第24話 アーマンディの部屋(1)
シェリルの母アリアンナが聖女の館に来訪したのは、聖女就任の儀から3日後だった。そしてそのお供は2名のみだった。
公国王と大神官の許可証を携え、更に聖女アーマンディの正式な後見人としての立場を備えたアリアンナを止められる者はなく、聖女の館の応接間で当たり前のように待っていると、3日前と同じ服を着たシェリルと、夜会でのパーティードレスを着たアーマンディが姿を現した。
まずは丁寧な挨拶をアリアンナがしたところで、それぞれは着席した。
「母上?ふたりしかお供がいないとはどういうことですか?本来なら今日は聖女の館の人間を総とっかえする予定だったのでは?」
あけすけに話すシェリルを見て、アリアンナは周囲に誰もいない事を悟った。シェリルは周囲の人間の位置を正確に探れる力を持っている。つまり普通に会話をしても問題ないというシェリルの合図だ。
そうとなれば話は別だ。アリアンナは半眼し、片眉を釣り上げシェリルに睨みを効かす。
「分かっているわよ。状況が変わったの。それよりもあなたは同じ服をずっと着ているの?アーマンディ様だってドレス姿でいらっしゃるし、替えの服すらないとか言わないわよね!」
「その通りですが?」
開き直るように答えるシェリルに、アリアンナは額に手を当てて呆れかえる。片やアーマンディは申し訳なさそうに、謝罪する。
「わたくしが不甲斐ないばかりに、シェリル様のお洋服も用意できず……申し訳ございません」
「まぁ!そのようなつもりで言ったのではありません!謝罪などしないでくださいまし。ですがこんなこともあろうかと、アーマンディ様のお洋服はいくつもお持ちしましたのよ。お受け取り頂けますか?」
お供のひとりが、部屋にある箱の蓋を開けると、色とりどりのドレスが入っている。更にもうひとりが装飾品を見せる。
「そんな……シェリル様はともかく、わたくしには過ぎたものでございます」
「シェリルには2着もあれば足りますわ。一応、持ってきましたので、後で渡します。それよりもお受け取り頂けないのですか。急いで用意したので確かに既製品ではありますが、悩みながら一着、一着、選びましたのに……」
母のわざとらしい泣き真似に呆れかえるシェリルと違い、純粋なアーマンディは慌ててアリアンナを慰める。色とりどりなドレスを自身に当てて「似合いますか?」と必死に取り繕う。
「アーマンディ様はお美しいから、なんでもお似合いになりますわ。今度、お好みのデザインを教えてくださいませ」
強引なアリアンナにアーマンディは怯むばかりだ。だけどアリアンナのことを嫌いにはなれない……むしろ好ましいとアーマンディは思う。
「そんなことは後でいくらでも話してください。私は人を総入れ替えする話をしてるんです。いつまでもスープとパンだけの食事だなんて耐えられない」
母の前だと言うことでシェリルも遠慮がない。こんな一面もあるんだと思い、アーマンディは目を瞬く。
たった3日ではあるが、もう3日だ。アーマンディはシェリルから色々学び、更に仲良くなったと思っていた。いつも落ち着きのある大人の女性だと思っていたのに、家族の前ではかわいらしい一面もあるようだ。
「なんですか?」
「いいえ?シェリル様もそんな顔をなさるのだと思っただけよ?」
アーマンディの言葉にシェリルはバツが悪そうに視線を外す。
「まぁ、母の前ですから……」
少し赤くなる頬が更にかわいいと思いつつ、空気を読んでアーマンディは着席した。
アリアンナは悪くないふたりの雰囲気に、内心で安堵しつつ、本題を切り出すことにする。
「情勢が変わったの。初めは人を集めて強引に押し入ろうと思ってたけど、シルヴェストル公爵家が正式に聖女の館を引き渡しを、我が家に表明してきたわ。アーマンディ様の御代に曇りがあるのは耐えられないわ。だから公式に聖女の館の引継ぎ行事を行う事にしたの。行事は1か月後に行う予定よ。だからまずは、侍女頭と料理長を連れて来たの。これで食事は問題ないでしょう?明日には大聖堂から新しい信女長も入館予定よ。どう?文句ある?」
「いえ……それでしたら良いんです」
「色々とお手配頂きありがとうございます。あの侍女頭の方と、料理長の方のお名前を伺っても良いかしら?これからお世話になる方々ですもの。お名前を覚えたいわ」
アーマンディは立ち上がってふたりの元へ向かう。するとシェリルも立ち上がり、アーマンディにふたりを紹介する形になった。
