第16話 聖女就任祝いの夜会(4)
「名乗った後にひと言お願いします。次に右手を父の前に出してください。それが会話の許可の合図です。父が無言で手を取り深くお辞儀をしますが、その際にも直立したままで。屈んではいけません」
誰にも聞こえないようにシェリルはアーマンディに指示を送り、背後に下がる。
「苗字も言うの?」
「……ご自由に」
つまり名乗らなくても良いのだろう……そうアーマンディは理解する。自分のような存在が名乗るべき家名ではない。誇りある4大公爵のひとつだ。
近づいてきたシェリルの父親はアーマンディが見上げるほど、大きく威圧感がある。
母親は年よりも若く見え、どこかシェリルに似て美しい。シェリルの両親はアーマンディの前で深く、深く膝を折る。
その姿を見ながら、アーマンディは心に決めたことを言葉として発する。
「アーマンディよ。良き騎士を得れて幸せだわ。これからもよろしくね」
アーマンディの言葉に人々はざわめいた。
誰しもがアーマンディがシェリルの次に声をかけるのが誰か気になっていた。公国王でもなく、大神官でもなく、シェリルの両親だったのは、あり得ることだと理解できた。だが『これからもよろしく』という言葉は後見人としての立場を与えると暗に含んだ意味となる。
これにはシェリルの両親だけではなく、シェリル自身も驚いた。
そのうちとは思っていたが、まさか自分から言ってくださるとは……『聡い方』、シェリルは大神官の言葉を思いだす。
「煌めく光の波を生み出した尊き方、聖女アーマンディ様に拝謁を賜り、感謝の意を申し上げます。私はイリオス・ヴルカン、現ヴルカン公爵でございます」
「輝く光のように美しきお方、聖女アーマンディ様にご挨拶する機会を得れたこと、一生の誉でございます。アリアンナ・ヴルカンと申します。現ヴルカン公爵夫人でございます」
イリオスはアーマンディの手をそっと離し、すっと立ち上がった。
近くで見ても男性には見えない美しさだ、まるでひと触れでもしたら壊れそうな、繊細なガラス細工のようなアーマンディの美に、イリオスは背中がゾクリとした。
「シェリル……あなたを娘にもてて光栄よ」
アリアンナは目の端に光る輝きをそっと指で拭きながらも、アーマンディの視界からアジタートの姿を巧妙に隠す。
全く、狡猾な母だ、シェリルは自身の母を自慢に思いながら、視線を移す。すると計画通り、大神官が公国王とともに近くまで来ている。
「アーマンディ様、あちらにも……」
小声のシェリルの指示にアーマンディは体を向ける。アーマンディは的確に自分がやるべきことを理解できる。それだけの能力が彼には備わっている。
「大神官……それに公国王ね。アーマンディよ、よろしくね」
そして再び苗字を言わないアーマンディに、人々は理解する。アーマンディはウンディーネ公爵家を頼る気はないのだということを……。
自身の父に挨拶をする気はないのだろう。そもそもウンディーネ公爵家は公爵のみが参加で、母である夫人も兄である小公爵も出席していない。好奇の目に晒されたアーマンディの父カイゼルは夜会会場をそっと後にする。もう自分は必要ないかのように。
「アーマンディ様、シェリル嬢を騎士とお認めになられたのですね」
挨拶を終えた大神官は早速本題に入る。思った以上に順調に進む状況に、ここにいる誰しもが感謝している。
「ええ、もちろんよ」
「では契約書を結びましょう……イリオス公爵」
公国王の言葉を合図に侍従が恭しく書類を差し出す。それを受け取ったイリオスは、アーマンディに書類を渡す。
受け取った書類はアーマンディと、シェリルの聖女と騎士としての契約書だった。シェリルのサインはもうある。そして空白の箇所がアーマンディが記入すべき箇所だと分かる。
内容は、シェリルがアーマンディの騎士になることによって得られる特典、代わりにアーマンディを守護し、助力することが書かれている。更に解約の方法。どちらか一方の申し出で互いに納得すれば解約できる。更にアーマンディが聖女ではなくなれば騎士としての使命は終わると書かれている。最後にどちらかが死ねば、そこで終わり……。
内容はアーマンディが満足するものだった。確かにこれだけの内容であれば、出来損ないの自分にシェリルが仕えたいと言った意味も分かる。そして契約破棄の方法も簡単だ。つまり自分が死ねばそれで終わりだ。
アーマンディがイリオスの差し出した羽根ペンを取ると、咄嗟に書類にサインをしやすようにシェリルが下敷きを支える。
衆人の注目を集めながらアーマンディはサインをする。これが良き選択になりますように……そう願いながら。
アーマンディのサインを確認したイリオスは、書類を受け取ったと同時に魔法を展開した。書類を中心に魔法陣が2重にも3重にも重なっていく。
ヴルカン公爵家の契約の魔法!アーマンディは頭の中で本を捲る。ヴルカン公爵家の人間だけが使える契約の魔法。この魔法が使われることは滅多にない。公式の場のみで、更に超重要文書にしか使われることはない。なぜならこの契約の魔法は魂を縛る。つまりこれでアーマンディとシェリルは聖女と騎士として結ばれた。解約されるまで互いを裏切ることはできない。裏切れば契約書にかけられた魔法により、魂が縛られ猛烈な痛みを与える。
そこまで大袈裟になるなんて――思ってもいなかったアーマンディは驚いているが、分かっていたシェリルは満足げに微笑む。
これでアーマンディを守ることができる!そう思いながらアジタートの居場所を探ると、アジタートは自身の兄に連れられ、会場を出て行った。
そうだろう、今まで誇っていた栄華が終わる時だ。始まる時と違って、終わりは一瞬だ。せいぜい慌てふためくと良い、アジタートの哀れな姿を想像するとシェリルの心は晴れやかな気分になる。
「契約が締結されました!」
イリオスが複製された書類を掲げると、会場が割れんばかりの拍手の音に包まれた。
「では一部はアーマンディ様に、もう一部はシェリル様に」
イリオスから受け取った書類をアーマンディは胸に抱く。これでネリーを助けられる。それだけで満足だ。
「アーマンディ様、我らにアーマンディ様を貢献する権利を頂けますか?」
「貢献?」
瞬くアーマンディにアリアンナは耳打ちする。
「お助けするということですわ。お時間を頂ければ、聖女の館の人間を入れ替えて差し上げます」
「それは……」
ありがたいことだが、大丈夫だろうかともアーマンディは迷う。でもあの冷たい世界が一変するのであれば、ネリーと一緒に住むことも可能だ。美味しいものを一緒に食べることも、温かいベッドで一緒に寝ることもできる。ネリーが大きくなるまでは一緒にいられる。その対価として彼らはこの国の政権を握るのだろう……だからこそ自分に良くしてくれるのだ。聖女であるからこそ、出来損ないであるからこそ都合の良いコマだということだ。
聡いということは、簡単にここまで思い至るということだ。だがアーマンディにとっては好都合だ。
もう暴力に怯えなくても良い。それに愛のない行為を強いられることもない。契約書にはアーマンディを守ることが書かれていた。だから、問題ない。死ななくても良い未来が少し見えた。
「お願いするわ、よろしくね」
イリオスとアリアンナは深くお辞儀をする。
思った以上のできに満足しつつ、シェリルは順当に行き過ぎた状況に違和感を覚える。
あまりにもうまく行き過ぎている気がする。だが、もう後戻りはできない、この寂しい瞳の愛おしい人を守るためならば、どんな試練にも耐えて見せよう……シェリルは自らの誓いをスピカ神に立てた。
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