第17話 聖女の館(1)
早足に進むアーマンディの横を、シェリルは歩く。月のない冬の空には星々が瞬いている。
まるで女性の所作だ……どこまでも女性であることを徹底されているアーマンディの動きに、シェリルは同情を禁じえない。ドレスを摘む指はほっそりとしていて、裾の先からは、軽く内股気味に小さい歩幅で進む細いヒールが見える。
シェリルとアーマンディの後ろには、護衛として公国王の直属の公国護衛騎士と、大聖堂直属の聖騎士団が10人ほどいる。
アジタートは中央都市にあるシルヴェストル公爵家に戻り、帰って来ない。アジタート直属の侍女たちは不満を表情に表しながら、騎士団の後ろを付いてくる。
公国護衛騎士と聖騎士団が護衛するのには訳がある。聖女の館の入り口は、シルヴェストル公爵家が守っている。アジタートがいない今、扉を開けない恐れがあると思われたからだ。人は誰しもが権威には弱い。これだけの騎士団が相手では扉を開けざるをえないと、シェリルは考えた。
ネリーの土産は騎士団のひとりが持っている。多すぎる土産に驚いたが、日持ちする物が多かった。シェリルは母の気遣いを少し怖く感じている。
「アーマンディ様、少しごゆっくり歩きませんか?星が美しいですよ?」
「え?そ、そうね」
アーマンディは一刻も早く帰りたい気持ちを抑えた。
ネリーはきっと食事も与えられていないだろう。午前中に別れてからずっと、会っていない。きっと不安だろうし、心配しているはずだ。だが自分は今、聖女で、後ろには護衛の騎士団がいる。焦った姿は相応しくないのだろう……早る気持ちを抑えて、アーマンディが歩みを遅くすると、シェリルが当然のように腕を差し出してきた。
「あ……ありがとう」
アーマンディはお礼と共に、シェリルの腕に自身の腕を絡ませる。
ゆっくりと星を見ながら歩いていくと、聖女の館の裏門が見えた。門を護る門兵は、シルヴェストル公爵家の者だ。シェリルの目配せで公国護衛騎士のひとりが門兵に伝令に行く。強制的に開かれた扉を通ると、シェリルはネリーへの土産を受け取った。
聖女の館には許可された者しか入れない。ましてや男性は厳禁だ。
次に侍女達が入り、門の扉が閉まると、途端にアーマンディは走り出した。走った先には聖女の館が見える。白い壮麗な建物は、まさに聖女の存在そのものだろう。
シェリルはアーマンディと共に走る。すると聖女の館の入り口には、ガーネットがいた。落ち着きなくウロウロと歩き回っている。
「お前!遅いじゃないか!なにをしていた⁉︎」
ガーネットの激しい勢いにアーマンディの身体は動きが止まる。更に小刻みに震える身体。シェリルに癒してもらった背中の傷が、再び熱を持ったように痛んでくる。
「お前――誰だ?」
震えるアーマンディを庇うようにシェリルはガーネットの前に立ち塞がる。
するとアーマンディの後ろに控える侍女達が、水を得た魚のように騒ぎ始めた。
「ガーネット!アーマンディが裏切ったわ!聖女として夜会で威張っていたのよ!アジタート様への恩も忘れて!」
「やっちゃって!いつものように懲らしめて!」
声をあげる侍女達の声援を受け、ガーネットは残酷な笑みをアーマンディに向ける。びくっと怯えるアーマンディの気配を感じ、シェリルの怒りは頂点に達する。
「――出ていけ、ここはアーマンディ様の館だ‼︎」
「なに私に命令してんのよ!あんたこそ何者よ!ここは聖女の館、アーマンディみたいな出来損ないの聖女ではなく、聖女であるアジタート様のための館だ!」
ガーネットが甲高い声でズカズカと歩き、アーマンディに近付いてくる。シェリルはひと睨みしたと同時に、風の魔法を発動させる。ガーネットの足元から吹き出した暴風は彼女の身体を上空へと持ち上げ、重力から解放された身体はそのまま地面へと落とされた。
情け無い悲鳴を上げてガーネットはそのまま動かなくなる。侍女達は良く動いていた口を開いたまま、その場で固まった。
格が違う……誰もが分かる圧倒的なシェリルの魔力に、恐怖から声が出ない。
「お前達も去れ!無能は必要ない‼︎」
シェリルの勢いに反論することもできない侍女達を放置し、シェリルは館の扉を開ける。アーマンディに入るように促すと、扉を閉め、鍵をした。
「行きましょう、あなたの部屋はどこですか?」
「あ……こ、こちらです」