「アーマンディ様、侍女頭は私の乳母でミルバと言います。料理長はその娘で私の乳兄弟マーシーです。彼女の作る料理は美味しいですし、ミルバもこう見えて実はとても強いです。私も彼女に学んだことは多いです」
「まぁ、そうなんですね。アーマンディと申します、シェリル様にはとてもお世話になっております。これからよろしくお願い致します」
ふんわりと笑うアーマンディにふたりだけではなく、アリアンナも魅了される。3日前には見られなかった余裕のある微笑み。これを自分の娘が引き出せたのかと思うと、アリアンナは嬉しく思える。
「ミルバと申します。今後は侍女頭としてアーマンディ様のお住まいになられる聖女の館の管理と、護衛と身の回りのお世話をさせて頂きますわ。アーマンディ様のご事情は伺っております。わたくしにお任せください」
ミルバは灰色がかった黒い髪に赤紫の瞳をしている。すっと立った姿は背筋も伸びて美しく、一見優しそうなその顔には鋭い瞳が光る。
「マーシーと申します。アーマンディ様のお食事を用意する事のできる名誉を頂き、光栄に存じます。アーマンディ様はお嫌いなものがございますか?甘いものはいかがですか?これから私に色々教えていただけると嬉しいです」
マーシーはぽっちゃりとしていて身長は低い。母親と似た灰色がかった黒髪だが、その瞳は桃色だ。低い身長のためアーマンディを見上げている。好奇心たっぷりなキラキラした瞳が親しげな雰囲気を醸し出している。
「わたくしは、好きな食べ物も嫌いなものも分からないわ。これから一緒に見つけてれると嬉しいのですが……」
「承知いたしました!では早速、今晩は私の得意料理をお作りしますね!苦手だと思ったら遠慮なく仰ってください。おいしいと思われたときはぜひ、その感想を!」
「マーシー?いい加減にしなさい!」
母であるミルバに後頭部を小突かれて、マーシーはぺろっと舌を出す。仲良さげなふたりの姿にアーマンディもついつい表情が緩む。
「顔合わせがうまく行って何よりだわ。それでは次に行きましょう」
アリアンナが扇子を打ち鳴らすと、ミルバとマーシーは心得たように部屋を出ていく。ふたりはこれから引き継ぎに行くのだ。この聖女の館で働くために。
「……大丈夫でしょうか」
アーマンディが心配そうにふたりを見る。アーマンディはこの聖女の館の人間の冷たさを良く知っている。優しいふたりが自分のせいで酷い目に合わないか、心配で仕方がない。例え、すぐにここの人間がすぐに入れ変わると分かっていても。
「大丈夫ですよ、ミルバは当然ですが、ああ見えてマーシーもとても強いです。私としては逆らうものが出ないことを祈るだけです」
「そう……なのね。でも本当にわたくしがここの主人になれるのね。なんだかまだ夢みたいだわ」
「夢ではありませんわ。まずは、アーマンディ様のお部屋へご案内くださいませ。お部屋に合う家具を用意したいし、壁紙も交換したいわ。アジタートの趣味は悪そうですもの」
ふうっとため息をつくアリアンナより、アーマンディの心は重い。
「わたくしの部屋は……」
アーマンディの食事は改善されたが、部屋はそのままだった。扱いも改善された訳ではない。だが、ガーネット達が追い出され、アジタートが帰っていないので、前より悪い扱いはされていないだけだ。
「アーマンディ様のお部屋は現在はご案内できません。ですが今後のことを考えると今のうちに新しい部屋を決めておくのも良いでしょう」
アーマンディが地下の部屋を恥じていることは知っている。だからシェリルが代わりに返事をする。
「そう、予想通りね。そうではないかと思っていたの。だから聞いてきたわ。聖女の部屋の場所を」
「聖女の部屋?もしかしてお婆さまから?」
シェリルの祖母はかつて聖女の騎士をしていた。つまり聖女の館で生活をしていたということになる。祖母はシェリルに聖女の騎士の頃の話をしていたが、部屋の場所までは教えてもらえなかった。
「つまり、私が聖女の騎士になったから、教えてくださったのですね?」
「そうよ、行きましょう。きっとアジタートはその部屋を使っていないはずよ」
確信に満ちた笑みをしながらアリアンナは先を急ぐ。長く暮らしたアーマンディよりも詳しい顔をしながら。
毎日12時に投稿します。
面白かったらブックマーク、下の評価よろしくお願いします!




