第27話 魔法の仕組み
アーマンディはルージュを講師とし、魔法の勉強をしている。
聖女の館の3階には学ぶための部屋があり、そこには講師と向きあうための椅子とテーブルがそれぞれに用意されている。アーマンディは聖女であるため、座りごこちの良さそうな豪奢な椅子に浅く腰かけ、ペンを片手に、ルージュの言葉を聞きもらさないように、紙に書く。そして講師であるルージュは、教本を片手にひとつひとつを丁寧に解説していく。そしてこの部屋の窓側にある不釣り合いな豪華なソファにシェリルは腰掛け、ふたりの様子を見守っている。
当初、このソファはなく、シェリルはアーマンディの後ろに立っていた。それをアーマンディは不服とした。聖女の騎士であれば、当然の行為がアーマンディには許し難かたく、結果ソファが用意され、シェリルはそれに座らされることになった。
なんて強引な主人だろう……そう思いながらもシェリルはその優しさをありがたく享受する。そして今日も飽きることなく主人を見守る。アーマンディは毎日熱心に授業を受けている。どうやらルージュは良い講師のようだ。
「神聖魔法ですと、浄化の魔法の作成は――
ルージュが浄化の魔法を行使する。その形は以前アーマンディが使っていたものに似ている。アーマンディは3重の魔法陣だった。そしてルージュは4重だ。
「随分と複雑な魔法陣なのね?わたくしには神聖魔法の方が難しそうに思えるわ」
「あら、それは違いますわ」
ルージュは首を振る。
「私を含め、神官や信女は修行により、多かれ少なかれ聖属性の魔力を持っております。ですがその力は聖女でいらっしゃるアーマンディ様や、アジタート様に比べれば微々たるもの。私は信女長の資格を持ち、厳しい修行の果てに聖属性の力も普通の信女達より多いですが、それでも大したことはありません。ですから、私たちが浄化の魔法を使う際には、まず自分の中の聖属性の力をかき集めることから始めるのです」
ルージュは一旦、力を収め、再び魔法を展開する。
「まず一番初めの魔法陣が、聖属性の力を体内から引き出す魔法陣。そしてその次の魔法陣が聖属性を使う魔法陣。そして次に対象物を浄化する魔法陣、そして最後に浄化する力を留める魔法陣ですわ」
ルージュが浄化するのは穢れた小さな浄化石だ。ルージュの魔法により浄化石は、徐々に、徐々に、浄化されていく。
そして浄化が終わる前に、その魔法陣は消える。ルージュが魔法を消したからだ。
「アーマンディ様は、聖属性を使って浄化、そしてその力を留めるの2重の魔法陣で浄化されますよね?それは聖女様以外にはできませんわ。ましてや1日に何千個も浄化することなど、聖女様でなけれれば不可能です。私などは頑張って1日に2、3個。しかも大きいサイズの浄化石ですと何日もかかることもあります」
「……そうなんですね」
アーマンディは笑って見せるが、内心では焦りがある。
アーマンディが今使っている魔法は、シェリルに教えてもらった魔法の使い方だ。その前に使っていた3重の魔法陣は、シェリルに言わせれば古臭くて、効率の悪い魔法だ。だったらルージュ達の魔法陣は、とても効率の悪いものではないだろうか。
「魔法というのはその体内にもつ魔力の量で変わってくるのですよ」
アーマンディの心の不安を吹き飛ばすようにシェリルが声をかけてきた。そしてアーマンディとルージュの間に立つ。
「私を始めとする公爵家の人間は、魔力が普通の人より強くなります。それは直系に近くなれば近いほど強いのです。この世界にある魔法元素は5つ。光・火・水・風・土です。そして人は魔法元素を何種類か体内にもっています。私が得意なのは火ですが、次に風の魔法も得意です。そして魔力が強く、火の魔法に適性がある私が火の魔法を起こすと、こうなります」
シェリルが手のひらに炎が立ち上がる。メラメラと立ち上がる炎は全てを燃え尽くさんとする勢いだが、その割には熱くない。
「シェリル様の魔法は魔法陣が2重ですね。アーマンディ様、私も同じ魔法を展開しますね。見ていてください」
ルージュが手を掲げると、やや時間が開いて手のひらに炎が立ち上がった。だが、シェリルに比べるとその炎は弱く、さらに魔法陣は4重だ。
「魔力の差でこれだけの差が開いてしまいます。魔法陣の数は最大でも10だと言われています。ですから、私とシェリル様では使える魔法の数も違ってきます。シェリル様にはまだ、8重の魔法陣を書き込めて、私では6重です。その差はとても大きいです」
「分かりやすいですわ」
アーマンディがニコリと笑うと、ふたりは魔法を解除した。炎の大きさと密度、それだけもかなりの差があった。とてもすごい人が自分の騎士になってくれているんだ……アーマンディはそのことを実感する。