夜会での堂々とした姿は消え、アーマンディはおどおどした姿で、シェリルを案内する。
アーマンディは自分を恥ずかしく思い、シェリルの顔が見られなくなる。自分が聖女の館の人間にどういう扱いを受けていたか、きっとシェリルは分かってしまったのだろう。
更にあの暗く狭い部屋に案内するなんて……こんな美しく強い人に自分は相応しくないのではないかとも思い始めた。だが契約は交わされた。もう、ありのままを見せるしかない……そう決意して更に歩みを速くする。
入り口から右手方向へ行き、曲がった先に地下へと降りる階段がある。アーマンディは迷うことなく、その階段を降りる。シェリルはなにも言わない。
何も言わずシェリルは怒りに震えていた。聖女の館の人間のアーマンディへの想像以上の扱いに怒りしか湧いてこない。しかも1階から降りるということは部屋は地下だ。通常であれば罪人を閉じ込める懲罰房。まさかここまでとは……。
ひんやりとする暗い地下に降りると、アーマンディは慣れた手つきで重い扉を開ける。薄暗い部屋には子供がいる。ネリーだ。
「ネリー!」
「アーマンディ……さま?」
ベッドの上から飛び降りるネリーをアーマンディはぎゅっと抱きしめる。こんなに長い間、ひとりにさせた事はない。ネリーの涙を流せない目では分からないが、その手が、身体が、悲しげに、小刻みに震えている。
「ごめんね、寂しかったね」
「大丈夫です。アーマンディ様が帰ってきてくれたから」
子供では到底言えないような気遣いが痛々しい。体も冷たく、冷え切っている。ご飯は思った通り、与えられていない。アーマンディが泣くのを我慢しながら抱きしめていると、シェリルの影がふたりに降りた。
「あ……シェリル様、この子がお話をさせて頂いたネリーです。ネリー、今日はお客様がいらっしゃるんだよ。シェリル・ヴルカン様、ネリーの大好きなヴルカン公爵家の方だよ。挨拶ができるかな?」
「ヴルカンさまの?」
あどけない顔でこくんと首を横に傾けたネリーは、次にスカートの両側の裾を軽く持ち上げ、膝を折った。
「誉高いヴルカン公爵家のシェリル様にお会いできて光栄です。アーマンディ様の侍女ネリーです」
ネリーの挨拶を受けたシェリルは、土産を粗末なテーブルに置き、騎士として最高礼の挨拶をもって返す。
「光り輝く聖女アーマンディ様の筆頭侍女にお会いできて光栄の極み、私はシェリル・ヴルカン、アーマンディ様の騎士です」
「アーマンディ様のきし?」
「そう――騎士が分かるか?」
「分からないです。きしってなんですか?」
「騎士は…そうだな、アーマンディ様を守る人間だと思ってくれ。ネリー、抱っこしても良いか?」
ネリーが頷くと、シェリルは簡単に持ち上げ、自身の右腕に乗せた。そしてネリーの目に左手をかざす。
「これは……ネリーの目は産まれつきか?」
「はい、だから親に捨てられました、それでアーマンディ様に助けてもらいました。あの……」
言い淀むネリーにシェリルは優しい声をかける。
「なんだ?ネリーと私はアーマンディ様を守る同士だ。なんでも言ってくれ」
シェリルの言葉を聞いた、ネリーはその口を歪め、嬉しそうな声を出す。
「シェリル様はアーマンディ様の味方なんですね!嬉しいです、アーマディ様を助けてください!お願いします」
「ああ、一緒に頑張ろう。だからネリーまずは食事だな」
縦抱っこしたままシェリルは、ネリーをテーブルへと運ぶ。歩く距離はほんの数歩だ。狭くて薄暗い部屋には小さなベッドと、テーブルと椅子が、ひとつずつあるだけだ。
「アーマンディ様も召し上がってはいかがですか?結局、お食事はされていないのだから」
態度を変える事なくシェリルが話しかけると、アーマンディは心の底から安堵したような笑みを漏らした。
虐げられることが日常だったアーマンディは、たとえ契約があったとしても怖かったのだ。シェリルが豹変しないかと、それを心配していた。しかもこのような粗末な部屋に住んでいたとあっては、軽蔑した目で見られても仕方ないと思っていた。だけどシェリルは気にしない様子で、食事を並べている。
安堵し、そしてテーブルに近づく。憧れていた普通の食事をするために。
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