第23話 アジタート
「アジタート、お前はもう終わりだ。そろそろ夫と暮らしたらどうだ?」
アジタートは自身の兄をキッと睨み返す。
「夫⁉︎あの無能な男が?父が勝手に決めた男ですよ!あいつが無能だから、わたくしに子供ができなかったのよ!」
聖女の儀と夜会を経て、これ以上アジタートが聖女の館に居続けることが難しいと判断した、前シルヴェストル公爵でありアジタートの兄でもあるグレンプレスはアジタートを、中央都市にあるシルヴェストル公爵別邸に連れ出した。
そして応接間でアジタートの説得を試みているが、どうにもうまくいかない。
実はアジタートには夫がいる。アジタートの父が強引に推し進めた結婚は、結婚2年目でアジタートの苛烈な性格が災いし、事実上破綻していた。
「そういう問題ではないだろう。そもそもお前も思いやりが足りなかった。父がお前を甘やかした結果だな」
グレンプレスの深いため息に、アジタートはテーブルを蹴り上げることで反撃する。
「お前――!それが淑女のやることか⁉︎」
「うるさいわね!あの男女の後見人になれば良いんでしょ⁉︎そうすれば、わたくしはいつまでもこの国のトップでいられるわ!」
「今更、後見人になれるわけがないだろう!もうヴルカン公爵家が後見人になることは公式に決まった!お前がやれることはない!私はもう引退しているんだからお前も諦めて引退しろ!せめて引き際くらいは弁えろ」
「いやよ!アーマンディに聖女の座を譲るくらいなら、あいつが男だって世間に言いふらしてやるわ!」
「やめろ‼︎」
グレンプレスが叫んだ声に、流石のアジタートも怯む。
「誰か!誰か来い!アジタートを部屋に閉じ込めろ!」
グレンプレスの声を聞き、侍従と護衛騎士たちが部屋に飛び込んできた。
「お兄さま!よくも聖女のわたくしを!許されませんわよ‼︎」
あくまでも自分が聖女だと叫ぶアジタートを、侍従たちが連行する。
引き摺られる様に連れていかれるアジタートを見ながら頭を抱え、深いため息をついていると、入れ替わるようにグレンプレスの息子で、現シルヴェストル公爵であるケイノリサが入ってきた。
「甘やかしすぎだと言ったはずですが?」
「分かっている……それ以上言うな。昔からアジタートは人の話を聞くような女ではなかった。父が猫可愛がりしすぎた結果がこれだ」
「私に言わせれば父上も変わりませんよ。叔母上に与えられた聖女の恩恵という名の蜜は、それほどに甘かったということでしょうね」
「……皮肉ばかりが上手くなるな。だが確かに、聖女から与えられた蜜はどの甘味より甘かった。そういう意味では、アーマンディ様の蜜を味わう気がないウンディーネ公爵家は、狂っているとしか思えないな。アントノーマも何を考えているのか……息子だったとはいえ、スピカ様のお力を頂くことのできる聖女だ。やりようによっては、この国を牛耳ることすら可能だ」
「……あそこはその様なことを考えてはいないでしょう」
ケイノリサは冷めた目を父に向け、すぐに窓の外を見る。まだ聞こえるアジタートの金切り声が不快だ!
アジタートが聖女として君臨してきた57年の間、シルヴェストル公爵家は政治的優位な立場にあった。特にケイノリサの祖父が公国王だった時には、横暴と言っても差し支えないやり方で、スピカ公国を支配していた。重税を課し、放蕩三昧していると言っても過言ではない状況を見過ごすことができないシルヴェストル公爵家以外の3公爵が団結し、祖父は公国王の任期を全うすることなく降ろされた。スピカ公国の公爵領は、各公爵家に完全に運営を任されている為、被害に遭ったのは主に中央都市とシルヴェストル公爵領だったのが、まだ幸いだった。
ケイノリサは重いため息をつく。
本来なら祖父はそれ相応の刑罰を受けるべきだったが、聖女であるアジタートの鶴の一声で無くなった。それだけ聖女の言葉は重いのだ。
その結果、シルヴェストル公爵家を快く良く思っていない民は多い。特に自分が治めるシルヴェストル公爵領では最悪だ……。
これ以上、領民の気持ちが離れるのを防がなければと思っているケイノリサにとって、暴君アジタートは目の上のたんこぶだ。できれば切って捨てたいが、そうすると自身の体にも大きな傷を追う。
シルヴェストル公爵家に嫌気がさし、早々に出て行った妹のアントノーマが羨ましい。ケイノリサは良くそう思う。だが、自分はそういう訳にはいかない。自分には後を継ぐ息子がいる。その子の為に、安定した治世を作りたい。
「叔母上を、決して外に出さないでくださいね」
ケイノリサは身体を向けず視線だけで父を威嚇するように、声色を強くする。
「分かっている、聖女の館の人間も下げるように手配する」
緊張感のないように手を振るグレンプレスは、ケイノリサの気持ちを何ひとつ分かっていないようだ。呑気にあくびをしながら部屋を出ていく。
「老いたな……あの横暴だった父が……」
フッ笑いながら、空を見上げると、親友の目と同じ色だと思えた。妹のアントノーマを幸せにすると誓った親友の目は、最近は曇りがちに見える。
「さて、では叔母上のために、館の用意でも始めるか……」
決意を発言することで冷静にことを進められる様な気がしたケイノリサは、勇み足で廊下への向かう。
これ以上、問題が起こらないように願いながら。
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