第26話 ネリーの魔法
ネリーの掌の上に現れたのは、蝋燭のような小さな火だ。ゆらゆらと揺らめくオレンジ色の火は、消えそうで消えない。
シェリルとネリーとアーマンディは、聖女の館の南にある小さな庭で魔法の練習をしている。小さいとは言えど、そこは聖女の住まう館の庭だ。美しい花々に囲まれた庭には、見事な彫刻の白い東家があり、同じ彫刻師の作品のテーブルと椅子もある。アーマンディはその椅子に腰掛け、魔法を練習するシェリルとネリーを見ている。
シェリルはネリーの身長に合わせ、膝をつき丁寧に魔法を教えている。その光景を見ていると本当に幸せだと思い、アーマンディは表情に緩やかな微笑みをうつす。
「なかなか安定しているな。ネリーは筋が良い。しかも適性が炎系とは……髪の色も黒に近いし、ヴルカン一族の血が入っているかも知れないな」
シェリルがネリーの髪を触ると、ネリーはくすぐったそうな声をだし、手の中の火は、息を吹きかけられた蝋燭のようにふっと消えた。
「もう〜、シェリル様のせいで消えたじゃないですか!」
「ああ、悪かった。だが、初めからそこまで安定するのはすごいぞ」
ふと耳に入った言葉が気になり、アーマンディは立ち上がりふたりに近づく。
「ネリーにはシェリル様と同じ、ヴルカン一族の血が入っている可能性があるんですか?」
「その可能性はあるかも知れないですね。アーマンディ様を始め、私達公爵家の人間は髪色と目の色が家門の色を持たなければ、その権利を失います。権利を失ったものが平民となり、婚姻し、先祖帰りで子孫が魔力を持つことは良く聞く話です。ネリーの目の色は残念なことに分かりませんが、赤色であればヴルカン公爵の一族として迎え入れることも可能です」
「ネリーにそんな幸運が……」
そんな事が起これば、アーマンディに何かあっても、ネリーはヴルカン公爵家で保護してもらえる、アーマンディは期待に満ちた目でネリーを見る。つまり自分がネリーの目を治すことができたら……。
聖女の儀から2週間が経った。アリアンナによって用意された数々の調度品により、アーマンディの生活は劇的に変化した。ミルバは聖女の館の運営に着手し、侍女を増やそうと検討中だ。マーシーはアーマンディが好きな食べ物を探そうと日々奮闘している。
そして、大神官が派遣した信女長は、アーマンディの仕事を、効率良く回してくれる。
またアリアンナと大神官によって教育係も派遣され、アーマンディは日々勉強に勤しんでいる。
教育にはシェリルも参加する事はあるが、参加しない時にはネリーに勉強を教えている。今はネリーに魔法を教えていた所だ。
「私は親のことは分からないです。役立たずって言って捨てられたので……」
ネリーがしゅんとするとシェリルはいつも抱き合げる。最近のネリーはアーマンディといるよりシェリルといることが多い。でも寝る時はアーマンディと一緒で、一日に何があったか事細かに話しをしてくれる。
「過去の事は気にするな。親からそう言われていたとしても、今はアーマンディ様のお役に立っているし、これから頑張ればもっと役に立てるかも知れない。私と一緒に頑張ろう?」
「はい、分かりました!ネリーはアーマンディ様を守ります。だから火の飛ばし方を教えてください」
「なんだ?随分と一足飛びだな。飛ばすのは難しいぞ?さっきは火を出して、止めただろう?いったん留めて飛ばすことになるから、魔方陣が4重になる。一緒にやって見るから手を出してくれ」
ネリーが小さな手を出すと、シェリルはその手の下に自身の手を重ね、魔法を展開する。
ネリーは目が見えない。だから感覚で教えていくしかない。シェリルはそれを分かっているから、辛抱強く何回も何回も実行する。
ネリーの手から、小さな火の玉が現れ、何度も何度も打ち上げられては消えていく。まるで儚いシャボン玉のように。
「きれいですね」
「ええ、ネリーの作る火は、優しく美しいです」
アーマンディはシェリルの言葉に頷いて見せたが、本心では違うことを思っていた。
美しいのはこの光景だ。自分を慰めてくれていた愛おしい幼い子供を、自分を守ってくれる優しい騎士が導いている。温かい日差しはどこまでも優しく、花々はこれから来る春のために蕾を膨らませている。
こんな光景を想像したことはなかった。世の中は暗く、悲惨なものだった。それこそ、いつ死んでも悔いがないほどに。
