしに広げたドレスは何ですか?」
実はアリアンナが座るソファの後ろに立つ4人の侍女は、ずっとドレスを持って立っていた。シェリルは話が出るまではと、待っていたがやはり気になり声をかけることにした。
ドレスの色は端から、黒、赤、青、白だ。デザインも色もバラバラで、シェリルの目はチカチカする。
「私は着られませんよ?今は聖女の騎士なので、騎士服以外の着用は許されていません」
「あなたのじゃないわ。あなたのドレスだったら悩まないわ。今度、聖女の館の引渡しの儀があるでしょう?それでアーマンディ様にどれがお好みか聞いたの」
「どれでも良いと言われましたか?」
「そうよ。何を渡しても手応えがないの。気に入らないとも、気にいるとも仰って頂けない。アクセサリーもそう、調度品だって同じよ。クローゼットもいっぱいにしたけれど、どれが気にいるわけでもない。毎日着るドレスもミルバが差し出すものを着るだけ。ミルバがいない時は右から順に着てるだけ。自分の意思が見えないわ」
「マーシーも言っていました。何を出しても美味しいと言う。好き嫌いもない。一緒に生活をしていたネリーは苦手な食べ物も出てきて、残す事があるのに」
「まるでお人形を相手にしてるみたいよ。しかも極上のお人形――何を着ても匂い立つように麗しく装われるわ」
「母上でもアーマンディ様を侮辱するのは許しませんよ?と言いたい所ですが、分かります。もうすこし人間らしい感情を持って欲しいものです」
「でしょう?だからあなたから聞いてくれない?どれが良いかを」
その為かと、シェリルはため息をつく。だが自分が聞いても同じ事だと分かっているとがシェリルは辛い。元々選べる立場になく、17年と言う月日を過ごして来たのだ。それだけではない。本来なら男性だ。男性用の服を着たいのではないだろうか。『僕』と言う一人称は男である事を忘れない為の、せめてもの抵抗だろうから。
とはいえど男性用の服を着せることはできない。アーマンディは公式に、女性で聖女なのだから。
「一応、聞いてみましょう」とは言ったものの嫌な役目だ……そう思いシェリルは深いため息をついた。
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