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聖女なのに、男です。  作者: 清水柚木
聖女の館編
18/204

第18話 聖女の館(2)

「こんな美味しいもの、産まれて初めて食べました。ありがとうございます」

 ねりーが歓喜の声を上げた食べ物は、ただのローストビーフのサンドイッチだ。時間が立って乾いたパンはパサパサで、通常であれば捨ててしまっている。


「こんなに美味しいものがあったんですね」

 そっと目の端を指で拭うアーマンディの食べているものは、キッシュだ。ありふれた定番のキッシュも冷めてしまって、パイ生地の食感は悪い。


 シェリルの母は手で摘めるものを中心に選んでいた。その中には日持ちするものもある。多すぎる土産は今後のことを考えているように思えた。つまり食事が出てこない可能性があるということだ。

 だが、喜んで食べるふたりを見ているとそんな無粋な事は言えなかった。甘い飲み物を初めて飲んだというネリーはまだ分かるが、現在17歳であるアーマンディまでもがそれを言うとは、シェリルは自身の今までの贅沢さを恥ずかしく思った。


 それでもふたりとも胃が小さいのかあっという間にお腹がいっぱいになった。「後は明日で」と言ったアーマンディに、ネリーが「明日もご馳走だね」と言って笑い合う。


「この部屋は少し寒くないですか?」

「え?そうですね……これでも温かくなった方ですが、あの……」

「おっと――ネリー?」

 お腹いっぱいになったネリーが、シェリルの腕の中で船を漕ぐ。慌てて抱き抱え直し、シェリルは軽すぎる体をギュッと抱きしめた。


「疲れたんだと思います。わたくしをずっと待っていましたから」

「まだ子供ですからね、私がベッドまで運びましょう」


 シェリルが背中に感じるアーマンディの視線は、何かを訴えかけている。


 何か言い出したそうな表情だ。想像以上に酷いこの部屋を恥じている事は分かっている。これほど虐げられていたという事実は、シェリルにも予想外だった。

 いや、公国中の人間がこのような事態は予想していないはずだ。本来なら力づくでも現状を打破したいのは山々だが、まずはアーマンディの周囲を取り巻く環境を把握したいのも事実だ。今は耐え忍ぶ時だろう、そう思い至り、シェリルはまずはネリーをベッドで寝かせることにした。

 ネリーをベッドに寝させようとしたら、薄い毛布が一枚あるだけだ。ふたりで抱き合って暖を取っていたのだろうか……シェリルの心は更に痛んだ。


 一方、アーマンディはベッドへとネリーを運ぶシェリルを見る。

 その所作は洗練されていて、指の先端まで美しい。どこから見ても家柄のしっかりした高位貴族の人間だと分かる。騎士服を纏っていても、隠しきれない女性らしい美貌も含め。


 この部屋にはひとつしか椅子はない。シェリルは立ったままネリーを抱き、食事を与え、自らも食べていた。到底公爵令嬢の食事の風景ではない。シェリルはそれで良いと言う。でもそれではダメだとアーマンディは思う。


「あの――シェリル様――

「まずは現状を把握しましょう」

 アーマンディの言葉をシェリルは強引に妨げる。その目はネリーに向けていた優しい目ではない。敵を焼き尽くさんとする激しい炎のような闘志が宿っている。

 

「……あ、はい、申しわけございません。このような状況のわたくしが、シェリル様を騎士にしてしまいました」

「その言葉はやめてください。私は良かったと思っていますよ。あなたを救い出せるのですから」

「――――――――!」

 シェリルの言葉に、前を向いたアーマンディの目に、涙が溜まる。シェリルが心の底から言っていることだと、アーマンディには分かった。


「この状況は昔からですか?部屋とそして食事……そこにあるあなたの洋服も含めて」

 シェリルが指差す先には、アーマンディのくたびれた服がある。丸めて置かれてあることから、ネリーが畳んだものだと分かる。


「はい、物心ついた時には、ここにひとりでいました。食事は固いパンと具のないスープ。洋服は誰かのお古です。わたくしにはそれで十分だと言われて育ちました」

「そうですか……」

「あの……シェリル様、そのベッドにでもお掛けなってはいかがでしょうか?わたくしだけ座っているのは申し訳なくて、それに狭いですがそこでお眠りください。わたくしは床でも良いので」

