第19話 聖女の館(3)
いつもと違う温かさを感じ、アーマンディは目を覚ます。
こんなに安らかに気持ち良く寝られたことは、物心ついてから一度も覚えがない。そんな気持ちを抱きながら目を開くと、両手と両足を組んで椅子で寝るシェリルが見えた。瞑った目には黒い長いまつ毛。紅い魅力的な唇が自然と目に映り、アーマンディは少し居た堪れない気持ちになる。
じっと見つめていると、シェリルの切長の瞳がぱちりと開いた。
「おはようございます。良く眠れましたか?」
「――っ!お……おはようございます。あの……起きていらっしゃたんです……ね?」
「元々眠りが浅いのです。あなたが起きた気配がしたので、起きました」
「そうなんですね……。あの結界をありがとうございます。お陰様で暖かくて気持ち良く寝れました。こんなにゆっくり眠れたのは……初めてです」
「そうですか。それは良かった」
シェリルはすっと立ち上がり、アーマンディに手を差し出した。
「え?」
意味が分からずアーマンディは困惑する。どうしたら正解か分からない。
「起きてるだろう?ネリー」
「え?」
「……なんで分かるんですか?」
おずおずとネリーが毛布から顔を出す。その目はいつも閉じられたままだから、普通の人であれば分からない。
「気配で分かると言っただろう?どうだ、部屋は温かいか?暑すぎないか?」
「大丈夫です。ちょうど良いです。魔法ってすごいですね」
ネリーが毛布から、もそもそ出て、ベッドから降りようとすると、途端にシェリルが抱き上げた。
「昨日より重くなったか?ネリーはもう少し大きくならないとな」
「はい!頑張って大きくなります。シェリル様、ネリーも魔法を使えるようになりますか?」
「どうかな?後で見てやろう」
ふたりの微笑ましい光景を見ながらアーマンディも起き上がる。ふと見ると、自分がドレスを着たまま寝たことに気づいた。
「あ……ドレスのまま寝てしまった」
罪悪感で改めて見つめたドレスは、ツヤツヤとした光沢のある質感の蒼い下地に、繊細な刺繍のレースが重ねられている。随分と高級そうなドレスだ。アジタートがアーマンディのために用意したとは思えないほどに。
テーブルの上には夜会でつけた宝石もある。聖女就任の儀の際の宝石はアジタートに没収されたが、夜会での宝石は奪われなかった。中央にある深い海のような蒼い宝石はサファイヤだろうか。誰もが魅了されるような美しい色をしている。
「ドレスも宝石も高級品ですね。あなたがお召しのドレスは、ウンディーネ公爵家特産品の布地を使っていますね。この宝石も家宝のものでしょう。世間に出回る大きさではないから」
「それは……」
もしや両親が自分のために用意してくれたのか……と言う言葉は出なかった。淡い期待はしないに限る。
幼い頃、両親が自分を助けてくれることを何度も夢見た。だが一度も手は差し伸べられなかった。
「聖女の儀の際のドレスはどうしました?」
「それは……」
シェリルの質問には答えにくい。アーマンディの目の前でズタズタに引き裂かれたヴェールと、血に染まったドレスを思い出すと心が酷く痛んだ。
アーマンディの表情で察したシェリルは、雰囲気を変えることにする。
「着替えますか?着替えるなら外に出ますが?」
「え?あ……お願いします」
シェリルは軽くお辞儀をし、ネリーを連れて部屋を出ていく。アーマンディはシェリルの細やかな気配りに感謝しながらドレスを脱ぐ。
「ウンディーネ公爵家の特産品?このドレスが?」
ドレスを手に取ってまじまじと見ると、聖女の儀の際のヴェールと同じ作り手だと分かる。ひと編み、ひと編み、心を込めて編まれている。聖女の儀の際のヴェールは引き裂かれてしまったが、このドレスは手元に残った。そして、この宝石も……。
アーマンディは首を振る。どちらにしろ実家を頼る気はアーマンディにはない。手早く着替えて扉を開けると、ネリーを抱っこしたシェリルと目が合った。
「終わりましたか?」
艶やかに笑うシェリルの着替えはない。真紅の騎士服の姿のままだ。
「シェリル様は……お着替えは?わたくしの洋服でよければ……」
「ああ、こう見えてもこの服には魔法が編み込まれていて、防御力も高いし、ある程度の汚れも防止されます。何があるか判りませんので私はこれで」
「そうなんですね」
「アーマンディ様が昨夜着用されたドレスにも、魔法がかかっています。おそらくですが、防御力が高く、状態異常も防いでくれるはずです。万が一私がいない有事の際には着用してください」
そんなものもあるのかとアーマンディは目を瞬く。自分の知らない、知らされていない知識がこの世には多くあるのだろう。
「それにしても、食事係は何をしているのですか?遅いですね」
「あのね……多分、ご飯はないと思います」
「ネリー、それは本当か?よくあることなのか?」
「うん、一日2回のご飯が1回の時もあるし、ないときもあるんです。ごめんなさい」
しゅんとするネリーの頭を撫でて、シェリルは「問題ない」と言って微笑む。持ち帰った食事がまだある。だが持って1日だ。母が準備を整えるまで、3日はかかるだろう。それまでどうするか。
「シェリル様……あの…申し訳ありません」
シェリルの悩みを察したアーマンディも、悲しげな表情で謝罪する。深く頭を垂れるアーマンディの体を、シェリルは慌てて起こす。
「アーマンディ様が悪いわけではないので謝るのは辞めてください。とりあえずは食事をしましょう、昨日の持ち帰ったものが残っています。その後の食事は私に少し時間をください、考えますから」
「……ありがとうございます。ですがきっと頂けないと思いますよ?」
諦めたような顔をするアーマンディにシェリルは、不敵な笑いを返す。
「もらう?とんでもない、施しを受けるのは性に合いません。施しを受けるくらいなら、強奪するまでです」
「……そ、それもどうかと思いますが……」
「冗談ですよ。さぁ、部屋で食事にしましょう」
にっこり笑うシェリルを訝しがりながらアーマンディは部屋に戻る。ふたりきりだった部屋が3人になり、狭くはなったが、会話は増えた。
温かい部屋で美味しいものを食べ、そして笑い合える今をアーマンディは楽しむ。いつか終わるこの関係が、なるたけ長く続きますようにと願いながら。
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