「この間、ネリーがこけた際にアーマンディ様が使われた回復魔法も素晴らしかったですわ。回復魔法は聖属性。もちろん私たちも使えますが、治療はできても痛みを消し去ることはできません。それが痛みまで消し去ってしまわれるとは……私もソニアも驚いてしまいました。きっとアジタート様は、アーマンディ様の素晴らしい才能が恐ろしくて、あのように酷いことをしていたのですね。本当にあの時のことを思い出すと、心が痛みますわ」
下を向き、涙を拭うルージュには見えないように、シェリルがアーマンディに送った合図は、内緒にして欲しいだった。疑問は残るがアーマンディは瞬きすることで、その指示に同意する。
アーマンディが最近使っている回復魔法も、シェリルから教えてもらったものだ。シェリルの祖母はアーマンディの先々代の聖女の騎士だ。もしかしたら祖母から聞いていたことをアーマンディに教えてくれたのかも知れないと、思わなくはないが、だとしたら、一緒に踊った際に背中の痛みを一瞬で消した、あの魔法はなんだろう……と疑問に思うが、アーマンディの性格ではそれを聞くこと自体が難しい。問いただして嫌われたらと言った不安ではなく、何かを疑問に思っても、聞いてはいけないと習ったからだ。幼い頃からの習慣は、アーマンディを無意識に不自由にする。
「話が逸れてしまいましたね。つまり私達、神官や信女が使える神聖魔法と言われるものは聖女様が使われる魔法と似ていると思われがちですが、実はこのようにかなりの違いがあります。また、聖女様は4大公爵様方の血統の女性で、生まれながらに聖属性の力を持つ方のみがなれます。私はシルヴェストル一族の末端の末端の人間ですが、聖属性は修行によって得た力で、生まれ持ったものではありません。ですがアジタート様は生まれながら聖属性を持っていたと聞いております。そう言った意味ではやはり選ばれた方であることは確かです」
「性格がねじ曲がっていても――か」
吐き捨てるように言うシェリルに、ルージュは苦笑いをする。否定をしないのは同じ意見だと言うことだろう。
「あの……浄化石は、聖女以外でも浄化できるの?」
雰囲気を変えるためにアーマンディは、最初の話に戻す。今日の授業は神官達が使う神聖魔法と、聖女が使う神聖魔法の違いだ。アーマンディは浄化石は聖女にしか浄化出来ないと聞いていた。偽りばかり教わってきた事実にはもう慣れた。今更、嘆いても仕方ないことだ。
「その通りです。ただし私達が浄化できるのは、小さい物ばかりです。アーマンディ様の元には大きく浄化が難しいものばかりお願いしておりました。中にはとても大きくて難しい物もあったと思います」
「浄化石には大きさあるのね?そう言えば時間がかかる物もあったわ。わたくしは数をこなすことばかり考えていたわ」
「シェリル様がお持ちの浄化石は国宝級ですわ。ここまで大きい物は、中々見れる物ではございません」
うっとりとした表情でルージュが、シェリルの剣の房飾りに付けられた浄化石を見る。そのサイズは赤ん坊の握り拳サイズだろうか。アーマンディも確かにこのサイズはあまり見なかった。だが見なかったわけではない。定期的にこのサイズは来ていた。そしてかなり時間がかかっていた。
「ああ、これはヴルカン公爵家に代々伝わる物だ。かなりの数の魔物の瘴気を吸い取れる」
「瘴気は……魔物からでていて、浄化石はそれを吸い取るって聞いたけど?」
「ええ、確かに魔物は瘴気をまとっています。だから魔物に近付くと、人は瘴気に犯されてしまいます。そのために誰しもが浄化石を持ち歩いています。でも私を含め魔物と戦う者達は更に大きな浄化石が必要になります。なぜだか分かりますか?」
「魔物は瘴気のかたまりだから?」
「その通りです。魔物は瘴気の塊です。魔物は倒すと瘴気と魔石に変わります。瘴気は浄化石に吸い取られ、魔石は加工され浄化石になります。強い魔物からは大きな魔石が取れ、大きな浄化石になる。私が持つ浄化石は巨大な魔物だったそうです」
「そうなのね。知らなかったわ」
「非才の身ではありますが、私がお教えしますわ、アーマンディ様」
「ありがとう、ルージュ」
「ですが、今日はここまでです。アーマンディ様は根を詰めすぎるきらいがありますので」
クスリと笑い、ルージュは教本を閉じる。
「そうですね。アーマンディ様には休むことも必要です。さぁ、そろそろマーシーがケーキを10種類ほど焼いて、あなたの好みを探る時間ですよ?行きましょう」
「ええ――――」
少し嫌そうな顔をしながらアーマンディは立ち上がる。最近のマーシーはアーマンディの好みを探ろうと、とにかく種類を用意する。そしてどれが好きかか、嫌いかと逐一聞いてくる。だがアーマンディにとってはどれもおいしく感じられるので少々困っているのだ。
だがアーマンディの嫌そうな表情で、シェリルとルージュは喜びを感じる。こうやって少しずつでも表情が豊かになれば……ふたりはそう願うばかりだ。
アーマンディの心が自由になる日がいつになるのか、それは誰にも分からない。アーマンディにすらも。
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