「……主人を床に寝させて、ベッドに寝る騎士などおりませんよ。あなたがベッドで寝てください。私はあなたが座る椅子で十分です」

「ですが――!」

「そうして頂けないのなら、私はずっと立ったままでおります。こう見えてもヴルカン領で魔物を倒しにひとりで旅をしていました。テントが張れないときは、木の上でも岩の上でもどこでも寝るものです。そういった意味では室内で椅子の上の方が安全に決まってます。ですからアーマンディ様はベッドでお休みください。そもそもこんな話はどうでも良いのです。今はあなたの状況を確認しています。それで?ウンディーネ公爵家とは接触もないのですか?あなたのこの状況を知らないとでも?」


 シェリルの勢いに負けたアーマンディは、自身の位置とシェリルの位置を変えた。すなわちシェリルが椅子に、アーマンディはベッドへと移る。お互いが座ったところで、アーマンディはポツリ、ポツリと話し始める。

 

「わたくしが男だと言うことを、シェリル様はもうご存知でしょう?聖属性を持って産まれてきたのに、男だったわたくしを両親は殺そうとしたそうです。だから助けて頂くことはできません。わたくしの味方はなく、これまでもひとりで耐え忍んで参りました。そんな中、偶然会えたネリーだけが心の支えでした。だけど、今日はネリーを人質にするようになり……今晩もシェリル様がいらっしゃらなければ、わたくしは今頃、愛のない行為を強いられるところでした」

「愛のない行為?」

「………聖属性の子供が欲しいと、そうアジタート様は仰っていました」

「――は、ははっ!」

 思わず出てしまった乾いた笑いに、シェリルは自身の手を額に置いて、冷静になろうと努める。それが聖女のやることかと思うと、呆れて声も出ない。


「断ればネリーを鞭で打つと……鞭の傷は痛みます。わたくしは……それを良く知っているので、この子には味合わせたくなかった。だけど……そんな行為は耐えられず……っっ」


 ハラハラと涙を流すアーマンディは当然のように声を出さず泣く。昔からこうしてひとりで我慢して泣いてきた。誰かの前で泣くのは初めてかも知れない。このように自身の弱さを(さら)け出すのも……。


「……あなたの背中の傷は酷かったです……。そうですか、まさか昔から受けていたとは、しかもそのような恥知らずなことまで……想像以上に酷い目に遭われていたのですね。ですがこれからは私にお任せください。母もどことなく気づいているのでしょう。ヴルカン領から人を集め、聖女の館の人員を一掃すると言っていました。そもそも聖女が交代した際には前聖女共々使用人から全て引き払うのが通例です。まだ居丈高に残っているのがおかしいのです」

「そう……なんですね。わたくしは知らされていないことが多いのですね」

「私がお教えします、そして支えます。そのための聖女の騎士です」

「よろしくお願いいたします」

 儚げに微笑むアーマンディはまるで幻のような美しさをシェリルの目に焼き付ける。


「今日はお疲れでしょう。もう寝られてはいかがですか?この部屋は寒い。私が温めますから」

「温める?」

「ええ、お任せください」


 シェリルは魔法を展開する。先ほどの猛々しい雰囲気の魔法と違い、柔らかな魔法が部屋を包み込む。


「結界を張りました。これで私の許可なく部屋に人が入ることは不可能です。追加で暖房効果もありますから、今日はゆっくり寝むれるはずですよ」

「まあ、シェリル様の魔法はすごいですね。わたくしなどは傷を治すことと、浄化すること、そして水を精製することしかできませんわ」

「水ですか?ちょうど私は水を飲みたいと思っておりました。家臣に施しを頂けるとありがたいのですが?」


 シェリルがわざと戯けてウィンクをすると、アーマンディは心得たように立ち上がりコップに水を精製する。渡されたシェリルはその水を凝視する。


「これが……水…ですか?」

「ええ、わたくしが使える水魔法はこれだけ……でもネリーは元気が出る水と言ってくれるわ」

「アーマンディ様は子供の頃からこれを?」

「そうです。あの……何か変ですか?」

「いえ?ありがたく」

 一口飲んだ水は甘露のような甘い味がする。これがあったから、この過酷な環境でも生き延びられたのかとシェリルは得心する。


 疲れたアーマンディは、お休みなさいの言葉と共に、ネリーを抱きしめて寝る。抱きしめられたネリーは、まるで母に縋り付くようにアーマンディに抱きついた。


 きっとこうやって支えあってきたんだろう。そう思いながらシェリルは部屋の明かりを暗くする。明日からの反撃を想像しながら。

毎日12時に投稿します。

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