第21話 聖女の館(5)
「お前……確か、聖女就任の儀でアーマンディ様を預けた女の横にいた女か。そのペンダントは高位信女か?」
「聖女の館で信女長を勤めております。ルージュと申します」
震えているが、その受け応えには確かに知性が光る。間違いなくこの聖女の館に、大聖堂より派遣された信女を束ねる信女長だろうとシェリルは得心する。
問題はアーマンディについてどこまで知っているのか、そしてどこまで加担しているかだ。一歩間違えば藪蛇になる……シェリルは判断を誤らないようにゆっくり息を整える。
「そうか……あの女が前に出たから上位だと思ったが違うのだな?」
「あの女性はガーネットと言って信女の資格を持つ者ではありません。アジタート様が連れてきた侍女のひとりで、アーマンディ様のお世話を任されております。あの時はアジタート様の命令で、私の服を貸したのです。アーマンディ様のお世話をできるのはガーネットだけだからと仰って…」
「ガーネット……」
確か昨晩叩きのめした女の名前がガーネットと言われていたな……とシェリルは思い出す。
アーマンディの話によると、いつも鞭打ちはガーネットの役目で、さらに昨晩の相手はガーネットの予定だったと言っていた。まさか自分がアーマンディを渡した相手がそんな女だったとは……シェリルは自分の行動を悔やむばかりだ。もっと徹底的に叩きのめしておけば良かったと。
「ガーネットはどこへ?」
「ガーネットは昨晩から戻って来ないと、侍女達が騒いでいました……アジタート様も……」
昨日の夜会で、アジタートが自身の兄に連れて行かれるのを見た。そしてそのまま帰らなかった。ガーネットを始めとした女達はシェリルに締め出され、そのまま聖女の館の外に行ったらしい……それは都合が良い……シェリルは内心ほくそ笑む。
「あの……アーマンディ様はご無事でしょうか?私は聖女の儀の際に初めて、アーマンディ様を拝顔致しました。まさかあんなに美しい方だったとは……しかもスピカ神のお力も頂ける程の方だったとは……やはり私達はアジタート様に騙されていたのでしょうか……シェリル様がここにいらっしゃるという事は、聖女の騎士になられたのですよね?」
「アーマンディ様は……ご無事だ。お前達はアジタートにアーマンディ様のことをどう聞いていたんだ?そもそも次代聖女がこんなところに閉じ込められて、こんな薄暗い部屋で、護国水晶玉を浄化するなどおかしいと思わなかったのか?」
「私ども信女は私を含め5人、聖女の館に派遣されております。私達は基本部屋から出ることは許されておりません。私はここに派遣されて3年経ちましたが、私の前の信女は、アジタート様の宝石を盗んで出奔したと聞いておりましたので、なるたけ迷惑をかけないように努めておりました。ですからアーマンディ様のことはアジタート様から頂いた情報しか知りませんでした。アジタート様はアーマンディ様は気がふれているので地下室に閉じ込めていると……だから言葉を交わしてはいけないと、知らない人間を見ると襲いかかってくるので、決して覗いてはいけないと言われておりました」
「そうか……では実際見てどう思った?」
「気が触れているなど、あり得ません。私は聖女の館の外門でアーマンディ様をお待ちしておりましたが、あまりにもの美しさに、スピカ様がご降臨されたかと思いました。しかもあの堂々と歩くお姿!まるで雲の上を歩かれているような美しい歩み。更にスピカ様のお力を光の波に変え、スピカ公国中にお届けになるとは……奇跡を見たとはまさにあのことです。昨日は興奮して寝付けませんでした。ですが朝になると、普通に護国水晶玉と浄化石をこの部屋へ届けるように指示がありまして……私はもう何がなんだか」
この様子だとアーマンディに心酔していて、害するつもりはなさそうだとシェリルは判断する。
「そうか……お前は夜会には出ていないのだな?」
「はい、先ほども申しましたが、私達は基本的に部屋に閉じ込められておりますので」
「夜会で私はアーマンディ様の騎士に任命された。昨晩から共にいるが、アーマンディ様は気狂いなどしていない。むしろ聡明な方だ。お前は騙されていたんだな」
「やはりそうなのですね……ではこの部屋で、その……」
「血の匂いか?」
「はい……やはりシェリル様もお分かりになるのですね。発狂するアーマンディ様をアジタート様とガーネットが止めていると聞いてました。その際に双方大怪我をおってアジタート様が治療していると……それも嘘だったのですね」
ルージュは言葉を止めた。ある程度は予想したのだろう。ここで行われていた虐待を。そのことをルージュの様子から察したシェリルはため息混じりに、話を変えることにした。
「そうだな……ちなみに今朝は食事がなかったぞ?1日2食、ないときもあると聞いた。小さい子供と二人でパン2個と具のないスープだけで過ごしていたそうだ。毛布も一枚だけだ。良くあれで生きておられた。愛の女神スピカ神の恩恵だろう」
「……子供?子供とは?」
「知らないのか?そう言えば3年前から一緒に住んでいると仰っていた。確か、前の信女長の出奔は3年前と言っていたな。生きているのか?」
ルージュはそっと首を振る。つまり知らないという事だ。
「そうか……思った以上に魔窟だな。どちらにしろ、アーマンディ様に今一番必要なのは食事だ。お前は用意できるか?」
「アーマンディ様の食事係を今朝は見かけませんでした。どこへ行ってしまったのか……」
「ああ、では私が昨晩追い出した中にいたのかも知れないな。昨日、ガーネットとかいう女と共に10名ほど追い出したんだ」
「10名⁉︎それはアジタート様のお気に入りの人間です。この聖女の館を牛耳っているアジタート様の親戚筋の侍女です」
ではアーマンディの秘密を知るのは、その10名の可能性が高そうだ。思ったより少人数で情報を守っていた事実にシェリルは安堵する。最悪はこの館の人間全てを処分することも考えていた。
シェリルの考えに気づかないルージュは頭を巡らせる。
「彼女達がいないのであれば、贅沢な者は無理ですが、私達が食べているものならば……」
「贅沢は言えない……まぁそれで良いだろう。アジタートがいつ戻ってくるか分からない。そうだとすればこの部屋で過ごすのが妥当だろう。そのうち私の母であるヴルカン公爵夫人が来るから、その時までの辛抱だ」
「まぁ、ではアーマンディ様の後見人はヴルカン公爵様が?おめでたいことですわ。これでアジタート様の独裁政権も終わりを見せますのね」
シェリルが頷くとルージュは嬉しそうに手を組み、スピカ神に祈りを捧げる。
呑気なものだ……シェリルはため息をつきながら、自分が壊した椅子を見る。
この部屋でアーマンディ様はどれだけ、傷つけられながら涙を流したのだろう。血を流しながら絶望に染まったのだろう。それを助けられなかった自分を、今更悔やんでも仕方のないことだとは分かっていても、やはり責めてしまう自分がいる。
だが、これからは自分が支えて幸せにしたい。それは、自分の恋が実らなかったとしても……。
グッと目を瞑り、拳を握りしめる。
暗く血の匂いがする部屋に負けないように。
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