「アーマンディ様、見てください!」
シェリルの言葉に上を向くと、ネリーの炎がゆらゆらと上空に上がっていく。
「すごいぞ!ネリー!もうここまで、できるとは!」
まるで自分のことのように喜ぶシェリルは満面の笑顔だ。
なんて美しい姿なんだろう……心のうちから湧き上がる感情に、アーマンディは一瞬、その胸に手を置いた。
トクトクとなる心臓が心なしかいつもより早い気がする。さらに熱が出て来た時のように頭がぼうっとする。勝手に赤くなる頬と、シェリルから目が離せなく理由は分からない。
綺麗だから?でもシェリルが綺麗なのは、初めて見た時から知っていた。
「アーマンディ様?」
「え?」
「……顔が赤いですよ?今日は日差しも強いですからね。暑いですか?」
「そう……なのかしら?」
じっと赤い目を見つめていると、更に鼓動が早くなる。
「なんだか……ぼうっとして……」
「熱中症?アーマンディ様はずっと地下室にいたので、日差しに抵抗力がないのかも知れませんね。今日はもう休みましょう。ネリー、自分で歩けるか?私の服の裾を掴めば良いから」
ネリーが大丈夫と言うと、シェリルはそっと下ろし、自身の服の裾を掴ませた。そして、アーマンディの肩に手をかける。
「シェ……シェリル様?何するんですか⁉︎キャア‼︎」
アーマンディが高い声をあげてしまったのは、シェリルから横抱きされたからだ。驚いたアーマンディは思わずシェリルの首周りにしがみつく。
「何って……運ぶんですよ。しかしアーマンディ様は軽いですね。もっと体重を増やすようマーシーに言いますね」
「か……軽いって、そんなわけないでしょう?僕は大丈夫だから下ろしてください」
「暴れないでください!ネリーがいるんですから‼︎ああ、もう……アーマンディ様が暴れるからネリーの手が離れてしまったじゃないですか」
そう言われてしまっては黙るしかない。アーマンディは恥ずかしいのを我慢して、両腕を胸のうちに収める。
「アーマンディ様……腕を私の首に回してください。そんなに縮こまれたら、逆に運びにくい」
「ご……ごめんなさい!」
「ネリー?歩くぞ」
「はーい!」
再びシェリルの服の裾を掴んだネリーが、元気良く返事をするとシェリルはゆっくり歩き出した。ネリーは器用にシェリルの後ろをついてくる。
「シェリル…様…あの……大丈夫ですから?」
「何がですか?そんなに真っ赤な顔をして」
まるで話を聞く気がないシェリルに、どうしたら良いのか悩むアーマンディに救いの神が現れる。
「アーマンディ様――どうなされたのですか?」
白地に赤い模様が描かれた信女服を着た女性が、ふたりに駆け寄ってくる。彼女の名はソニア。大神官より派遣されたアーマンディの世話をするための信女だ。信女の最高位である証の信女長のペンダントを付けている。
その後ろを走ってくるのはルージュだ。ルージュは大神官に願い出て、アーマンディの教育係となった。ルージュはアジタートからアーマンディを助けられなかったことを恥じていた。それゆえに何かにつけ、アーマンディを助けようとする。
「ネリーは私が」
ルージュが手を伸ばすと、ネリーは素直に抱きかかえられた。ネリーは初めからルージュを優しい人だと言っていた。目が見えないネリーには、何かが分かるようだ。
「アーマンディ様の体調が悪いようだ。だから今日は休ませようと思うのだが」
「あら、それは大変ですわ。本日のお勉強はお休みに致しましょう」
ルージュから心配されて、アーマンディはますます居た堪れなくなる。手で顔を覆って隠したいが、シェリルに叱られると思うとできない。ここいるルージュもソニアも自分が男性だと知らないからなんとも思っていないのだろうが、男だと自覚があるアーマンディは恥ずかしくて仕方ない。
「浄化石の浄化も終わっていますし、今日はゆっくりお休みすべきだと思いますわ。ネリーは私達に任せてください」
ソニアに応えるようにネリーは手を上げて喜ぶ。
「では、アーマンディ様、行きますよ」
「……はい」
もう、これしか言えないとアーマンディは観念した。
とても恥ずかしい思いをしている。けれどこのくすぐったいけれど、暖かい時間が、何よりも幸せだとアーマンディは思った。
できるだけ長く続きますように……。そう心の底から願った。
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