第22話 聖女の館(6)
魔力切れを起こしたアーマンディが再び目を覚ましたのは、部屋に充満するなんとも言えない香りのせいだ。
起き上がってみると、テーブルの上には湯気が出ているスープと柔らかそうなパンが置かれてある。
「ああ、起こそうと思っていましたが、良かったです。ランチの時間ですよ」
「……シェリル様、これはどうしたんですか?」
「言ったでしょう?何とかすると」
シェリルは当たり前のように言うが、それが難しいことだと、長年住んでいたアーマンディは知っている。だが、よく見るとその難しいことは現実だと気付く。
ひとつしかなかった椅子がいつの間にか3脚になっている。そればかりかテーブルクロスまで。
そして食事はちゃんと3人前用意されている。いつもなら一日2食、朝晩しか食事は出ないはずなのに、昼に食事があるなんて……理解が追いつかず困惑するアーマンディがシェリルをじっと見ると、シェリルはごまかすようにネリーを起こしに向かった。
目を擦るネリーを当たり前のように抱き上げ、椅子に座らせると、スプーンの使い方を教えている。ほのぼのした光景を嬉しく思ったアーマンディはそれ以上の質問をやめ、ネリーの右側の椅子に座る。
「アーマンディ様、このパン、柔らかいですね」
「そうだね、こんな柔らかいパンは僕も初めてだよ」
「僕?」
「――――――っ‼︎」
聞き漏らさなかったシェリルにアーマンディは、目を泳がせる。シェリルが部屋にいることを意識して、アーマンディは女性の言葉を使うようにしていたのだ。
だがそんなアーマンディの思惑を知らないネリーは無邪気に答える。
「アーマンディ様はいつも『僕』って言うんですよ。シェリル様がいたから恥ずかしくて言葉使いを変えていたみたいです」
「そうですか……それだけ打ち解けて下さったと言うことですね。嬉しいです。どうかこれからもその言葉使いで……」
全てを察したようにシェリルはアーマンディに言葉をかける。
『僕』と言うのは女装を強いられ、女らしくあるように所作を直されたアーマンディのせめてもの抵抗心だった。僕ということで男であること忘れないようにしていたのだ。
「あ……でも子供っぽいでしょう?」
「いいえ?それを言うなら私の言葉使いは男っぽいですが、アーマンディ様はお厭いですか?」
「そんなことは!」
「では問題ありませんね。さぁ冷めないうちにどうぞ?」
少し強引に話を進めるシェリルにアーマンディも順応していく。今更隠すものもない。彼女は全てを知って、それでも受け入れてくれた。そう思うとアーマンディのぽっかり空いた心に何かが埋まっていくようだ。
「シェリル様も敬語をやめて欲しいのですが……」
「それは無理ですね。私はあくまで聖女の騎士なので。それよりもアーマンディ様こそ、私に敬語を使うのはやめてください」
「それは……僕には無理です」
「まだお互い知り合って短いですし、今後に期待しましょう」
ため息をひとつ落とし、シャリルはネリーの補助をする。
「シェリル様は、小さい子の面倒を見るのに慣れていらっしゃるんですね?」
「ええ、7つ歳の離れた弟がいまして面倒を見ていたのでつい……ああ、ネリー、熱いから気をつけろと言っただろう?」
スープを飲んだネリーは熱さのあまり、スプーンを落とした。それを怒ることなく、シェリルはネリーの口を拭き、さらにスプーンを拾い、布巾で拭く。
「どれ、私が食べさせてあげよう。さぁ、口を開けて」
「あ――ん」
ヴルカン公爵家の本家の長女といえば生粋のお嬢様だ、その方がこんなに優しく親しみやすいなんて……シェリルが自身の騎士になってくれた幸運に感謝しながら、アーマンディもスープを一口、口に含む。温かく柔らかい味の、具のあるスープに思わず涙が溢れた。
「どうしましたか?」
「あ……ごめんなさい、美味しくて」
こんなスープにも涙するアーマンディをシェリルは心の底から気の毒に思った。自分にとっては粗末な食事だ。本来誰よりも恵まれた世界にいるはずの方がここまで虐げられていたとは……。そうは思うが、下手な同情の言葉をかけても仕方ないと、シェリルはアーマンディに笑顔を向ける。
「食事が終わりましたら、作業部屋に行きましょう。試して頂きたいこともあります」
「え?」
シェリルはにっこりと笑う。椅子は同じ形のものを用意させた。これで本来の力が発揮できるはずだ。そして……。アジタートのつまらない策など全て消し去ってやる!シェリルはそう決意した。
◇◇◇
「魔法陣がおかしい……ですか?」
アーマンディが作業部屋に移り、座った椅子に違和感を感じながらいると、シェリルに魔法の使い方を指摘される。
「ですが、シェリル様は聖属性の魔法は使えないのでは?」
「……それはそうですが、魔法の基本はどれも変わらないはずです。あなたが使っている魔法は効率が悪く、魔力を無駄に垂れ流す魔法陣の形をしています。もっと効率の良い魔法がありますよ」
「……そうなんですね」
アーマンディにも違和感はあった。水を生み出す魔法と、浄化の魔法ではまるで魔法陣の形が違う。魔法陣の数すらも……。
「教えて……頂けますか?」
「ええ、まずはこの浄化石を今までのやり方で浄化してください」
シェリルがテーブルの上に乗せた浄化石は真っ黒に澱んでいる。魔物が放つ瘴気を吸い取った証だ。
いつもの様に魔法を行使すると、魔法陣が三重になって浄化石の周囲を巡る。
「一番内側にあるのが聖属性を使うことを示し、二番目が浄化することを示し、三番目が保ち続けることを示していますね?」
「ええ、そう……習いました」
「私達が使う魔法は一番内側の魔法陣は使いません。概念で言えば、聖属性で浄化するという短縮された魔法陣を作ります」
アーマンディがシェリルの言葉を理解する前に浄化石は浄化され、コトっと音がしてテーブルに落ちた。テーブルに落ちた石は紫色の輝きを取り戻した。
「シェリル様……なんだかいつもより浄化が早い気がします」
「ああ、バレてしまいましたか。あなたが使っていた椅子には魔法を使いにくくする魔法が組み込まれていました。だから壊して新しいものを持ってこさせました」
「そうだったんですね。……僕はそこまでアジタート様に憎まれていたのですね」
「ええ、あなたに才能があったから」
「男なのに……聖女の才能があったから……ですか?」
上目遣いでシェリルを見るアーマンディの瞳は濡れている。
「あなたは悪くないですよ。男だから聖女の資格があった事が罪ではありません。その証拠にスピカ様はあなたにお力を与えて下さった」
「それは……聖女であれば誰でも頂けると……」
「それも嘘です。スピカ様のお力を頂ける聖女は稀です。1000年の歴史を持つスピカ公国でも10人もいません。アーマンディ様の前にジェシカ様が頂きましたが、その前は200年以上前だと記憶しています」
「僕は……嘘ばかりつかれていた……のです……ね」
下を向いたアーマンディの目から涙が溢れた。長じてからは人前で泣いたことがないアーマンディだったが、シェリルという味方を得たことで心が弱くなった。
声を上げずに肩を震わせるアーマンディをシェリルは抱きしめる。気配を察したネリーもアーマンディの膝に手を乗せ、頑張って背を伸ばして涙を拭く。
今はこうして自分を支えてくれる人がいるかと思うと……アーマンディは悲しいけれど幸せな気持ちにもなれた。
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