第20話 聖女の館(4)
「誰か、来ましたね」
シェリルの突然の言葉に、アーマンディは耳をすますが分からない。
食事を終えたアーマンディ達は、ネリーが魔法を使えるか試していた。どうやらネリーには魔力があるようだ。スピカ公国には魔力は持たざる者もいる。その中で魔力をもつネリーの未来は明るい。
「あ……あの足音はアーマンディ様のお仕事を持ってくる人です」
ネリーは目が見えない分、聴覚が鋭い。重く閉ざされた扉の先の階段に響く足音まで聞こえる。
3人が息をひそめていると、向かいの部屋の扉が開く音が聞こえる。次に扉を閉める音が聞こえたと同時に、アーマンディの扉をノックする音が聞こえた。
立ち上がったシェリルを止めたのは、アーマンディだ。必死にすがりついて、無言のまま首を振る。その姿を見るとシェリルは部屋を出ていくのを諦めざるをえない。
「行っちゃいました」
いつものようにネリーがアーマンディに合図を送る。つまりこれがアーマンディが仕事を始める合図だ。
「シェリル様、わたくしはこれから仕事で向かいの作業部屋へ行かなければいけません。ネリーとこの部屋にいて欲しいのですが……」
「それは無理です。私はあなたの騎士ですから、一緒に参ります」
「シェリル様が行くならネリーも行きます!」
「――っ、あ、あの、困ります、お見せできるような仕事ではありません」
「それは……聖女の機密情報のためですか?何か特別なことを行うと?聖女の騎士の私にも見せられないような機密事項があると、祖母から聞いておりませんが?」
畳み掛けるように聞いてくるシェリルに動揺しながらも、アーマンディは耳に入った情報が気になり質問を返す。
「祖母?なぜ、お婆さまのお話がここで出てくるんですか?」
「ああ、ご存じないのですね?私の祖母はアジタートの前の聖女、ジェシカ様に仕えていた聖女の騎士です。聖女の騎士になる可能性があった私は、祖母から色々学んでおります」
「まぁ、そうなんですね。では、大丈夫なのでしょうか。これからわたくしは、護国水晶玉の浄化と、浄化石の浄化をいたします。この仕事は国家機密なので誰にも見せないようにアジタート様に言われていたのですが……」
「護国水晶玉に?いつからですか?」
「いつから……そうですね、ネリーが来る前ですから、5年ほど前でしょうか」
「5年……そうですか、なるほど」
シェリルは納得するが、アーマンディにはシェリルの言葉の意味が分からない。不思議な面持ちで見つめていると、シェリルがごまかすようにニコリと笑った。
「聖女の騎士である私に、見せてはいけないものなどありませんよ。むしろ護国水晶玉を聖女が浄化する話は、祖母から聞いて憧れておりました。是非とも見学させてください」
「そういうことでしたら……ですがわたくしは魔力が少ないので、浄化には時間がかかります。それでも良いですか?」
「魔力が少ない?スピカ様のお力を頂けるほど器がありながら?」
「え?普通の聖女であれば、気絶しないとアジタート様に伺ったわ。気絶するわたくしは、やはり出来損ないだと……」
「アーマンディ様は出来損ないじゃ、ないです!」
「そうだな、ネリー。私もそう思う。どちらにしろ見学させてください。良いですね?」
怒るネリーと笑っているが押しの強いシェリルには勝てない。アーマンディは困ったように頷き、3人で作業部屋へと移った。
◇◇
移った作業部屋はかすかに血の匂いがした。顔をかすかに歪め、シェリルはその床を見る。
掃除こそされているが、冷たい石畳の間にはこびりついた血の跡がある。おそらくアーマンディが鞭打たれた血の残りだと思うと、ゾッとした。向かった壁の周辺に多くあることから、ここで指導という名の刑罰が行われたことが分かる。罰と称して自分から背中を向けさせることが、一番手っ取り早い調教方法だ。そうさせることで自分が悪いから罰を受けていると人は錯覚する。ましてや幼い頃からやっていれば、効果的だろう。幼い子供に鞭打ちなど、正気の人間のやることとは思えない。
薄暗い部屋には粗末なテーブルと椅子、そして趣味の悪い豪華な椅子があるだけだ。粗末なテーブルの上には淡く光る護国水晶玉、床には籠いっぱいに汚れた浄化石が入っている。
こんな陰惨な場所にネリーを連れてきたことを、後悔したシェリルだったが、顔には出さずアーマンディの手元を覗き込む。
アーマンディは慣れた様子で粗末な方の椅子に腰掛け、人の頭ほどある護国水晶玉に聖属性の魔法を展開させる。途端に魔法陣が現れ、淡く光っていた水晶玉に力がみなぎっていく。
護国水晶玉はこの国独自の国を守るためのシステムだ。聖女が護国水晶玉に浄化の力を注ぐと、その力は大聖堂と各公爵家にある護領水晶玉に力が伝えられ、さらにそこから各都市や町にある守護の水晶玉に力が伝わる。聖女が送る力により、環境は安定し、弱い魔物は浄化することができる。更に強い魔物は弱体化させることも可能だ。護国水晶玉に力を注げるのは強大な聖属性の力をもつ聖女だけだ。それ故、聖女の権力は大きい。国の命運が彼女たちにはかかっているのだから。
アーマンディが額に汗をかきながら一時間ほどかけ、必死に護国水晶玉に魔力注ぎ続けていると、満足したかのように部屋中に光を放ち、輝き出した。眩しいけれど安らぎを与える光は、シェリルの心をほぐすかのようだ。
「お疲れ様です。次は浄化石の浄化ですか?」
シェリルは何のけなしに質問するが、答えるアーマンディの顔色は真っ青だ。
「いえ、一度休まないと……わたくしの魔力は尽きてしまいました」
シェリルが、息を切らしながら答えるアーマンディに手を貸し、立ち上がらせると、その体が冷たいことが分かる。確かに魔力切れの兆候だ。だが、おかしいとシェリルは首を捻る。スピカ神に力を与えられるほどの聖女が、この程度で魔力が切れてしまうとは……。
ふと、アーマンディの座る椅子を見ると、何かしらの魔法が組み込まれていることが分かる。部屋にはもうひとつ椅子がある。アーマンディが座る椅子より遥に座り心地の良さそうな趣味の悪い椅子が。
「アーマンディ様……あちらの椅子は?」
「あれはアジタート様の椅子ですわ……わたくしが座ることは許されておりません」
「そうですか……とりあえず、どうしますか?いつもこの後には何を」
「一度戻ります。少し寝れば魔力は回復しますから……」
「いつも一緒にお昼寝してるんですよ。その間にさっきの人が来て、また帰っていくんです」
ネリーの話を聞いてシェリルは理解する。つまり先に水晶玉を回収に来るものがいるということだ。
シェリルはネリーを床に下ろし、アーマンディの手を握らせる。
「先に帰っていてください。私が護国水晶玉を先ほどのものに渡してから戻ります」
「ですがシェリル様……会うことは許されていないんです」
「私は聞いていません。だから行ってください」
かなり強引にふたりを追い出し、部屋に残ったシェリルはアーマンディの座っていた椅子に手を翳す。
「ふ……やはりな」
浮かび上がってきたのは、魔法陣だ。しかも魔力を吸い取る魔法陣。この椅子に座ることにより、アーマンディの魔力は大幅に削られていたことになる。
「しかも先ほど浮かび上がっていた魔法陣……色々とやらかしてくれるな」
思わず笑いが出るほど、卑しい所業に怒りすら湧いてこない。良くこれだけ悪辣な行為ができるものだ。仮にも聖女の名を冠するものが、そう思うとついつい声を出して笑ってしまう。だが、次に来た感情――怒りと共に椅子を踏み潰すと、情けない音を立てて崩れた椅子が床に散らばる。
その音を聞いて悲鳴を上げたのは、護国水晶玉を取りに来た信女だ。衣装からして高位信女。つまりシェリルは来ることが分かっていて、わざと椅子を壊したのだ。
「お前……どこの家のものだ?」
陽炎のような魔力を吐き出しながらシェリルが睨むと、哀れな信女は恐怖のあまり声に出せない悲鳴をあげた。
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